どうしても気になります



 とても天気のいい日に綺麗に洗い上げた洗濯物を干すのは気分がよかった。
 温かい日差しを心地良く感じながら手際よく洗い終わった洗濯物を干していく。
 そんな日常の何でもない作業を遠くからじっと見ている人物がいた。
「………、王子?」
 太陽宮にて女中達が日常的な仕事をしている場所の庭で、ファレナの王子であるシャルトの姿を見つけたカイルは思わず声をかけた。
 別にここに王子が立ち入ってはいけないという決まりはない。
 でも不思議そうな声で呼んだのは、彼が酷く真剣な顔でそこに立っていたからだ。
 思わず声をかけてしまったのは失敗だったかと思う程。
 けれど振り返ったシャルトは、カイル、と言って笑った。
 どうやら特に邪魔をしたわけでもなかった事に胸を撫で下ろし、カイルは渡り廊下らから庭に下りた。
 護衛のリオンがシャルトの隣で可愛らしく頭を下げた。
「こんな場所に来てどうしたの?」
「それはこちらのセリフですよ。」
「誰かお気に入りの人でもいるの?自分の仕事を忘れずに、相手の邪魔にもならないよう、気を付けてよ。」
「違いますって、誤解です!」
 ただ単に少し用事があっただけだ。
 確かに会えたら嬉しい女性は何人かいて、行けば会えるかもしれないという気持ちがあった事は否定しないが、決してその為に来たんじゃない。
 強く否定すればシャルトが楽しそうに笑った。
 その様子は普段と変わりはない。
 それじゃあさっきの真剣な顔は何だったのか、とカイルは首を傾げる。
「なに?」
「いえ…、さっき王子が凄く真剣な顔をしていたから、どうしたのかなと思いまして。」
「………、ああ…。」
「あ、もしかして王子の方こそ、お気に入りの人でも見つけたんですか?」
「違うよ。」
「………、そうですよね…。」
 とてもそんな感じの顔ではなかった。
 カイルが納得すると、シャルトとリオンは先程と同じ方向へ目を向けた。
「あちらにいらっしゃったので、少し王子と考えていたんです。」
 リオンの声を聞きながらカイルも2人の視線を追えば、洗濯物を干している女性達の姿が見えた。
 けれどその中にあきらかに浮いている青年が1人いる。
 制服を着てないので王宮仕えをしている人ではないと分かるし、腰にかけられた双剣の為なのか彼の雰囲気の為なのか、どう見ても周りから浮いていた。
 それなのに、まるで当然のように洗濯物を一緒になって干しているのは、フェリドの知り合いとして紹介された青年のルクスだった。
「あー…、あの人ですか…。」
「うん。何の為に父上に呼ばれたんだろうって思って。」
 女王であるアルシュタートの要請で連れてきたと聞いた。
 武器を持ち雰囲気もなんだか独特で、てっきり同じようにフェリドが連れて来たゲオルグと一緒で女王騎士になるのかと思っていた。
 だがルクスは特に何の肩書もなく、ただここに滞在する事を望まれた。
 真意については両親とも答えない。
 ただ必要なんだと言った。
「別に滞在についてはどうでもいいんだけど、母上が呼んだって言うのが気になって…。」
 気になったから見つけた時に少し観察してみるようになったのだが。
 ルクスがしている事と言えば、ああして洗濯をしたり掃除をしたり食事の準備を手伝っていたりと、そんな事ばかりだった。
 わざわざアルシュタートが手伝いをさせる為の人をフェリドに頼んで連れてくる筈がない。
 だから何かあるのだろうと思うのだが。
 今のところ主に女中達に混じって仕事をいている姿しか目撃出来ていない。
「剣を持っているんだから戦えるんだよね?」
「はい…、多分そうだと思います…。」
「雰囲気も何か普通とは違いますしねー。」
 剣を抜いたところを見た事はないが、武器を常時持っているくらいだから、少なくとも飾りではないと思う。
 それにカイルとリオンはルクスに対して自分達に近しい、もっと言えばかなりの実力者であるフェリドやゲオルグに近い何かを感じる気がする。
 でもだからといって、ルクスが強いか、と聞かれれば、何だかよく分からない。
 不思議な雰囲気と言うしかなかった。
 王子と女王騎士とその見習いが揃って不思議そうに同じ方向を眺める。
 通りすがりに見ればその光景も十分に不思議だった。
「何をしているんだ?」
 今度は庭を突っ切るように歩いていたゲオルグが3人に声をかけた。
「あれ、ゲオルグ。こんな場所にどうしたの?」
「それを聞きたいのはこっちだ。オレは向こうに出る近道だから来ただけだ。」
 すぐ傍に食料の仕入れなどに来る人達が使う小さな門がある。
 少し街に出るんだ、と説明したところで、自分が向かう方向と3人が見ていた方向が同じで、その先にルクスがいる事に気付いた。
