一応気を付けて



「オレと勝負しましょうよ。」
 突然そんな事を笑顔で言いだした長い金色の髪の女王騎士を、ルクスは淡々と見下ろした。
 にこにこと向けられる笑顔を見ながら、切ろうと思っていた枝をぱちりと落とした。
 それが最後だったので、返事もせずにルクスは梯子から降りる。
「………、何をしていたんですか?」
「庭の手入れ。」
 王子という立場がある彼の方が圧倒的に立場は高いのに、何故か敬語を遣ってくるシャルトに、ルクスは短く答えた。
 本来は庭師の仕事だが、手伝いくらいならルクスにも問題なく出来た。
 1人が怪我で数日お休みという事での手伝いだが、悪くない出来だと手入れをした庭を見て一息つく。
「何でも出来るんですね。」
「一応。」
 小間使いとして働いていた日々は遠い記憶。
 けれど子供の頃から体に染みついた行動というのは、意外と覚えているらしい。
 後で確認はしてもらうが、指示された通りにできたはず。
 とりあえずシャルトからの文句はないので、ルクスは道具を片付けて庭師の誰かに終わった事を報告しようと思った。
 そんなルクスの腕をカイルが慌てて掴んだ。
「ちょっと待って…!」
「ん?」
「そんなさらっと無視しなくても…。勝負を申し込んだのに、聞こえてなかったとかなしですよ。」
「聞こえてた。」
 そのうえで無視をしようとしていた。
 でもそう簡単には済ましてくれないらしい。
「だったらちゃんと答えて…。」
「断る。」
「………、取り付く島もない…。」
 少しの迷いもない言葉にカイルが項垂れる。
 ルクスは構わずこの場を離れようとしたが、まだカイルはルクスの腕を掴んだままだった。
 まだ諦めてはいないらしい。
 その事にルクスはそっと息をついた。
「何故?」
「え?」
「女王騎士が、何故?」
 説明の少ない言葉を繰り返す。
 けれど何となく理解は出来た。
 女王騎士という、この国で実力を認められた者が、何故これといった立場のない自分と勝負を望むのか。
 きっとそう言いたいだろうとカイルは理解し。
 そしてそれは1つも間違う事なく正しかった。
「だってキミも武器を持っている。」
 カイルが指したのはルクスの腰に下がっている双剣。
 抜かれた所は見た事がないが、随分と使い込んでいるのは何となく分かる。
 それにルクスは人前で武器を持たずにいる事なんてない。
 ごく当たり前のようにずっと持ち歩いている。
「何となく分かるもんだよ、キミがそれなりの実力者だって。」
「………。」
「でも、どうもはっきりと分からない。それなら実際に勝負をしてみるのが1番手っ取り早い。ね?」
 笑うカイルを見て、それからシャルトと隣にいるリオンに目を向ける。
 2人とも真剣な表情でルクスを見ていた。
 実力を確かめたい、と思っているのはカイルだけではないようだ。
 もう1度カイルの方を見れば、にこにこ笑っているが、引く気がないのが何となく見てとれた。
 ここで勝負を蹴っても、多分ずっと勝負をするまで同じ事を言われそうな気がした。
 ルクスの勘は良く当たる。
 それがよく分かっているので、ルクスは頷こうと思ったが、それでもまだ躊躇いがあった。
 カイルの人懐っこい笑顔に、黒髪の青年の姿が重なって見えた。
 慌てて眼を逸らすが、思い出してしまっては、その姿はなかなか消えない。
 たった1人の誰よりも大切な存在。
 自分の片割れのような青年と最後に会ったのは、どれくらい前だったか。
 ルクスが生きて来た時間を考えれば、離れている時間なんてほんの一瞬に等しいけれど、けれど何気なく数えてみれば両手は数えられない日数が経過している事に、少し気分が降下する。
 こんな気持ちで勝負をしたら、一体どうなるのか。
 随分とカイルに失礼な事になりそうな気がする。
 日を改めて、と言いたかったが、次はいつ会いたい人に会えるかは分からない。
 明確に日付を言えなければ逃げるための口実と思われるだろう。
 無表情の中で困っているルクスに、シャルトがそっと声をかけた。
「迷惑だとは思いますけど…、お願いします。」
 王子自らの願いとあれば流石に簡単には断れない。
 ルクスはそれでも迷ったが、結局手に持っていた道具を地面に置いた。
「期待に応えられるかは分からない。」
「そんな謙遜しなくていいのに。」
「ただの事実。」
 カイルからある程度距離を取り、ルクスは双剣を抜く。
 毎日必ず1回は場所を借りて鍛錬をするようにしているが、そういえば誰かを相手にするのは随分と久し振りだった。
 片割れがいてくれれば、久し振りだなんて思う事はなかったのに。
 そう考えて、また気分が落ち込む。
 それを振り払うように軽く頭を振って、一呼吸ついた後に双剣を構えた。
 カイルも剣を構え、じっと向き合う。
「………、うわぁ…。」
 ふとカイルが情けない声でそんな呟きをこぼした。
 ルクスはかなりの実力者なんだろうな、とは思っていた。
 いつだって隙はなく、廊下の掃除だとモップで床を磨いている時ですら見つけられず、いっそ笑えるくらいだった。
 そんなルクスが武器を構えれば、どこでどう仕掛ければいいのか全く分からない。
 ある程度は分かっていたけれど。
 ここまでとは思っていなかった。
「カイル、頑張って!」
「カイル様、頑張ってください。」
