朝明



 意識が浮上すれば自分以外の気配がすぐ傍にある事に気付いた。
 寝起きの為にすぐ誰の気配かは判断出来なかったが、警戒するべき相手ではない事だけは分かってルックはゆっくりと目を開く。
 自室の天井をぼんやりと数秒見上げ、それから気配のある方へと目を向ける。
 眠っているルックの隣にいる人は限られていて、隣へと目を向けると同時に黒髪の少年の姿があれば、やっぱりなとルックは眠い頭で納得をした。
 とりあえず急激に覚醒を促される程に驚くような事ではない。
 夜中にこの城に来て部屋のカギを抉じ開けて侵入したにしても、折角教えた転移魔法をわざわざ使ってまで侵入したにしても、驚きはしないが呆れはした。
「何やってんの…。」
 その気持ちを素直に言葉にするが、ウォルカからの反応はない。
 随分と熟睡しているようだが、眠っている場所は決して寝心地がいいとは思えない。
 1人用のベッドをルックは普通に自分が眠る為だけに使っている。
 他の誰かを寝かせる為のスペースなんて勿論開けていない。
 それでも僅かにあるルックの横の狭いスペースに上手く入って横になっていて、ゆっくり休めるかどうかはとても疑問だ。
 これならソファーの方が十分休めそうで、そもそもレアスター城にはウォルカ専用となりつつある客室があるのだからそこを使えばいいのに、狭いスペースで縮こまって横になり、落ちないようになのかルックへと腕を回してしがみついて無理矢理眠る。
 そんなに1人で眠る事が出来なかったのか。
 助けを求める相手が家族では駄目だったのか。
 もしそうだったのなら、何でわざわざこちらに来たのに起こさなかったのか。
 眠るウォルカを眺めながら考えていれば、もうため息しか出てこなかった。
 どうしようかと少し考えた後に、ルックはそっとウォルカの腕をどかす。
 目が覚めてしまえば隣で無理に眠っている人を無視して呑気寝てはいられない。
 このまま起きてベッドはウォルカに譲ろうとスペースを開ける。
 寝返りを打てばすぐさま床に落ちそうな状態から普通に眠れる場所まで、腕を引っ張って移動させるよりはベッドから降りて転がしてしまった方が楽だ。
 ウォルカの邪魔にならないようにベッドから降りようとしたのだけれど、そんな時に部屋の扉を叩く音が聞こえてルックの意識がそちらに向いてしまった。
 同時に上掛けを引っ張ってしまい、それを下敷きに寝ていたウォルカの体がぐらりと傾いた。
「あ。」
 手を伸ばす間もなくウォルカがベッドから落ちる。
 ガタンッ、と少し大きな音が聞こえた。
 眠っていたので無防備に落ち、ついでにベッドの隣にある小さな棚に何処かをぶつけたようだ。
「いたた…。」
「………、大丈夫?」
 痛そうに顔を顰めるウォルカをベッドの上から見下ろしながらルックは声をかけた。
 それへの返事はなく、まだ目が覚めていないようでウォルカはぼんやりとルックを見上げ、緩慢な動きでぶつけたらしい頭に手を当てる。
「………、痛い。」
「だろうね。」
「………、何でルックが?」
「ボクが聞きたいよ。」
「えーっと…。」
「とりあえず起きたら?」
 ぼんやりとしながら瞬きを数回。
 こんなに無防備な姿は寝起きだろうとそう見れるものではない。
 珍しい表情が見れたなと思いながらルックがその様子を眺めていれば、ようやく起きたウォルカが勢いよく体を起こした。
「うわっ!」
 酷く驚いた声を上げて起き上がったウォルカは少しの間じっとルックを凝視する。
 そしてすぐに気まずそうに目を逸らした。
 あまりにも態度が不自然過ぎて思わず笑みが浮かんでくるほどだ。
「おはよう。」
「お、おはよう…。」
「今更不自然に目を逸らすくらいだったら素直に言い訳でもしたら。」
 一応聞くよ、とルックが言えば、暫くうろうろと落ち着きなく視線を動かしていたウォルカは諦めたように肩を落とす。
「ごめんなさい…。」
「別にいいけどね。ボクが折角教えた転移魔法を不法侵入に使ったくらい、全く気にしないけど。」
「言葉に棘があるよ、ルック…。」
「あると感じるんだったらキミに疾しい思いでもあるんじゃない?」
「反論出来ません…。」
 項垂れるウォルカを見て耐え切れなくなったルックがおかしそうに笑う。
 それに続くように再び扉を叩く音が聞こえて、誰かが来ていたんだという事を思い出した。
 まだ朝の早い時間なので寝ている振りをして無視してもいいのだが、部屋の外にいるのは無視をしていい相手ではない。
「あれ…、イシュカ?」
「みたいだね。出るから立ちなよ、みっともない。」
「ああ、ごめん。」
 慌ててウォルカは立ち上がり、窓の方へと目を向けると光が滲んでいるカーテンを見て小さなため息をついた。
 何だろうかと思いながらルックは扉を開ける。
 早い時間にも関わらずにすっかり身支度を整えたイシュカが立っていて、再度ノックをしようか立ち去ろうか悩んでいたらしく、ルックの姿を見て安心したように笑みを浮かべた。
「あ、ルック。やっぱり起きてた。」
「おはよう。何か用?」
「おはよう!あのね…、あれ?」
 イシュカが部屋の中を見て首を傾げたので、大きく扉を開けて中にウォルカがいる事を教える。
 ぱっと表情を明るくしたイシュカがウォルカに所に駆け寄ろうとして、部屋の主に入る許可を貰っていない事を思い出して立ち止まる。
