少し先の事ですが



 ウォルカがレアスター城に滞在する時に使う客室はほぼ決まっている。
 もう半ばウォルカの部屋と言っても間違いはないだろう。
 客室がある階にルックが足を運ぶ回数も随分増えた。
 同じ扉が同じ間隔で並んでいるが、その中からウォルカが使っている部屋を今更間違えようもなく、迷いなく扉の前に立って数回叩いた。
 けれど返事がない。
 部屋は間違っていないし気配もある。
 少し眉を顰めてもう1度扉を叩くが、やはり反応はない。
 急な用事と言うわけではないが気になってドアノブを捻れば扉は開いた。
 不用心だなと思いながら部屋に入れば、どうやらうたた寝してしまったらしい。
 ウォルカは開いた本を胸の上に置いたままベッドで横になっていた。
 警戒しなくていい相手だと無意識に分かっているのだろう、傍に立っても呑気に眠っている。
 小さく息をついてルックは部屋を見回した。
 部屋に来た用事は本を返してほしかっただけ。
 目的の本が見つかればウォルカを起こす必要はない。
 机の上を見れば重なった本の中に目的の物を見つける事が出来た。
 ルックが貸したのは紋章についての本なのだが、その上には兵法や武術についての本が置かれ、下には世界各国の事をまとめた本や料理に関する本や童話などが置かれていた。
 紋章術関連の本を主に読むルックと違いウォルカは読む幅が広いと知ってはいるが、改めて見てみると本当にまとまりがない。
 眠るウォルカが持っている本を見れば植物に関する本だった。
 今度は薬草でも学ぶつもりなのだろうかと思いながら、ルックは本の山から目的の物を取り出した後ウォルカの手にある本を取る。
 開いたままでは本が痛むと思ったからだ。
 何気なく開かれたページを見てみれば、薬草と言うよりは普通の植物について書かれているページだった。
 何のつもりなのかと思いながらルックはウォルカが眠っているベッドに座る。
 眠るウォルカを起こす気はなかったが、起こさないように気を遣うつもりもない。
 目的は達したのだから自室に戻ればいいのだが、ルックはそのまま座ってウォルカから取った本をパラパラとめくる。
 積極的に読む種類の本ではないが嫌いだと避ける本でもない。
 見覚えがある薬草のページで手を止めて内容を読んでいれば、背後でウォルカが動く気配がした。
 振り返れば不思議そうな顔をしたウォルカと目が合った。
「………、あれ、ルック…?」
「開いていたから勝手に入ったよ。」
「………、寝てた?」
「寝てた。キミに何かしてトランとの同盟を壊す馬鹿がいるとは思わないけど、それでも少し不用心だよ。」
 気を許している相手以外が入ってくれば起きると思うが、それでも注意の1つくらい言いたくなる。
 ウォルカはただ苦笑して起き上がった。
「それで、今度は何をする気?」
「何が?」
「これ。」
 先程までウォルカが持っていた本を指す。
 うたた寝をする前に何をしていたのか思い出したウォルカは、ああ、と言って笑った。
「ルクスさんに食べられる野草や薬草になる植物の話とかを聞いたら面白くなったから。」
「彼ってオベルの王族家系じゃなかったっけ…。」
「でも旅暮らしが長いから、ルクスさんとキリルの話は凄く参考になるし興味深いよ。」
「まぁ、興味を持って無駄な事ではないけどね。キミがまた旅暮らしに戻るならさ。」
 無意識に言葉の終わりに棘があった。
 3年前の戦いの終わりに姿を消した事について今更何を言う気もないのに、何だか責めているような声だ。
 気まずくなってルックはウォルカから目を逸らす。
 そんな顔をしなくていいのに、と思いながらウォルカはルックの隣に移動した。
「旅暮らしもそんなに悪くなかったからね。これが終わったら、今度はルクスさん達と一緒に行くのもいいかも。」
「は?」
「冗談だよ。」
 すぐに顔を上げたルックにウォルカは即答した。
 ルックが悔しそうに口を噤む様子を見て楽しそうにウォルカは笑った。
「悪くないんだけど、ボクはやっぱりどこかに落ち着きたいな。」
「落ち着くって、グレッグミンスターに立派な家があるじゃない。」
「自分の家だけど、今はちょっと落ち着けないんだよね、あそこって。」
「………、まぁ…、分かるけどね。」
 トラン共和国首都の大通り近くにある建国の英雄の家。
 あの家にウォルカが戻り以前のような暮らしを取り戻せるまでどれだけの時間がかかるのか。