 シャルトとリオンが応援するが、2人もこのどうしたらいいか分からない空気は感じている。
 攻めづらいどころか、攻められない。
「………、よかった、カイルに行ってもらって…。」
「そうですね…。私でしたらどうしようもなかったと思います…、情けない話ですが。」
「大丈夫だよ。現女王騎士のカイルですら、どうしようもなっていないからね。」
「王子ー、聞こえてますからねー!」
「だったら頑張れ。」
「頑張りたいのは山々なんですけど…。」
 話している間もルクスから目が離せない。
 本当は話しているのも危なっかしいが、緊張感に耐えきれなかった。
 その隙をつく事なくルクスはじっとカイルに目を向けたまま動かない。
 向こうも攻めるタイミングが見つからないのだろうか。
 そうカイルは思ったが、何かが違った。
 ルクスは武器を構えたまま動かずにいたが、ふと視線を少し落として力を抜くように息を吐いた。
 一瞬だけ意識が逸れた今がチャンスだろうか、とカイルは思って踏み込んだが、ルクスの方がほんの少し早かった。
 ルクスが踏み込んで距離を詰める。
 下から振り上げられた剣をカイルは受け止めたが、受け止めたままではもう片方の剣に対処出来ない。
 双剣という武器にはあまり出会った事がないが、思った以上にやりにくいと感じた。
 普通の剣より間合いは短く、けれど両手に武器があるので立て続けに攻撃が来る。
 とにかく受け止めた剣を弾こうと思ったが、そこでカイルは驚いたように目を丸くした。
 受け止めたルクスの剣は、けれど勢いは落ちず、そのままカイルの方が弾かれた。
 右手と剣が弾かれた勢いで頭上に浮いてしまい、右側が隙だらけ。
 特に非力には見えないが、ルクスはそんなに力があるようにも見えない。
 体格ならカイルの方がずっといい。
 それでも実際に競り負けた。
 弾かれた腕を振り降ろそうとしたが、それよりも先にルクスが1歩踏み込み、もう片方の剣をカイルに向けようとして。
 ぴたりと動きを止めた。
 不自然なくらいに突然だった。
 完全にカイルの方が劣勢だったが、でも勝負がついたと判断して止まったには早すぎる。
「え?」
 カイルが驚いたが、剣を振り降ろそうとした勢いは止まらない。
 勢いが中途半端に弱まったカイルの剣を、本来なら決定打を与える為に使う筈だった剣で弾き、ルクスは考え込むような素振りのまますっかり止まってしまった。
 そして結論が出たのか1つ頷き。
「ダメだ…、やっぱりこれじゃあ、八つ当たりだ。」
 そう呟いた。
「………、え?」
「また今度、改めて。」
 双剣を鞘に戻し、戻す筈だった庭の手入れの道具を抱え直す。
 その後ろ姿をぽかんとカイルは眺める。
 傍に来たシャルトとリオンも同じような顔をしていた。
「八つ当たり?」
「八つ当たりであっという間に追い詰められたオレの立場って…、どうなんでしょうか…。」
「………、凄く微妙。」
「………、ですよね…。」
 がくりと項垂れたカイルをどう慰めればいいのか、シャルトとリオンは顔を見合わせて考える。
 そんな事はお構いなしに庭の整備が終わった事を報告しに行こうとしていたルクスを呼び止める声があった。
 その場にいた全員が声の聞こえた方を振り返れば、呼び止めたのはゲオルグ。
 4人揃った状況に一瞬だけ不思議そうな顔をしたが、まずルクスの傍に駆け寄った。
 シャルト達には何を話しているのかはっきりとは聞こえない。
 ただルクスが珍しくも酷く驚いたような声を上げた。
 それから抱え直した道具を再び地面に置き、そのまま何処かへと走って行ってしまった。
 慌てた様子が本当に珍しかった。
 ぽかんと3人はルクスの後ろ姿を見送る。
 そしてそんな3人をゲオルグは不思議そうに眺めて首を傾げた。
「何をやっているんだ?」
「え?ああ…、うん。カイルがあの人に勝負を挑んだんだけど…。」
「負けただろう。」
「何でそんなに自信たっぷりに言うんですか!………、確かに負けましたけど…。」
「だろうな。」
「ところで、あの人は何処に?」
「別行動をしていた仲間が会いに来たから、その人の所にな。」
「え!?」
 シャルト達3人の驚いた声が重なった。
 元々は旅人で友達と2人旅をしていた、と聞いた事はある。
 けれど実際にどんな人かは知らず、ルクスと一緒に旅が出来るなんてどんな人だろう、と多少の興味があった。
 今から追いかければ見られるだろうか。
 そんな気持ちからの分かりやすい好奇心に、ゲオルグはため息をついた。
「やめておけ。」
「どうして?」
「久し振りの再会なんだ、邪魔をすれば本気で怒りかねないぞ。」
「………、え?」
 困惑した表情を浮かべる3人に、ゲオルグは釘を刺すように1つ頷いた。
 きっと今頃は、遠距離恋愛を終えて久し振りに再会をした恋人達のように人目を憚らず抱き合って、2人で会えた事を喜んでいるだろう。
 久し振りと言っても半月も経っていないのだけれど。
 少しだけそんな事を考えたが口に出す事はせず、行かない方がお互いの為だ、と疲れたようにゲオルグはシャルト達に繰り返した。





□ END □

 2010.06.16
 寂しくても死にはしませんが機嫌は際限なく降下します、10日くらいでもうダメらしい





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