 そろりと向けられた視線にルックが頷けば、改めてイシュカはウォルカに駆け寄った。
「ウォルカさん!来ていたなんて全然知らなかったです。」
「昨日の夜に来たから。挨拶もしなくてごめんね。」
「気にしないでください。今回はどのくらいいてくれるんですか?」
「本当は明け方前に帰るつもりだったんだけどね…。」
 ため息交じりにウォルカが呟く。
 夜中にルックの部屋にこっそりと来て、気付かれないうちに帰るのがウォルカの計画だったらしい。
 先程の気まずそうな様子は、勝手に入ってきた事もそうだが、それよりも予定が崩れてルックに自分が来ていたとばれた事に対しての態度だったようだ。
「ふーん…。」
「………、え?」
「勝手に不法侵入して、勝手に1人で満足とはいい身分だね。」
「………、え!?」
 ルックはずかずかとウォルカに近寄って胸倉を掴むようにして引き寄せる。
 驚いたウォルカが引き攣った悲鳴のような声を上げた。
 ウォルカが何を思ってこんな行動を取ったかなんて知らないが、1人でいられないだけの何かがあったのは分かる。
 眠れなくなった時に訳の分からない不安感を抱えるなんて珍しい事ではなく、ウォルカがそれに耐え切れなくなるのもそう珍しい事ではない。
 1人でやり過ごすのに限界を感じて逃げ込んできたのだろう。
 別にそれは構わない。
 逃げ込みたければ好きにすればいいし、それを咎めるつもりは全くない。
 それくらいは許容範囲内だ。
 そう思っているのに、こちらに気付かせないように1人でそっと不安をやり過ごして帰ろうとした、その事実がどうも気に入らなかった。
「いや、あの、迷惑かけるつもりはなかったんだけど…!」
「キミの言い訳はもういいよ。キミの気が済んだなら、今度はボクに付き合ってもらう。」
「ルック、怖い、顔が近くて怖いって…。」
「イシュカ。キミの用事はボクでなければいけない急用?」
「えーっと…。」
 突然の事にただ驚いていたイシュカは、突然声をかけて慌ててここに来た用事を思い出す。
 ルックの所に来たのは、ルックならこの時間なら起きているかな、と思ったからで彼でなければいけない絶対的な理由はない。
 起きてくれるのなら別の人でも問題はない。
 その人達を早い時間から起こすのは申し訳ないのだが、今のルックの様子を見る限り彼でなければいけないという用件でなければ聞いてもらえそうにない。
 ついでにこれは、気を遣え、という場面なのだろう。
 シーナやシャルトに教えて貰った状況に今はよく似ている。
 だったらこれ以上ここに留まるのはよくない事で、早々に立ち去るのが1番。
 こういう時になんて言えばいいかも教わっている。
「お邪魔しました!」
 ぺこりと頭を下げてイシュカは2人の反応を待たずに部屋を出る。
 あまりの素早さにウォルカが声をかける暇もなかった。
「ルック…、イシュカ行っちゃったんだけど…。」
「そうだね。」
「何をそんなに怒っているのさ…。」
「分からなくてもいいからとにかく付き合いなよ。考えるのはその後。」
「何に付き合えばいいの。」
「2度寝るする。」
「珍しい。」
「たまにはいいよ。」
 言い終わると同時に胸倉を掴んだまま投げ飛ばすようにベッドの方へウォルカを突き飛ばす。
 ウォルカは乱暴な扱いに文句の1つでも言いたい気分になったが、昨日は深夜にここに来たので正直まだ寝足りない。
 眠気が勝って、まあいいか、とベッドの上に上がる。
 どちらかが別の場所で眠ればもっと楽に眠れるのだが、そんな事は言ったって意味のない言葉になるだけ。
 ウォルカが奥の方へと詰め、開いたスペースにルックが入る。
 やっぱりどうしても狭いが文句を言う事はせずにお互い落ち着ける場所を探した。
 何とか落ち着いて眠れそうな体勢を見つけるとウォルカは躊躇いがちにルックを呼んだ。
「あのさ、ルック。」
「なに?」
「勝手にここに来た事、真面目に言い訳した方がいい?」
「別にいいよ、何でも。好きにすればいいんじゃない。」
「………、うん。」
「でももう邪魔はしないでよね。こんな無駄に寝るなんて久し振りなんだからさ。」
「気を付けるよ。」
 横になったルックはさっさと目を閉じる。
 これ以上話しかけるなと、そんな事をしている暇があるなら寝不足分を取り戻す為に眠れと、そういう意思表示。
 こうなればウォルカも一気に眠気を感じて目を閉じた。
 場所を開けてもらったので先程よりもゆっくり眠れるからなのか、それとも今度は勝手に入ったわけではなく一緒に寝ても許される状況だからなのか。
 心地のいい気持ちよさにウォルカは安心したようにほっと息をついた。
「なんかさっきよりもずっと眠れる気がする。」
「そう。」
「でもいいのかな、軍主追い出してまでの2度寝なんて。」
「軍主が許可出したも同じだからいいんだよ。」
 だからおやすみ、とルックはウォルカに声をかける。
 少し眠そうに、そうだねおやすみ、とウォルカは返す。
 これから明るくなるのに挨拶が変だなんて、そんな気持ちはすぐに眠気の中に消えて行った。





□ END □

 2011.06.19
 自分1人の移動くらいなら使えるようになるんじゃないか、とかテレポートに対しては思っています





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