貴方の名前を書いてください。
「遊戯さんに勝ったらもう1人の遊戯さんのサイン貰えるんですね?」
「ごめん、十代君。謝るからそんな本気で真剣な顔しないで。」
「それでしたらオレも…。」
「だから謝るから、遊星君。キミにそういう顔されると少し怖い。」
「オレも交じっていいか?」
「何でもう1人のボクのサイン争奪戦に本人が交じるの。」
「楽しそうだからだ。」
「はいはい!オレも、オレも参加する!」
「お前はダメ。」
勢いよく手を上げて主張する遊馬の頭を十代が軽く押さえつける。
「何だよ、十代!邪魔すんな!」
「お前が遊戯さん達に挑むとか10年早い。」
押し込まれないよう頑張る遊馬と、徐々に手に力が入っていく十代。
放っておくと遊馬が潰されてしまいそうだと遊星が割って入る。
助けてくれた遊星に遊馬がぱっと笑顔を浮かべた。
「じゃあ遊星さんのサインなら!」
「それもダメ。」
「何で十代が決めるんだよ!」
「遊星の事はオレが決めていいんだよ。」
「意味わっかんねー!!」
叫ぶ遊馬に、大人になれば分かるよ、と遊戯が笑う。
遊星は恥ずかしいのか遊戯の笑顔から逃げるように俯いた。
「それじゃあ十代、お前から倒す!」
「おー、やれるもんならやってみろ。」
「この前のオレと一緒だと思ったら大間違いだからな。」
「自分のカードの発動タイミングくらいは覚えてきたか?」
「当たり前だろう!」
「その当たり前を盛大に間違えてたのは何処の誰だっけ?」
「あーもう、十代煩い!!」
「悔しかったらオレのライフを半分くらい削ってみせろよ。そうしたら遊星のサインくれてやるからさ。」
「………、え?」
「望むところだ!」
「あの…、十代さん…?」
急に出された条件に遊星本人が戸惑う。
だが小さな戸惑いなんて今の十代と遊馬には届かないようだ。
遊星の戸惑いは聞き入れられず、十代と遊馬は言い合いを続けながらデュエルの準備を始めてしまった。
十代とヨハンの2人暮らしにしては広いリビングだが、流石に2人がデュエルディスクを構えて向き合うスペースなんてないので、デュエルマットをテーブルから少し離れた場所にひく。
マットは一応持っている程度で使う事など殆どない。
ただ遊馬の場合はこれがないと少し混乱してしまう。
それを指摘すれば遊馬がまた文句を叫ぶ。
笑いながらそれを煽る十代は随分と楽しそうだ。
「あ、やっぱり今日もデュエルなんだね。」
「トーナメント表でも作るか?」
「もう1人のボクのサイン争奪戦ってタイトルで?」
「………、やっぱり名前を書いた紙の何がいいのか分からん。」
「キミはそれでいいと思うけどね。とりあえず何か書く物…。遊星君、紙とペンが何処にあるか知らない?」
「………。」
「遊星君?」
遊戯の問い掛けに珍しくも反応しない遊星の顔を覗き込めば、随分と難しい顔をして十代と遊馬を見ている。
眉間に皺を寄せる程真剣に見るデュエルだろうか。
遊馬のデュエルはどうも安定性に欠ける。
まだ戦略の幅が狭いのだろう、デッキの仕上がりは悪くないが遊馬の気分と勢いに影響されやすく、調子が悪い時の流れを修正する術をまだ覚えていないので良い時と悪い時の差が本当に激しい。
遊戯にしてみれば微笑ましく見守りたくなる可愛らしさだ。
十代も手は抜かないが真剣勝負ではなく遊びを楽しんでいる様子。
いつもなら遊星だってそんな様子で見守っている。
「………、遊星くーん、聞こえてるー?」
「え…っ!?」
再度名前を呼び、ついでに顔の前でひらひらと手を振る。
そこでようやく遊星は遊戯に気付いたようだ。
びくりと驚いた後に、しまった、という顔で遊戯の方を向く。
その可愛らしさに遊戯は思わず苦笑した。
「邪魔してごめんね。どうかしたの?」
「いえ…、サインって書いた方がいいのかと思ってました…。」
「ああ、大丈夫でしょう。申し訳ないんだけど遊馬君が十代君のライフ半分も削れるとは思わないな。」
