夜中



「あれ、3人部屋?」
「うん、3人部屋。」
 宿の部屋に入るなり疑問の声を上げたシャルトへ、キリルが少し申し訳そうな苦笑いを浮かべて頷いた。
 とりあえず部屋に入って人数を確かめる。
 まずシャルトとカイルとルクスとキリル、全員で4人。
「もうここしか空いていないんだって。」
 この街の宿はここしかなかった。
 そして内乱状態にあろうとも人の流れの全てが途絶えるような事態までにはなっていないようで、満室近くになる事も全くありえないわけではないので、他にないと言われれば仕方がない。
 せめて幸いだったのが女性であるリオンとミアキスが休む2人部屋がちょうど隣にある事だろう。
「ごめんね。」
「キリルさんが謝る事じゃありません。とりあえず誰がベッドを使うか…、じゃんけんでもしますか?」
 ベッドが3つにテーブルと椅子があるだけの簡素な部屋。
 ベッド以外に眠れそうな場所となると、椅子に座ってテーブルに突っ伏すか、シーツを借りて床に寝転がるかくらい。
 あまり休めそうな感じはしないが、他にどうしようもない。
 強いて言えば誰か2人が1つのベッドを使えば全員が問題なく眠れるのだが。
「………。」
 シャルトは何気なくカイルの方を見る。
 無言のまま目を向けただけだったが、それだけでもシャルトが何を考えているのか理解したのか、にこりと笑顔を返される。
 つい反射的にシャルトはカイルの足をふんずけてしまった。
 痛がっている声を聞きながら不自然なまでにカイルから目を逸らしてキリル達の方を向けば、ルクスがベッドを指差していた。
「え?」
「ここ。」
 3つ並んだベッドの真ん中を指差しながら短く一言。
 もしかして、ここを使え、と言われているのだろうか。
「不満?」
「え…、いえ、そういうわけじゃなくて…。」
「やっぱりシャルトが真ん中の方が何かあった時に対処しやすいからね。ここでお願い。」
「あ、やっぱりボクはここで寝ろっていう意味だったんですか、今のは。」
「他に何か意味があったの?」
「………、いえ…。」
 会話の成立が難しいなと思いながらシャルトは首を横に振って真ん中のベッドに荷物を置いた。
 考えてみればシャルトをどけてまで他の3人がベッドを使うわけがない。
 シャルトがどう言おうとも、単純に立ち場の問題があり護衛のしやすさという問題もあるので、これは決まりきった結果。
 話し合うべきは残った3人となる筈だったのだが。
「じゃあ残ったオレ達で…。」
「うん。どっちがいい?」
「え?」
 話し合うなりじゃんけんをして運で決めるなりをするのかと思いきや、あっさりとカイルに選択権が渡される。
 カイルが驚いた表情をすれば、キリルは何故驚くのだろうかと言いたそうな顔をした。
「どうかした?」
「どうかしたじゃなくて、使うならキミ達の方でしょう。王子の頼みを聞いてわざわざ一緒に来てくれたんだし。」
「平気。」
「うん、大丈夫。」
「そんなハッキリ言われても…。」
 立場上困る、と分かりやすい顔をしているのに、カイルのそんな心情に気付く事なく2人は首を傾げる。
 女王騎士と言う立場にある以上は王族を守る事は義務で、同時にシャルトを守るのはカイルの望み。
 椅子に座って仮眠くらいの浅い眠りで1番過ごす事くらい何でもなく、むしろ外に少数でいるのだからそれくらいがちょうどいい。
 どうせ横になっても眠りが浅い事には変わりないのだから、それならルクスとキリルに使ってもらった方がいい。
 それに役目でもないのに手伝ってくれている事に加えて年下である2人を押し退けて休むというのもカイルにしては気分が悪かった。
 ルクスは19歳でキリルは18歳と、年齢を聞かれた時には自分の外見に見合った答えを言っているので、2人の方がカイルよりもずっと年上だなんて事実は勿論知らない。
 年下を押し退けて休めない、なんて2人の方がよほど強く思っている事も、勿論知らない。
「じゃあ向こう。」
 いつまでも選ばないカイルの答えは望めないと判断して、ルクスが勝手に扉側のベッドと決める。
 カイルが何か言おうとしたが、ルクスと目が合えば思わず言葉が詰まった。
 ルクス本人にそのつもりはないが、目が合えばじろりと睨まれたような気がして、その目には反論を許さない強さがあった。
 少しすれば勝手にカイルが降参する。
 何だかよく分からないままに話が進んだルクスは少し不思議そうだったが、まぁ納得したのならいいか、と追及する事はなかった。
「そう言えばルクス、さっき面白い物を見つけてさ。」
 寝床問題は解決したので話は終わり、とでも言うようにキリルがテーブルに何かを広げる。
 キリルに呼ばれればルクスの意識はすぐにそちらに向き、面白い物、と言ったシャルトとカイルからすれば何だかよく分からない不思議な物の話を始めた。
 談笑、と言うか、キリルが一方的に話してルクスが淡々と聞いている、という不思議な様子を眺めていればシャルトがカイルの服を軽く引っ張った。
 こっちに来いと言われているのでシャルトの隣に座り少し顔を寄せる。
「ボク…、いまだにあの人達がよく分からないんだけど…。」
「王子…、それをオレに言われても困ります。オレだって不思議なんですから。」
「カイルの方がボクより一緒にいたじゃない。」
