また怒られた



 皆で集まって何気なく過ごしている、そんな時だった。
「ルクスってかっこいいよねー。」
 キリルが笑顔でそんな事を言い出したのは。
 レストランのテラスで、ウォルカとシャルトはお茶を飲みながら雑談をしていて、ルクスとキリルはその向かいで地図を広げて話し合いをしていた。
 ウォルカもシャルトも詳しく話の内容を聞く気はないので意識を向けていなかったが、地図を広げていたので多分この先の進路についてでも話しているのだろうと思った。
 今はレアスター城の主であるイシュカと友人になったので一時的にここに滞在をしているが、2人は旅人だ。
 戦争中だろうがなんだろうが関係なしに世界を歩いている。
 また何処かに行くのだろうか。
 それともレアスター城を拠点として都市同盟を見て回るのだろうか。
 ちらりとウォルカがそんな事を思ったと同時に、キリルのこの発言。
 思わず何事かとウォルカは2人の方を見た。
 シャルトの方は、ウォルカよりも2人との付き合いが長いためか、また始まったと呆れながらも何処か慣れた様子でお茶を飲む。
「………、そう?」
 ルクスの方も話の流れが意外だったのだろうか。
 きょとりと不思議そうに首を傾げる。
「うん。」
 その反応を対して気にした様子もなくキリルは笑顔で上機嫌だ。
 嬉しそうに頷かれてルクスも少し笑顔になる。
 その笑顔がキリルにしか分からないのが難点だが、今のルクスが笑顔かどうかなんてウォルカとシャルトにはどうでもよかった。
「これどうすればいいの?」
「放っておけばいいよ。」
「………、ここで?」
「別に席を変えてもいいけど、きっとキリルさんに止められるよ。」
 あれ何処に行くの、もう戻っちゃうの、そんな感じに声をかけられるだろう。
 そして、今の貴方達と一緒にいるのが面倒だ、なんて流石のシャルトでも言えない事をどうやって伝えようか悩んでいるうちに席を外すタイミングをなくす。
 絶対にこのパターンで終わるとシャルトは自信を持って言えた。
 反論出来る部分が1つも見つからず、ウォルカは自分を落ち着かせようとお茶を1口飲む。
「えーっと…、つまり…。」
「気にせず放っておく。これが1番。」
 さて自分達の話は何処で止まったかな、と本当に慣れた様子のシャルトにウォルカは笑うしかない。
 そして意識してルクスとキリルの話を気にしないようにと努める。
 けれど気にしてしまえばしまう程にそれは難しい事だった。
 戦いの中ではもう少し楽に出来そうな事だが、そんな緊張感など皆無の今ではなかなか出来そうにない。
 テーブルを挟んだ向かい側にいるだけの距離だ。
 少しでも気を向ければ会話なんて簡単に聞こえてくる。
「急にどうしたの?」
「何となく。」
「そう。」
「………。」
 なおもルクスは不思議そうにしている。
 キリルをじっと見て、自分の方に手を当てて、答えが出なかったのか素直に質問をキリルへぶつけた。
「何処が?」
 本人としてはただ疑問だっただけだ。
 自分の容姿にはこれといって関心はないのでよく分からない。
 もしかしたら行動や発言への褒め言葉なのかとも思ったが、今はただそのうち再開するであろう旅の行き先を決めていただけで、褒められるような事は何もしていない。
 キリルの事は大抵分かる。
 でも全部が分かるわけではない。
 分からない事は、状況が許すのなら、素直に聞いてしまった方がいい。
 そうやって長く一緒に過ごしてきたのでルクスにとっては当たり前の行動だった。
 だからウォルカが驚いて、そしてその拍子にお茶が変な場所に入ってしまったのか咳き込んだ、その反応が酷く不思議だった。
 これも後でウォルカに聞こうと思いながら、まずは最初の質問を片付けようとキリルを見る。
 キリルは少し考え込むように、うーん、と唸ってルクスと顔を合わせる。
「何処がかぁ…。」
 先程ルクスに答えた通り、かっこいいなんて言い出した理由は、何となくという答えで全てだ。
 特に理由があって言い出したわけではなく、ふと思ったから口に出しただけ。
 けれどルクスがかっこいいのは間違いないので、何処がと聞かれればこんな所がだよ、とすぐに言えると思っていた。
 そんな自分の予想に反してキリルは口篭る。
 たくさんある。
 ルクスがかっこいいところは、凄いところは、本当にたくさんある。