「それはオレも思ってますけど…。」
さらりと失礼な発言に聞こえた十代が吹き出した。
真剣に手札と睨めっこをしている遊馬は全く気付いていない。
「じゃあなんで難しい顔してたの?」
「………。」
「ん?」
「………、言わないでくださいね。」
こそりと遊星は遊戯に耳打ちをする。
遊馬に勝った十代さんにオレが勝てたら十代さんのサインを貰えたりしませんか、と。
とても真剣な声だった。
表情も先程のようにとても真剣で難しい顔をしているのだろう。
遊戯は目を丸くして、そしてすぐに大声で笑い出した。
「遊戯さん?」
「遊星、なーに遊戯さんといちゃついてんだよ。浮気も抜け駆けも両方許さないからなー。」
「違います!」
「そうそう、違うよ。むしろこれはキミへの惚気だね。」
「遊戯さん、だから言わないでくださいって!」
「え、なになに、すっげー聞きたい!」
「十代さんはデュエルに集中してください!」
≪ Top ≫
夢について
「えっと、何の話だったかしら?」
「龍亞がクロウとブルーノの2人とデュエルするって話だけど…。」
「アキはどっち見るんだ?」
龍亞とクロウのデュエルはよくある事だが、それに続くブルーノとの珍しいデュエルか。
もしくはアキにとっては同じくらい珍しいだろう眠っている遊星か。
随分と意地の悪い質問に、思わずアキはクロウを睨んだ。
「勿論デュエルに決まっているでしょう。」
遊星に気を遣う事を忘れて少し強い口調で答える。
ちょうどその直後だった。
とても大きな音が、まるで何処かに車か何かが突っ込んできて色々な物が壊れてしまったかのような、酷い音が部屋中に響いたのは。
全員がびくりと身を震わせて何事かと窓の方を見る。
あまりに大きい音に眠っていた遊星も飛び起きた。
ソファーの上から落ちそうになるのは何とか耐えたものの、上半身を起こしたまま呆然とする。
急に起こされた頭では状況を全く理解出来ない。
だが状況が分からないのはクロウ達も全く同じだ。
「な…、何だ、今の音は。」
「近くで交通事故でも起きたのかな?」
大きな音はとても近くで聞こえた。
近くの道路で交通事故が起きたとか爆発事故が起きたというより。
むしろこの家に何かが突っ込んできたような近さだった気がする。
何気なくクロウが部屋に中を見回し、そして驚きに目を見開いた。
何事かとブルーノも同じ方向を見ると彼も表情が固まった。
遊星もぼんやりと振り返ったものの、まだ頭がついていかない。
視線の先には不自然に歪んだシャッターが見えた。
物凄い勢いで何かが突っ込んできたかのようだ。
先程の大きな音の原因はこれかもしれない。
ぼーっとしながらそう考えた遊星は、ようやく状況を多少理解出来て勢いよく立ち上った。
そのまま外へと走っていく姿に、我に返ったクロウ達も続く。
シャッター外なんて広くもなければ頻繁に使われる道でもない。
主にここの住人がD・ホイールで出入りする時に使われている程度で交通事故が起きるような場所とは思えないのだが、歪んだシャッターはそういった物が突っ込んできたかのように見えた。
現在外出しているジャックだろうかと一瞬だけ思ったが、彼があんな場所でスピードを出してシャッターに突っ込むとは思えない。
だったら一体何がシャッターを歪ませたのか。
考えても分からないので今はとにかく現状を確認しようと外に出た。
「ジャック?」
まずちょうど帰ってきたらしいジャックの後姿を見つけた。
彼の横には傷1つなさそうな真っ白いD・ホイールがある。
そうして彼もこの状況に呆然としているらしく、ジャック、と遊星がもう1度呼べばぎこちない仕草で振り返った。
表情は明らかに困惑している。
そんなジャックの隣に並んだ遊星も同じようにただ困惑した。
思っていた以上に外の状態は酷かった。