「またやっていたのか?」
 シャルトがルクスを見ている所に遭遇するのはこれで何度目かになるので、ゲオルグが呆れたように言う。
 見ているくらいなら話しかければいいと思う。
 アルシュタートもフェリドも揃って何かを隠しているのだから、ルクスに聞いたところでシャルトが望む返事は帰ってこないだろう。
 でもここで眺めていても何も分からないのも同じ。
 きっぱりと諦めるか、望みをかけて話しかけてみるか。
 選ぶならそのどちらかだと思うのがゲオルグの意見だ。
「だって…。」
「王子も私も悪い方ではないと思っているのですが…。」
「何て言うか…、上手く言えないんだけど不思議な人ですからね…。」
 話しかけ辛い。
 一言で言うならそれだけだった。
「まぁ、気持ちは分かるな。」
「でもゲオルグの知り合いなんでしょう?」
「今は平気だが、オレも最初は戸惑った。本当によく分からない人だからな。」
 ついには4人並んでルクスと女性達が洗濯物を干している光景を眺め始める。
 ここまでくると流石に気になったのだろう。
 ルクスが近くにいた女性に声をかけ、それからシャルト達の方を振り返った。
 別に悪い事をしているわけでも隠れていたわけでもないのに、みつかった、と悪戯をしていたところを見つかった時のような気持ちになった。
 洗濯物を置いてこちらに来るルクスを、どうしたものかと内心慌てながら逃げるのも不自然だと思ってただ待つ。
 シャルト達の所まで来たルクスは無表情に4人を見て。
「なに?」
 短くそう尋ねた。
 不快に思ったのか怒っているのか単純に質問しに来たのか分からない。
 救いを求めるように3人はルクスの知り合いであるゲオルグへと自然に目を向けていた。
「いや、何をしているのかと思ってな。」
「洗濯。」
「じっとしているのが苦手なのは相変わらずか。」
「うん。」
「でもこいつらには不思議だったらしい。」
「そう。」
 ルクスの言葉はどれも短く、しかも淡々としていて何を思っているのかさっぱり分からない。
 少しも怯まず会話をしているゲオルグを凄いと3人は本気で思った。
 シャルトなど、ゲオルグから自分へと目を向けられただけで、どうすればいいのか分からないというのに。
「それだけだよ。」
「え…?」
「それじゃあ。」
 それだけ言うとルクスは洗濯には戻らずに別の方へ向かった。
「ど、どこに…?」
 思わずシャルトが尋ねる。
 振り返ったルクスは、尋ねられた事に対して何処か不思議そうな顔をしているような気がしたが、気のせいだったのかもしれない。
「掃除。」
 やっぱり短い返事のまま王宮の中に入って行った。
 洗濯はいいのかと思ってみれば、女性達は籠を片付けて別の仕事へと向かっていた。
 少しの間シャルト達は呆然としていたが。
 気が抜けたようなカイルのため息に、シャルトとリオンも自然と入っていた肩の力を抜いた。
「それにしても、王子に対しても態度の変わらない人ですね。」
「あ、そ、そうです!王子に対して随分と失礼な…!」
「リオン、別にそれはいいよ。」
 そんな事はすっかりと忘れていた。
 それだけの不思議な雰囲気と強い存在感のある人だった。
「もしかして機嫌悪かったのかな?」
「いや、いつもあんな感じだ。」
「そうなの?」
「親しい人が相手なら多少変わるが、元々感情の起伏が少なく表にも出ないからな。」
「それにしたって変わらなすぎるよ。」
「機嫌が悪ければもっとはっきり分かるから安心しろ。」
「どんな感じに?」
「目が合っただけで竦みそうになる。」
「………、ゲオルグも?」
「ああ。オレもフェリドもだ。」
 苦笑したゲオルグは、それじゃあな、と言って元々の目的だった裏側の門へ向かった。
 残った3人はフェリドもゲオルグも竦ませるなんて一体どんな感じなんだろうと勝手に想像して勝手に怖がっていた。
 ゲオルグは歩いている途中で思い出した事があったが、わざわざ伝える事もないからと振り返るのは止めた。
 確かにルクスの機嫌は悪くないが、実は良くもない。
 ゲオルグもそんなにルクスの感情を読み取れるわけではないのだが、機嫌が良くないのは確実だった。
 不機嫌というより。
 落ち着かないという言葉が正しい。
 共に旅をしている片割れと別行動をとっている今、それが寂しくてうろうろしているなんて。
 3人へそう伝えたら、怖いと感じたルクスへの印象は、きっとすぐに変わっていただろう。





□ END □

 2010.02.25
 やっぱり5に乱入だったら女王騎士かな、とか思ったら全然関係なくなっていた、あれ?





  ≪ Top ≫