たまにはやってみよう



 ルックに声をかけてくる人はあまり多くない。
 連絡事項を伝える為の会話となれば別だが、それ以外の雑談などになればごく限られた人数になる。
 理由はいくつかあるが、ルックが人と接する事があまり好きではないのと、例え話しかけたとしても会話が長続きせず早く何処かへ行けと隠しもせず態度や言葉で伝えるからだろう。
 ルックを怖がらず警戒せず躊躇わないで話しかける相手なんて毎回同じような人達ばかり。
 そしてその毎回同じ人達の中の2人、ウォルカとシーナが、石版前にいたルックを捕まえて適当に雑談をしていた。
 積極的にルックは会話に参加してこないが、転移で何処かに逃げださず時折ほんの少しだけ話に参加するので、十分に3人は会話を楽しんでいた。
 これが、3人一緒に楽しんでいる、ではなく、ウォルカとシーナが勝手に話しているだけ、に見える相手は滅多にルックへ声など掛けない。
 今までずっとそうだったので、ルックもウォルカもシーナも、ここに自分から飛び込んでくる物好きなんて決まった人達以外にはいないだろうと思っていた。
「あ、あの…!」
 1人の少女が物凄い勇気を振り絞って声をかけてくるまでは。
「え?」
 3人が揃って声をかけてきた少女を見る。
 戦争の拠点であり、同時に1つの大きな町にもなっているレアスター城には、とにかく人が多い。
 残念ながらここにいる全員を覚えるなんて無理に近い。
 何気なくウォルカとシーナはルックを見て、そうしてその視線を受け取ったルックは背後の石板の様子を窺い、首を横に振った。
 兵士でも一般人でも敵でも無関係に選ばれる、イシュカの元に集う宿星達。
 ごく普通の少女に見える彼女もその1人なのかと思ったが違うらしい。
 よく利用する鍛冶屋や道具屋で見る人でもない。
 こうなると完全にお手上げなので、どうかしたの、とシーナが声をかけようとした。
 だが口は開いたものの何も言わないままに閉じた。
 ウォルカも何か気付いた様子で、そうして再び2人はルックを見た。
 今度は視線の意味が分からず不快そうに顔を顰めたが、少しして理由に気がついた。
 少女が真っ直ぐに目を向けているのはルック。
 つまり、どうやら自分に用があるらしい、と気付いて更に不快そうな顔をした。
 態々こちらから声をかける親切心などないルックは、じっと向けられる視線に気付いていないかのように目を逸らそうとしたが、それより先に少女が名前を呼ぶ方が早かった。
「あの、ルックさん…。」
「………、なに?」
 一応返事をしたルックと緊張した様子の少女を、ウォルカとシーナは黙って見守る。
 随分と珍しい光景だった。
 だからこそ今は好奇心が何よりも強かった。
「その…、怪我は、大丈夫ですか?」
「怪我?」
 一瞬何の事を言われたか分からなかったが、少し前の戦いを思い出して、ああ、と小さく呟く。
 そういえば前回の戦いの時は随分と魔法兵団の出番が多く、それなりに怪我をしたが治す魔力も勿体無い状況だったので、見た目としては随分悲惨な状態で帰ってきた。
 でも別に長期間に渡って引き摺るような怪我ではなかった。
 体力的には問題なかったので、帰って休んで魔力に余裕が出来たので治し、それで終わっただけの怪我。
 何を今更言っているんだ、とルックは少女の意図が分からずにため息をついた。
「何を急にそんな前の話を…。見ての通りだし、キミに言われる筋合いはない事だけど。」
「そう…。」
 もう少し別の言い方はないのか、と思ったがウォルカもシーナも口を挟まなかった。
 少女は特に落胆した様子も怖がった様子もなく、ただ純粋にルックの怪我は大丈夫という事を確認できて、それはとても嬉しそうな顔をした。
「よかった…。戦争だから大変だとは思うけど…、でも、あまり無茶をしないでください。」
「………。」
「それじゃあ、急にごめんなさい!」
 頭を下げて少女は走り去って行った。
 その後ろ姿をルックは怪訝そうに見送る。
 顔にははっきりと、なんだあれは理解出来ない、と書いてあった。
「へー…、ルックって意外と人気あったんだ。」
 けれどルックが疑問に思っている事の答えを知っているかのようにシーナは呟く。
 しかもその声はとても楽しそうだ。
 ルックの機嫌がさらに降下するが、それに気付いてもシーナは楽しそうな様子のままルックの肩を叩く。
「こんな不愛想な奴の何処がいいんだか…。まぁ、それがいいって言う人もいるけどさ。」
「は?」
「仕方ないって。ルックはかっこいいから。」
「あれ、惚気か?」
「違います。」
「何だったらあの王子様呼んでこようか?」
「どうしてシャルトを呼ぶっていう話になるのかな。」
「だってあの王子様、お前の惚気話聞くの大好きじゃんか。」