中から見た通りに歪んでいて使い物にならなさそうなシャッター。
すぐ傍に置いてあったスチール棚は吹っ飛んでいて、歪んでいるのはまだ仕方ないとしても、不自然に割れてしまっていてボルトが外れたという言い訳が出来ない状態で散らばっている。
ついでに棚に置いてあった物も酷く散乱している。
本当に車かバイクでも突っ込んできた後のようだ。
だがそこには車もバイクも何もない。
辺りに散らばっているのはスチール棚の残骸と、その上に置いていた物ばかりで、ぱっと見たところそれ以外は見当たらない。
見覚えがないのは1つだけ。
シャッターの前で体を丸めて倒れている青年だけだ。
他には何もない。
いくら何でも青年が1人突っ込んだだけでシャッターもスチール棚もここまで壊れないと思うが、けれど原因になりそうなのはこの青年だけしかない。
もしかしてこんな狭い場所で轢き逃げだろうか。
自分達が呆然としている間に加害者は逃げて、被害者になった青年が1人こうして取り残されてしまったのだろうか。
はっとして遊星は青年に近付く。
意識はあるか、怪我はしていないか、救急車を呼んだ方がいいのか。
色々と考えながら、まずは青年の安否を確認しよう、と手を伸ばす。
見える範囲で怪我はない。
ただ倒れているので見える範囲は限られている。
そろりと控え気味に遊星がぽんっと背中を叩くと、赤い上着に覆われ丸くなっていた背中がピクリと動く。
青年がそろりと顔を上げた。
「いってぇ…、頭打った…。」
頭を押さえながら体を起こして座り込んだ青年は、とりあえず大きな怪我をしている様子はなく、意識もハッキリとしていた。
遊星達はひとまず安心する。
けれど何故シャッターや棚はここまで壊れ、青年はこんな所で倒れていたのか、という部分は何も分からないまま。
無事なのは喜ばしいが、ここからどう声をかけるべきなのか。
遊星が背を叩いた手を引っ込ませる事も忘れて悩んでいれば、青年は軽く頭を振った後に遊星を見る。
随分と真っ直ぐに目を向けるから一瞬気圧されたような気がした。
本当にかけるべき言葉を見失って遊星は黙り込む。
中途半端に伸ばしたままの手も完全に行き場をなくした。
対照的に青年は随分と落ち着いていて、遊星をじっと見つめた後に、行き場のないその手を見て、そのうち遊星から後ろにいるジャック達へ目を向け、歪んだシャッターと辺りに散乱している残骸を確認する。
それから再び遊星に視線を戻せば酷く申し訳なさそうにしていた。
「あー…、えーっと、その…。」
青年が言葉を探すように言い淀む。
やがて覚悟を決めたように立ち上がると姿勢を正す。
つられて立ち上がった遊星に青年は深々と頭を下げた。
「色々と壊したようで、すみません。」
何が何だかさっぱり分からない。
本当に頭が追いついてくれない。
落ち着いている青年を目の前に遊星は無表情に混乱する。
ただ目の前の青年は頭を下げて謝罪している。
謝罪をしたという事は惨状に対して全くの無関係ではないのだろう。
混乱しながらも何とかそれだけはを理解をして。
「………、あんた、誰だ?」
遊星が絞り出した質問は、少しだけずれていた。
≪ Top ≫
追いかけて駆け出して
「好きです、付き合ってください!」
とてもシンプルでストレートな告白。
その言葉は遊星をこれ以上ない程に驚かせた。
こんなに頭の中が真っ白になるなんて滅多にない。
何も考えられず、思考と一緒に体もすっかり固まってしまい、呆然と立ち尽くして声が聞こえた方に目を向けるしか出来なくなった。
それくらいその告白は遊星に強い驚きと衝撃を与えた。
精一杯の勇気を振り絞った為か少し上擦ってしまった、それでも十分可愛らしい声での告白。
だが別にそれは遊星に向けられたものではない。
遊星はただ買い物を終えた帰り道の途中だった。
必要な物は全部買ったかどうか持ってきたメモを見ながら確認しつつ通りかかった公園。