 周りの騒ぎが収まるだけの時間が過ぎた頃には、今度は右手にある紋章の呪いによって止まった時間の方が問題になりそうだ。
 結局あの家で再び静かに暮らすのは無理なんじゃないか、と少しだけ思う。
 ウォルカも同じ事を思ったのか、黙って目を伏せた。
 そしてルックの手にある本を見る。
「だからもういっそ別の場所で暮らそうかなって思う時があるよ。」
「家はどうするのさ。」
「グレミオ達に任せる。」
「キミって1人で暮らせるだけの生活能力あるの?」
「世間知らずのお坊ちゃんだった自覚はあるけど、今はそれなりに色々身に付いたと思うよ。」
「どうだか。」
「それで薬草とか花とか育ててみるのも面白いかなと思ってた。」
「だからこんな本を読んでたの…。」
 パラパラとページを戻って先程ウォルカが開いていた場所を探す。
 特にルックには興味のない植物が載っているページだった。
 興味がなかったので細かい事は覚えておらず、適当に植物の説明ページで手を止めた。
 薄い桃色の花が載っているのを見てウォルカが小さく笑った。
「こういう可愛い花がいいよね。」
「植物育てた経験あるの?」
「ないから読んでいたんだよ。机の上に料理とかの本もあるし。」
「さっき見たよ。童話もあったね。」
「あれは面白そうだっただけ。」
「キミは本当に雑食だよね。」
「大きな書庫があった方がよさそうだね。ルックも本はたくさん読むし。」
「………、は?」
「ルックも一緒にどうかなっていう話。」
 何を言われたのか分かっていない様子で目を丸くしているルックに、ウォルカはにこりと笑う。
 失敗したという気持ちを抱えてルックは手元の本に視線を落とす。
 おそらく半分は本気だが半分は冗談なのだろう、ウォルカはすぐにルックから視線を外した。
 まさかこんな話をする機会があるとは思わなかった。
 戦争が終わった後、ウォルカは当たり前にルックはレックナートの所に戻ると思っているだろうし、ルックも当たり前にウォルカは家族の所に戻ると思っていた。
 別の可能性についてほんの少し思った事はあるが、真剣に考えた事はない。
 少しの間黙り込んでルックは本を閉じた。
 見慣れない表紙の本をウォルカへと返す。
「ごめんね、ルック。冗談だって。」
 無言だったのを怒ったと勘違いしたらしく、本を受け取りながら謝ってくるウォルカにルックはため息をついた。
「ボクは花より薬草の方がいいよ。使えるから。」
「え?」
「でも別にキミが庭を一面ピンク色にしたいなら、それでも構わないけどね。」
 何を言いたいのか分からないと言った様子でウォルカは首を傾げる。
 確かに返答としては中途半端だ。
 でも今はその中途半端なくらいが限界だろうと思う。
 明確に答えを返せるほど真剣に考えた事はなく、そして戦争中のこの状況では明日どうなるのかすら分からないのだから。
「えっと、ルック…?」
 ウォルカもそれは分かっているだろうが、それでもいくらか期待している様子の声にルックはそっと笑った。
「戦いが終わったらまた聞いてあげるよ。お互い無事に生きていて、そしてキミが行方をくらませなければね。」
「………、実は3年前の事を根に持っていたりする?」
「別に。」
 素気なく返して最初の目的だった本を返してもらうという事を伝える。
 突然話が変わってウォルカは落ち着かなさそうに返事をする。
 でも今は本当に話を先延ばしにする返事で限界だ。
 だってまさかこのタイミングでこんな話をされるなんて思っていなかったのだから。
「それにしても、まさかキミから求婚まがいの事を言われるなんて、思いもしなかったよ。」
 思わずその気持ちがポロリと言葉として零れる。
 それを聞いたウォルカは何故か目を丸くした後に、え、と驚いたような声を上げた。
 何も理解していなかったのかと実感して、まずは1人で考えるよりも2人で話し合う方が先なのかと思いながらルックは深々とため息をついた。





□ END □

 2010.10.24/色であみだくじお題・ピンク色=愛情とか結婚とかそういう色らしい
 折角だから、そのうち2人で何処か凄く人里離れた場所で暮らしていればいいな、と思っている気持ちをぶつけてみる





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