テーブルの上に置かれたカードを見て、ルックは無表情を保とうとしたが、結局は酷く不機嫌そうな様子が滲み出てしまった。
それを察してカードを置いたシャルトは見惚れる程に綺麗な笑みを浮かべる。
大抵の人ならうっとりと眺めていたくなる程の笑顔だが、ルックにとっては物凄く嫌味にしか見えなかった。
そして実際にただの嫌味だった。
睨み付けるルックとにこにこと笑っているシャルトの無言の攻防。
出来る限り傍に寄りたくないような2人と同じテーブルについているルクスは淡々とカードを片付ける。
彼はとっくに勝ちを決めて1番最初に上がっている。
次にシャルトがカードを揃え、最後に残ったのがルックだった。
「はい、ルックの負け。」
シャルトの声を聞いて、後ろにあるベッドの上で平和的に2人でババ抜きをしていたイシュカとキリルは顔を上げた。
本当は2人も勝負に加わりたいと参戦を申し出たのだが。
イシュカはルールを知らない。
キリルはルールを知っているが、今日は止めた方がいい、とルクスに止められた。
高確率でルクスの勘は当たる。
そんなルクスが止めた方がいいと言うのだから、まず間違いなく今日は勝ち目がないのだろう、とキリルは大人しく引き下がった。
そういうわけで残った2人で遊んでいたが、勝負終了の言葉を聞いてイシュカがテーブルの方へ駆け寄る。
「ルクスさんとシャルトさんが勝ったの?」
「うん、そうだよ。」
「ルックが負けちゃったの?」
「………、見ての通り。」
見ての通り、と言われても、カードは片付けられている。
状況を見れたとしてもイシュカはルールを知らないのでさっぱり分からない。
とりあえずルクスとシャルトが勝ってルックが負けたという事だけは理解した。
「ルックには勝てたけど、やっぱりルクスさんには勝てないなぁ…。」
「もうその勝負強さは反則レベルだよ…。」
「今日は勝てると思ったから。」
ルクスさんおめでとう、と言いながら抱きついてきたイシュカの頭を撫でながら、片付けたカードをテーブルに置く。
「それで賭け事楽しいわけ?」
「楽しむほど好きでもないから。」
「………、そう。」
「話を誤魔化そうとしてもダメだよ、ルック。」
笑顔を向けるシャルトからルックは目を逸らす。
誤魔化すつもりはなかったが、少しだけ先延ばしにしたかったかもしれない。
「それじゃあ罰ゲームやってみようか。」
最下位には罰ゲーム。
そういう約束でのゲームで、だからルールを知らないイシュカは外し、負けるからとルクスはキリルを外した。
ルックもこんなゲームに乗るつもりはなかったが、残念ながらルクスとシャルトの軽い挑発に乗ってしまった。
この2人の相手は本当にやりづらい。
改めて実感するが、もう今更だ。
罰ゲーム前提の勝負だったし、負けたのは事実。
覚悟を決めて、さっさと言え、と睨むような視線を2人に向ける。
シャルトはルクスにそっと耳打ちをして、ルクスはそれに頷いた。
随分あっさりと決まった罰ゲームの内容は。
「明日ウォルカを連れてくるから、ルックはウォルカに何か1つ嘘をついて。」
何だかよく意味が分からないものだった。
「………、は?」
「普通の簡単な嘘じゃなくて、ウォルカが凄くびっくりするような嘘ね。」
「………、それをやって何が楽しいわけ?」
「頑張るキミと驚くウォルカが見られるんだから、凄くお得だよね。」
シャルトの言葉にルクスが頷く。
表情は読めないが同意見らしい。
ルックは負けた立場なので意見なんて何も出来ない。
だから大人しく、ウォルカが凄くびっくりするような嘘、というものを考えてみるが、なかなか難しかった。
例えば相手がイシュカならほんの些細な嘘で十分だろう。
レストランからお気に入りのメニューがなくなるよ、程度の事でもびっくりして騙されてくれる。
シーナだったとしたら、父親が怒って呼んで来いって言っているよ、とか適当に彼個人が凄く嫌がるような事を真顔で言ってやれば、騙されるかはともかく変に警戒してとても楽しい反応を見せてくれるだろう。
でもウォルカ相手だと途端に難しくなる。
驚かせるとなるとかなりの難問だ。
多少の事では騙されないだろうし、けれど下手な事を言えば彼の地雷を踏みかねない。
悩み込むルックを、ルクスは無表情に、シャルトはにこにこと笑顔で眺め。
「それじゃあ、頑張ってね。」
とても楽しそうにシャルトはルックにそう言った。
「という事が昨日あったんだよ。」
「………、はあ…。」
昨日やったカードゲームの勝敗と、その結果による罰ゲームの説明。
レアスター城に到着したと思えばシャルトにそんな話をされ、ウォルカは曖昧な相槌をするのが精一杯だった。
朝早くにイシュカとルクスとキリルとシャルトが揃ってマクドール家に来た。
イシュカに助言はしても戦闘には滅多に参加しない3人が一緒、という事で、何かあったのか、とウォルカは驚いた。
けれどそんな雰囲気を笑い飛ばしたシャルトは問答無用でウォルカを連れ出し、何でもないを繰り返してレアスター城まで連れて来た。
到着してようやく連れ出された理由を知ったが。
「あの…、それをボクに言ったら意味ないんじゃない?」
ルックを悩ませてウォルカを驚かせるが目的の筈。
それなのにウォルカにルックが嘘をつく事を教えては、相当真実か嘘かの見極めが難しい事を言われない限り、ウォルカは驚きようがない。