柵等は何もなく、開けた場所に緑が多く植えられていくつかの遊具が置かれただけの場所だが、なかなか広く綺麗な場所なので近所の人達に大切に使われている。
その公園の横を歩いている時に、ふと赤い色が目に入った。
つられるように顔を上げれば十代がそこにいた。
後姿だが見間違える筈もなく、こんな場所でどうしたのだろうか、と声をかけようとした時に聞こえてきたのだ。
大きな声で、好きです、と。
勢い余ったのかまるで叫ぶようだった。
公園の外にいる遊星にも公園に遊びに来ていた周りの人達にも、その声ははっきりと聞こえる程だ。
そうしてその告白をした女性は十代の前に立っていた。
十代が女性から告白されている。
とても簡単な結論を出すのに遊星はかなりの時間を必要とした。
暫く呆然とした後に、はっと我に返って遊星は数歩下がる。
そこに大きな木があったので遊星1人くらいなら隠れられた。
疾しい事は何もないのに思わず隠れてしまって酷く申し訳ないような気がした遊星はまた混乱しそうになったが、何度か深呼吸を繰り返してどうにか少しでも冷静さを取り戻そうとする。
深呼吸をしながら木の幹で見えなくなった十代と女性の事を考える。
そうして大きな深呼吸を1つした後に、遊星はもう1度2人の様子を伺う為に木の幹から少しだけ顔を出した。
隠れて盗み聞きなどとても褒められた事ではない。
何より十代に対してこんな真似は本当に後ろめたい。
それでもこのまま何事もなかったように立ち去って家に帰って整備に戻るなんて到底出来そうにないので、心の中で何度も十代に謝りながら遊星は自分の気持ちに素直になる事にした。
好きな人が別の人から好意を寄せられている。
しかもそれを真正面から告げられている。
遊星にとっては前代未聞の出来事だ。
少しでもこの状況を冷静に理解するだけの情報がほしかった。
≪ Top ≫
いつかの遠い夢が
「これでもう1人のボクが十代君に3連勝だね。」
「十代、それじゃあ約束。」
「分かってますよ。今からコンビニ行ってきますから、何でも好きな物言ってください。」
にこりと笑ったアテムに十代は苦笑いをしながら答えた。
先に3回負けた方が買い出しに行く。
そんな細やかな条件が付いたこのデュエルは見事にアテムの3連勝で終わってしまい、完敗した十代は文句の1つも言う気になれない。
1回くらいは勝てるんじゃないかと思っていた。
公式大会では連勝記録を順調に伸ばしているアテムだが、こういった遊びの中ではやはり負ける事もあり、十代程の実力を持った人が相手となれば勝ったり負けたりが繰り返される。
それでもやはりアテムの方が勝率はずっと高い。
どうしたってあと1歩か2歩くらい届きそうで届かない。
それが彼と自分の間にある決定的な差なのだろうと、十代はアテムの強さを実感出来て嬉しいと思う気持ちと一緒に、どうしたってあと少し届かない自分の力量を悔しく思う。
その気持ちはきっと次に繋いでくれる。
多分ほんの僅かでも自分を前に進めてくれる。
その間にもアテムだって前を進むので、2人の差が縮まるかどうかは別問題になってしまうのだが、立ち止まってしまうよりはずっといい。
十代はデッキを片付けて立ち上がる。
次に繋ぐ為に今すぐにでも今のデュエルについて話をしたいが、残念ながら敗者として買い出しという義務を果たさなければならない。
「買い出しに行きたくないからって本気出さないでくださいよ。」
「別に行きたくないわけじゃない。ただ十代を相手に本気を出さないで勝てるなんて思っていないだけだ。」
「おだてても何も出ませんよ。」
「菓子と飲み物くらいは出てくるだろう。」
「本当に本気じゃなかったくせに…。」
「それはお互い様じゃないか。遊びは気楽に楽しく本気でやるもんだ、と言ったのは十代じゃなかったか?」