「惚気話を聞くのが好きというか…、ただ単に遊ばれているというか…。」
「ちょっと、訳の分からない話を勝手にしないでくれる。」
 ルックが口を挟めば2人がとても不思議そうな目を向けてきた。
「え、分かってないの?」
「何が?」
「だから、さっきの女の子の事。」
「何を分かれって言うの。ボクは彼女の事なんて一切知らないよ。」
「そうじゃなくて…。」
「じゃなくて?」
 ウォルカが言い辛そうに言葉を濁らせる。
 先程の少女は目に見えてルックに好意を示していた。
 それがはっきりと自覚できる程の恋心なのか、もっと淡い憧れのような感情なのかは、流石に判断がつかない。
 それでも好意を寄せているという事は間違いなく、想い人相手にそれをどう伝えればいいのか。
 悩みだしたウォルカに微笑ましい気持ちで苦笑して、だから、とシーナが助け船を出した。
「さっきの子、お前が好きみたいだって、そういう話だよ。」
「………、は?」
 そんな可能性など一切考えていなかったようだ。
 おそらく興味のない相手だったからだろう、それでも少しだけシーナは先程の少女が可哀想に思えた。
「だからお前みたいな奴の何処がいいんだろうって話していたんだよ。」
「うん、そう。それでルックはかっこいいって言っていたの。まぁ…、性格は少しきついけど。」
「きついって言うか酷いだろ。顔だって、これってかっこいいって言うか?」
「じゃあシーナだったらなんて言う?」
「女顔。」
 次の瞬間にはルックがシーナの頭の上に杖の先端を落とし、痛っ、という悲鳴が上がった。
 殴りかからなかったのはせめてもの優しさだろう。
「ほら酷い…。」
「キミの言葉の暴力への抵抗だよ。」
「あれ?ルックって実は顔の事を気にしてたのか?」
「喧嘩売るって言うなら、今日だったら買ってあげるけど。」
「そのくらいにしておきなよ。」
 喧嘩と呼べばいいのかじゃれ合いと言えばいいのか分からない2人を止めながら、ウォルカは何気なく先程の少女が走り去った方向を見た。
 少女は何も言わなかった。
 名前も、城の何処にいて何をしているのかも、自分の事は何も。
 ただルックの無事を確認して何事もない事に喜んだ。
 自分があれだけ純粋だったかと聞かれればあまり自信はないが、その様子は3年前の自分に少し似ているようにウォルカは思えた。
 ルックには何も望まないと言い聞かせながら一方的に想いを寄せていた頃に。
 何だか他人事とは思えず、そうして走り去った少女とここに残っている自分を考え、ウォルカは僅かに目を伏せる。
 その様子に気付いたルックとシーナは内心ため息をついた。
 何を考えているか、予想は出来るが断言できないものの、こういう顔をする時のウォルカは決まって面倒な事を考えている時だ。
 ルックは呆れた顔をしながらウォルカを引っ張り上げるために少し強めに名前を呼んだ。
 びくりと肩を震わせたウォルカは慌ててルックを見る。
「また何を呆けてるのさ。」
「え?」
「そりゃそうだろ。恋人が目の前で他の誰かに言い寄られていたら気にするって。」
「あれは別に言い寄られていたわけじゃ…。」
「だから、オレが好きなのはお前だけだ、くらいな事を言って安心させといてやれよ。」
「ボクがそんな事を言うわけないじゃないか。」
「ボクも正直そんな台詞をルックからあまり聞きたくない。」
 言い切ったウォルカをルックが複雑そうな顔で見る。
 不思議そうに首を傾げたウォルカと顔を見合わせる事1分ほど。
「気が変わった。試しに挑戦する価値があるかもしれない。」
「………、は?」
 沈黙の中で何をふっ切ったのか、唐突にそんな事を言い出したルックにウォルカはただ驚くしか出来なかった。
「何事も挑戦だな。でもこんな公衆の面前で公開処刑はやめておけ。」
「部屋で2人きりの刑執行にしておくよ。」
「何でそんな物騒な言い方!?その前にこの流れはなに!?」
「みっともなく抵抗しないでよ。いつものかっこいいキミらしく素直に腹を括ってボクに付き合え。」
「意味が分からないよ!」
 ウォルカが助けを求めるような様子を見せたが、それに気付かない振りをしてシーナは2人へと手を振った。
 人の恋路など邪魔するものではない。
 先程の少女がそんなに気になるなら、心配する要素は何もないんだとルックに信じさせてもらえばいい。
 そんな気持ちの、完全な好意で、シーナは2人が消えるのを見送った。
 その後に、面白そうだからシャルトには報告しておこう、と少しだけ意地悪は考えていたけれど。





□ END □

 2011.02.01
 ルックはすっごい遠くから見ているだけだったら憧れられる気もする





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