訳が分からないという顔をしていれば、とても楽しそうな表情でシャルトはウォルカの肩を叩いた。
「確かにキミが驚くのもいいけど、でも一生懸命に悩んだ挙句にあっさりとばれて怒ったりするルック、というのも凄く魅力的だよね。」
シャルトの言葉にルクスが頷く。
表情は特に見えないが、隣にいるキリルがルクスを見てにこにこ笑っているので、多分ルクスも楽しんでいるのだろう。
「随分愛されてるんだね、ルック…。」
「安心して、ボクはルックよりウォルカの事を想っているよ。」
「でも愛されてるね…。」
「うん、勿論。だから結果報告よろしくね。」
シャルトにくるりと城の方へと体を向けさせられ、ぽんっと背中を押される。
そっと後ろの4人を窺えば、イシュカはあまりよく分かっていないような笑顔で、シャルトとキリルはとても楽しそうに、ルクスだけは無表情で、ウォルカに手を振る。
何となく城を見上げた。
ここからルックの部屋は見えないが、今頃はきっと落ち着かない気持ちでいるだろうルックに、ウォルカはそっと同情した。
好かれていると言えば聞こえはいいが、現状は遊ばれているだけだ。
「………、あまり面白い事にならなくても、ボクもルックも怒らないでよ。」
「大丈夫だよ、そんな心配しなくても。キミ達がボク達の期待を裏切った事なんてないんだから。」
「いってらっしゃい。」
「………、行ってきます。」
早く終わらせてあげよう、と思ったウォルカはさっさと部屋に向かう事にした。
紋章の気配でウォルカが到着した事は気付いているだろう。
ルックの気配に揺らぎはない。
このまま真っ直ぐ向かっても問題はないと判断し、早足でルックの部屋の前に立った。
ノックをしたが返事はない。
けれど気配は確かにここにある。
気配を消す事はしていないので居留守ではなく、もしかしたらまだ考え付いていないのか面倒なだけなのか、とりあえず拒絶はされていないので返事がないまま部屋の扉を開けた。
「ルック、入るね。」
入れば本を読んでいたらしいルックが顔を上げてウォルカを見る。
まるで睨むような視線に思わず苦笑した。
けれど今回の事に関しては、ウォルカもルックと同じ被害者に近い。
それが分かっているので、やがてルックは諦めたように息をついて本を置く。
パタリと扉を閉めたウォルカは暫くそんなルックを眺めた。
「ルック?」
ウォルカが傍に寄ると、ルックが勢いよく立ち上がった。
そうして突然ウォルカの胸倉を掴んで自分の方へと引き寄せる。
急に近くなった翡翠色の目は真っ直ぐにウォルカへ向けられ、それがあまりにも真剣な様子だったので、思わず気圧された。
ルックって意外と必要な嘘は得意でも不必要な嘘は下手なんだ、そんな事を頭の片隅で思ったが、意識の殆どはルックに持っていかれていた。
驚いたままウォルカはルックを見つめる。
ルックは少しだけ躊躇った後に、そっと口を開いた。
「………、キミなんて嫌いだ。」
真剣な表情とは打って変わって弱々しい声で、そう一言。
それだけ言うと手を離してさっさとルックは椅子に座ると読んでいた本を手に取った。
ぽかんとウォルカはその様子を目で追う。
ルックが、嫌いだ、と言った。
ああこれが必死に考えた結果のルックの嘘なのか、とウォルカはルックから目を逸らした。
もしも、これからルックが嘘をつく、とシャルトに聞かされていなかったらショックを受けただろうか。
少しだけそう考えてみたが、あまりにもルックが挙動不審なので、まず真っ先に疑っただろう。
ルックならもっと上手く嘘がつけそうなのに。
そんな挙動不審に、一生懸命に絞り出すように言った嘘が、嫌いという言葉だけ。
目を逸らして床の方に目を向けたウォルカは、何かに耐えるように口元を手で覆う。
視界の端に映るルックが持っている本は上下逆さまだ。
読んでいるならまず気付く間違えを、ルックはいつまでも直さない。
本なんて読めないくらい、きっとこちらの反応を気にしているのだろう。
ダメだ、耐えられない。
そう思ったウォルカは力が抜けたようにその場にしゃがみこんだ。
「………、恥ずかしい…っ!」
これが1日かけて一生懸命に考えた嘘で。
しかも躊躇いがちに弱々しく言われては、嬉しさと愛おしさを感じ、それ以上の恥ずかしさが込み上げてくる。
大切にされているんだなと実感してしまった。
それに嘘で嫌いと言われては好きだと言われているのも同じ。
どんな顔をしてしいのか分からずに、ウォルカは丸く蹲って、この恥ずかしさをやり過ごそうと必死になった。
そんなウォルカの反応を見て何かに気付いたルックが、結局上下逆さまのままの本を机の上に叩きつけるように置いて立ち上がる。
「何で嘘だって知ってるのさ…っ!?」
シャルトから聞きました、と素直に白状してしまう事には躊躇いはない。
ルックはすぐに気付くだろうし、これで怒るルックをシャルトもルクスも見たかっただろう。
でも、今はこのまま2人の所にルックを生かせてしまうのは酷く勿体ないように思えて。
何も言わずに、ウォルカはルックへと駆け寄って、飛びつくように思いっきり抱きしめる事にした。
□ END □
2010.06.16
エイプリールフールのネタを考えていたらこんなのが出てきた、というのは内緒
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