 だからこそ困ってしまった。
 1つに絞るのは思いの外難しい事だった。
「ちょっと待ってね。」
「うん。」
 頷いてキリルの答えを待つルクスの顔をじっと見る。
 綺麗な顔をしているなと思ったのは1度や2度じゃない。
 目は綺麗な海の色で、強い力を込めた時なんて何度見ても素敵だと思う。
 余り多くしゃべる人ではないので聞く機会は自然と少なくなるが声も聞いていて心地いい。
 そして本当に強い人なので、双剣を手に冷静に戦う、その姿はどれだけ長く付き合っていてもいつだって見惚れる程だ。
 どれだけ彼と同じだけ強くない羅いと願った事か。
 そんな事をたくさん頭の中で並べれば、どれもこれも伝えたくて1つに絞る事が難しくなった。
 もういっそ全部伝えようかと思ったが話が長くなっては元々やっていた旅の行き先を決める話が出来なくなってしまう。
 悩んだ末に、いい事を思いついた、とでもいうような顔でぽんっと手を叩き、キリルはルクスに笑い掛ける。
「うん、全部だ。」
 ルクスは再び不思議そうに首を傾げた。
「全部?」
「そう。ルクスの何もかも全部が、かっこいい。」
「………、それは違うと思うけど…。」
 困ったようにルクスがそっと反論する。
 何もかも全部を褒められる程の人間ではないという事はよく分かっているし、誰よりも長く一緒に過ごしたキリルならそんな事はよく分かっている筈だ。
 みっともない姿を見せた事なんて数えきれない程。
 それでもキリルは首を横に振ってルクスの言葉を否定した。
「違わないよ。ルクスはかっこよくて素敵だよ、凄くね。」
 笑顔ではっきりと言い切る。
 ルクスが何か言いたげに口を開いたが、それよりも先にキリルを呼ぶ声が遠くから聞こえてきた。
 その場にいた全員が声のした方を向けば、イシュカがテラスの入り口で手を振っていた。
 楽しそうな様子で、こっちに来て、と手招きをしている。
「どうしたんだろう…。ちょっと行ってくるね。」
「分かった。」
 何だかよく分からないが、イシュカがあまりにも笑顔なので期待しながら走って行ったキリルは、建物の中に入って姿が見えなくなってしまった。
 もうキリルもイシュカも見えないのにルクスはじっとテラスの出入り口を見つめる。
 そうして頭の中でキリルの言葉を繰り返す。
 迷いもなく自分の何もかもを受け入れてくれるあの笑顔を思い出す。
 素直に自分の気持ちを表す事が出来て、だからこそ多くの人に慕われ、でもただ優しいだけではない確かな強さがある、そんな彼こそ褒められるべきだ。
「………、それだったら…。」
 そう思ったから何気なくここにはいない自分の片割れへの言葉を口にしようとした瞬間。
「それだったらキリル君の方がかっこいいよ。」
「………。」
 シャルトが思っていた言葉を一字一句違えずに言った事を驚いてルクスは目を向ける。
 いつも通りの無表情に見えるが、きっと驚いてはいるのだろうと推測できる様子を見て、シャルトは深々と息をつく。
「なんて事を言うのは部屋で2人きりの時にしてください。間違ってもキリルさんが帰ってきた瞬間にここでは言わないでくださいね。」
「どうして?」
 褒める事は悪い事ではない。
 好意を示すのも悪い事ではない。
 そして自分は間違った事は言っていない。
 だったらすぐにでもキリルへと伝えたいのに、シャルトは再び深くため息をついた。
「分かりました。だったら徹底的にボクの出来る全てで説明します。」
 少し乱暴にカップを置いたシャルトが力強く宣言する。
 ああもしかしてこれって今のうちに逃げた方がいいんだろうか、とウォルカがちらりと考えた瞬間に、シャルトに固い声で名前を呼ばれた。
「ウォルカ。」
「………、はい。」
「証人になって。ボクは確かに説明して、そしてそれが間違っていないって。」
「………、うん、分かった。」
 どうやら再び逃げるタイミングをなくしてしまったらしい。
 早くイシュカとキリルは帰ってこないかな、と思いながらウォルカもカップをテーブルに置く。
 すっかり妙な雰囲気になってしまった中、ルクスはそんな空気など構いもせず、律儀にシャルトへよろしくと少しずれた事を言っていた。





□ END □

 2011.02.01
 特にいちゃついているつもりはないから質が悪いと言われ続けているが実感のない2人です





  ≪ Top ≫