「あー、もう。完敗です。リクエストどうぞ!」
「とりあえず菓子と飲み物。」
「どうせだから夜まで持つくらいの量で適当にお願いね。」
今日はこのまま遊んで泊まっていく予定だ。
少し多めに色々と買ってくる必要があるだろう。
十代は上着を着てまだ何も言っていない遊星を振り返った。
「遊星は?」
「一緒に行きます。」
返ってきた答えに十代はうっかり財布を落としそうになった。
遊星はすっかり準備を終えていて、このまま十代が部屋を出れば彼も当たり前のように一緒についてくるだろう。
そういえばアテムと話をしている間にカードを片付けたりして準備をしていたなと遊星の行動を思い出し十代は少し呆れた顔をした。
「いや、聞いているのはリクエスト。買い出しはオレが担当。」
「じゃあ一緒に行きたいです。」
「リクエスト内容が違う。コンビニで買える物を言えっての。」
「ダメですか?」
「いや、ダメって言うか…。」
負けたのは自分なんだから買い出しに行くのは自分の役目。
何も一緒に来なくてもいい、ここでアテムと遊戯と一緒にのんびりと遊んで待っていればいい。
むしろ何でそんなに行きたがるのか。
その気持ちを全部簡単に伝えるにはどうすればいいだろうか。
十代が悩んでいる間に、分かりました、と遊星が言う。
「じゃあオレが遊戯さんと戦います。それで負けたらオレも行きます。」
「え、ボクと?」
「すみません、お願いします。」
遊星に頭を下げられて遊戯は苦笑交じりに十代を見る。
その目は、連れて行ってあげればいいのに、と優しく訴えている。
遊星とのデュエルが嫌というわけでも、これで遊星が勝ったら自分が行かなければいけないのが面倒だというわけでもない。
コンビニに買い物なんて行きたい人が行けばいい。
止める必要は何処にもなく、行きたがっている人にデュエルで負けたからという理由をわざわざ与える必要もない。
それに、これで自分が負けたら遊星に申し訳ないな、という気持ちも遊戯の中にはある。
「というか何でそんなにコンビニに行きたいんだよ。」
「………、リクエストが特に浮かばなかったので…。」
遊星が何とか理由を作る。
十代は、何だそれ、と不思議そうに言った。
ただ単純に、一緒に行きたい、というのが理由だとは気付いていない十代に向ける遊戯の目は優しい色が強くなる。
アテムはそんな遊戯の様子に首を傾げていた、彼は人の心に敏いのか疎いのかよく分からないので、これでいつも通り。
「まあいいや。そんじゃ行こうぜ。」
「はい。」
「気を付けてな。」
「行ってらっしゃい。」
≪ Top ≫
Restart
「遅くまで居座って悪かったな。」
気付けばすっかり外は暗くなってしまった。
本当はもっと早く帰るつもりだったのだが、時間の事なんてすっかり頭から抜けてしまった。
「本当に送らなくて大丈夫ですか?」
外まで見送りに来てくれた遊星が少し不安そうな表情で尋ねる。
そんな顔をされても十代は苦笑するしか出来ない。
「だから平気だって。女子供じゃあるまいし、そんな心配すんなよ。」
確かに帰るには少し遅い時間だが深夜ではない。
外を歩けばまだまだ普通に人が歩いている時間だ。
夕飯に間に合うかという心配が少しあるくらいで、他に心配事なんて浮かばない。
「それともオレはそんなに頼りないか?」
「そういうわけでは…。」
「あはは、分かってるよ。気を遣ってくれて嬉しいけど、この時間からお前を往復させると今度はオレが心配しなきゃいけなくなるからさ。」
「それも…、そうですね。」
「だからこのまま帰るよ。またな。」
「あの、明日も来てくれますか?」
「え?」
「負けっぱなしなのも悔しいので…。」
昼間のデュエルは結局遊星の負けだった。
最初は負けて、次は勝って、けれどその後は連敗。
負けたのだから遠慮なく奢られろと十代に笑顔で言われ、逆らうなど選択肢にはない遊星は十代の気の済むように奢ってもらった。