「そんな1年も2年も一緒だったわけじゃないのに理解を求められても無理ですよ。」
 城が落ちてシャルト達が逃げた時にカイルは残り、その時にルクスも用事があるからと言って残った。
 何が目的で何をしていたのかは一切知らないが、カイルは色々助けられたと言い、シャルト達と合流した時もカイルとルクスは一緒だった。
 だからそれなりに親しくなったのかと思っていた。
 シャルトにそう言われればカイルは酷く微妙な顔をする。
 親しくなったという程に近付いた感じはしなかったが、突き放される程に苦手意識を向けられる事もなかった。
 一緒に戦った者同士にある特有の親しみも、どういうわけか酷く薄かった印象がある。
「意識は向けられていたけど興味はあまり持たれていないって感じでしたね。」
 一緒にいた時の印象を簡単に言えばそんな感じ。
 しみじみとカイルが言えばシャルトは納得した様子でルクス達を見る。
 こそこそと分かりやすく内緒話のように顔を寄せ合って話をしているのにルクスもキリルもこちらを気にした様子はない。
 シャルトの視線にキリルが気付いたがにこりと笑っただけだった。
 すぐに話に戻ったので、気を遣って触れずにいてくれるのか全く興味がないのか、酷く判断に困る反応だ。
 ルクスはこちらを見もしないので間違いなく興味がない方だろう。
「いい人なんですけどねぇ…。」
「結構好きなんだけどねぇ…。」
 悪い感情は持っていないのだが、不思議な人達だ、という印象があまりにも強過ぎる。
 そしてとりあえず2人は一緒にいたがって別行動は最低限にしようとする傾向にある。
 後は、ルクスは人を寄せ付けない雰囲気がありキリルは人懐っこい雰囲気があるが、意外と2人とも似た者同士と思わせる瞬間が度々ある。
 分かった事はそれくらいだろうか。
 長いとは言えない付き合いの中でこれだけ理解出来ていれば十分なのかもしれないが、シャルトにとって2人とも今はもういない父親の友人、もう少しくらい近づければいいと思ってしまう。
「まぁ、これから先、理解を深める機会なんていくらでもありますよ。」
「そうだといいけど…。」
「それより休んだらどうですか?戦いも多かったですし風呂に入ってさっぱりして早く寝ちゃいましょうよ。」
「………、それもそうだね。」
 言われてみれば疲れをじわじわと感じる。
 明日からの事もあるのでさっさと休んだ方がいい。
 ルクスとキリルへ声をかければ、彼らの話も終わったようで、全員で風呂を済ませて休もうという流れになった。
 一通りの準備を済ませて、じゃあ寝ようか、とキリルが言ったので、だったらもう1度カイルが休む場所の話をしようとしたが。
「キリル君どっち?」
「ボクが奥に入っちゃった方がいいかな。もしもの時はルクスの方が速いだろうし。」
「じゃあボクが手前で。」
 短い会話の後に、軽く背を伸ばしたキリルが1番窓側に入り、その隣にルクスが入る。
 決して広いベッドではないので、特に小柄と言うわけではない青年2人が眠るのには狭そうで、けれどそれを気にした様子はない。
 むしろその狭さを解決する為にぴたりと傍に寄り、更にキリルはルクスとの距離を縮める為にしっかりと抱き締める。
「じゃあお休みなさい。」
「お休み。」
 そんな体勢での言葉はごくごく普通のものだった。
「は、はい…。」
「お休みなさい…。」
 呆然としながらシャルトとカイルが返した事なんて全く気にも留めない。
 2人とも無理をしている様子はなく、キリルは何処か嬉しそうだし、ルクスの方もその体勢で落ち着いているようだ。
 成程2人が平気と言い続けるわけだ、とシャルトもカイルも納得する。
 カイルの言葉を突っぱねたのは気を遣っていたわけではなく一緒に寝るから問題ないという意味だった。
 そうならそうと言ってほしかった、と思ったが。
 素直にそう言われても多分困った、とため息が零れた。
「………、えーっと、王子も一緒に寝ます?」
「寝ないってば…。」
 この状況を紛らわす為の冗談を真剣に相手にする気力もない。
 カイルも、そうですよね、と力なく言ったので同じ心境なのだろう。
 ルクスもキリルも確かお互いを友達と言っていなかっただろうか、友達だったらこんなふうに眠れるのだろうか、いやせめて一緒のベッドに寝るならまだしも抱きしめあってなんて絶対無理だ、少なくともシャルトには想像出来ない。
 色々と考えながら、ふと自分がずっとルクスとキリルを凝視している事に気付き、今更気まずくなってシャルトは目を逸らす。
「何と言うか…、本当にボクはこの人達と仲良くやって行けるのかな…。」
 悪い人ではないし仲良くしたいんだけどな、という小さな呟きはため息交じりだった。
 カイルはそれに対する明確な答えを持っていない。
 そんな話をしているのに、ルクスもキリルも早々に眠ったのか聞こえているけど別に気にしていないのか、目を閉じたまま。
 だから、もう寝ましょう、と言うのがカイルが唯一言える事で、そうだね、と返すのがシャルトの精一杯だった。





□ END □

 2011.06.19
 こんな事が続いたので幻水2の頃には流す事と突っ込む事を王子はマスターしました





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