2003年6月18日
今日 6月18日は妹の誕生日 日本の敗戦の年に生まれた彼女もどちらかと言えば
還暦に近い方になって 私たち兄妹5人はその下の妹も含めてみんなとても元気だが
そろって老人と言われる年代に入ったことになる
この妹が産まれるとき わたしは兄と一緒にお産婆さんの丸先生を呼びに行かされた
丸先生は鎌倉では有名な方で 母はいつもこの先生にお願いをして 5人の子どもを産んだ
夏近いとはいえ まだ明けやらぬ午前4時頃 人っ子一人通っていない由比ガ浜通りを
店やの看板を大声で読み上げながら 走って呼びにいったのを昨日のことのように思い出す
途中 岩田糸店というのがあって それを(いとてん)と読むのか(いとや)と読むのか
兄と言い争いながら走った
「産まれそうです」教えられた一言で 丸先生は「後からおいで」と自転車ですっ飛んだ
戦争中で なにも見えてこないあの時代 40近かった母がどんな思いで子を産み
育てていたかとそこに寄り添うとき いまの幸せが痛いほど身に染みる
わたしと兄が帰宅すると 妹の泣き声が家中に響いていた