そしてもう1つの約束もきっちり守らされた。
思い出せば恥ずかしくて逃げ出したくなる。
強がりでしかない言葉を繰り返せば、十代が笑顔で頷いてくれたのは嬉しかったが、それを差し引いても恥ずかしさの方が強い。
だからこそこのまま引き下がるのは流石に悔しい。
今度は勝って暫くの間はメンテナンス代の事は言わないという条件を呑んでもらおうと食事をしながら決めていた。
「言っとくけどオレはそう簡単に負けないぞ?」
「分かっています。でもオレも負けたままではいません。」
「そうだな、楽しみにしている。何もなかったら明日も来るよ。」
「はい。」
「じゃあな。」
「お気を付けて。」
十代が手を振れば遊星も手を振り返す。
そうして十代が歩き出せば遊星は家の中へと戻った。
少し前まで遊星は十代が見えなくなるまで外にいて、十代が何気なく振り返れば何度だって手を振っていた。
そこまでしてくれなくていいから、と何とか言い聞かせて家の中へとすぐに戻ってくれるようになったのはわりと最近。
振り返れば姿のない事に十代は少しほっとした。
穏やかな季節の頃ならまだしも、暑い中や寒い中では心配になる。
遊星は気にしなさそうだが、十代の方が気になって仕方がない。
『見送られているのもまんざらじゃなさそうだったけど。』
「煩いな…、口に出すなよ。」
人気のない道に入るとユベルが隣に姿を見せた。
不満そうな顔で指摘してくるユベルに、十代も同じくらい不満そうな顔で言い返す。
それに対して帰って来たのは呆れ顔だった。
『それだけ顔に出してちゃ声に出しているのも同じだよ。』
「そんな顔に出ていたか?」
『あんな可愛げのない奴の何処がいいんだか。』
「遊星は可愛いだろう。素直だしいい奴だし。」
『………。』
感覚としては弟か後輩だろうか。
弟はいないから分からないが、慕ってくれる後輩は思い浮かぶ。
その思い浮かべた中の誰よりも遊星の好意は真っ直ぐに感じる。
遊星が大袈裟なのか、十代が特別気に入っているのか。
どちらにしろその好意は嬉しく、いっそ気恥ずかしい程だ。
そのせいで、本当なら可愛いなんて言うよりかっこいいと言った方が似合う遊星を、少しの躊躇いもなく可愛いと言ってしまう。
そしてそんな事を考えている十代は、自分が今どんな顔をしているか分かっていない。
考える合間にふと浮かべるのは、柔らかい笑顔と僅かな困惑。
ほんの少しだけ無意識にそんな顔をする十代に、ユベルは不満そうにそっぽを向いた。
そんな真剣に誰かを、しかも何処か特別そうに、想っている姿なんて面白くもない。
ただそれだけの理由で別の方向を見た。
だが次の瞬間にそんな事はどうでもよくなった。
ユベルが警戒したように顔を向けた方向を見る。
気付いた十代はユベルの様子を窺い、その視線の先を見た。
十代が自分で帰る時は人気のない道を選ぶ事が多い。
ユベルと話す姿は傍から見れば独り言だし、カードの仲間達の協力で帰れば突然消えた幽霊か何か、とても他人には見せられない。
今日もそのつもりで歩いていた道は街灯が少なくて暗い。
人の気配もなく十代以外に歩いている人は誰もいない。
その筈なのに微かに音があった。
一定のリズムで聞こえるのは人が歩く音によく似ている。
「………、何だ?」
『気味が悪いね。』
ただの足音だったら気になんてならない。
人通りの少ない道を選んではいるが、絶対に人が来ないような道ではないので、誰かがいたらいたで普通に擦れ違うだけ。
けれど音には気配がない。
人が歩くような音なのに人がいる気配はなく、他の音と聞き間違えているだけなのかと思うにはこちらへと近付いて来るのが気になる。
ユベルの言う通り気味が悪かった。
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