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図書紹介:『生物と無生物の間』

  • 著者:福岡 伸一  
  • 発行所:株式会社講談社、ページ数:285ページ
    発行日:2007年5月20日第一刷、定価:740円+税


 本書は、著者が持ち続けている問い”生命とは何か”、ということを近年の生命科学の進展と重ね合わせながら考察したものである。
 生命とは何か、という問いに対して20世紀の生命科学が到着したひとつの答えは「自己複製を行うシステムである」ということである。 1953年にワトソンとクリックが発見したと言われるDNAの二重ラセン構造が生命の「自己複製システム」である。 ここから新たな分子生物学がスタートしたといわれている。
 著者は1980年代の終わりからニューヨークにあるロックフェラー大学で分子生物学の研究に携わった。その研究室勤務と重ね合わせながら ロックフェラー大学で研究を行った野口英世やワトソンとクリックより前にDNAイコール遺伝子だと気づいたといわれるオズワルド・エイブリなどの先人の活躍やエピソードをまじえて二重ラセン構造の発見に至るまでの 人間模様やエピソードを紹介している。次にシューン・ハイマーの「身体構成成分の動的な状態」の発見を説明し、「生命とは動的平衡にある流れである」という著者の考えを紹介している。
 本書の後半では、絶え間なく壊される秩序をどのようにして維持しうるのか、その鍵を握っている細胞膜のダイナズム、遺伝子を人為的に破壊してその波及効果を調べるノックアウト実験などについて紹介している。 それらの実験の結果として、たんぱく質分子の部分的な欠落や局所的な改変のほうが、分子全体の欠落よりも、より優位に害作用を与えるというドミナント・ネガティブ現象を紹介している。 動的平衡はやわらかな適応力となめらかな復元力を持っているという。

 本書を読んで分子生物学からみた生命観というものをある程度理解できた。それだけではなく、さらに私にとって興味深かったのは著者の下記説明(167ページ)である。
「エントロピー増大の法則に抗う唯一の方法は、システムの耐久性と構造を強化することではなく、むしろその仕組み自体を流れの中に置くことなのである。つまり流れこそが、生物の内部に 必然的に発生するエントロピーを排出する機能を担っていることになるのだ。」
このことは最近の巨大化した情報システムや社会システムの今後のあり方を考える上で参考になるのではないかと思った。
(2008年2月13日)
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