図書紹介:『私は誰になっていくの?アルツハイマー病者からみた世界』
- 著者:クリスティーン・ボーデン
- 訳者:桧垣陽子
- 発行所:株式会社クリエイツかもがわ、ページ数:229ページ、
発行日:2003年10月31日初版第一刷、定価:2000円+税
著者は発病前、オーストラリア政府の高官として、20〜30人の職員を率いて多額の予算に責任をもつ仕事を行っていた。
その彼女が1996年にアルツハイマー病と診断され、46歳で仕事を退職せざるを得なくなった。
本書は、アツルハイマー病の彼女自身が書いた驚くべき本である。
内容も、発病前後から本書を書く時点までについて詳細に書かれている。正常な人でもこのように正確
に覚えていないであろうという内容である。なぜこのような本が書けたのであろうか?
本書を詳細に読むとそのヒントがいくつか出てくる。
一つは著者はアルツハイマー病と診断されてから3年後に、著者によると奇跡的な改善がみられた
ことである。改善の原因は、著者によると、飲み続けている薬の累積効果および神への信仰であろうという。
二つ目は著者はオーストラリア政府の高官であり、高い知的能力、特に言語能力は非常に高かった。その蓄積
があったから病気で記憶が減っていっても普通の人並の記憶が残っているのではないか、と著者は言う。
三つ目は、著者自身がアルツハイマー病にかかっているという認識を診断段階から現在まで維持できており、
その対策としてメモをとる、日記をつけるなどの工夫を続けていることである。
本書によると著者の病気の経過は次のとおりである。
- 1993:いつも通る交差点でどちらへ行くべきか分からなくなった。職場ではひどい偏頭痛に苦しむ。
- 1994.6:新しいメガネを買いに行ったときに、目の反応時間が遅くなり、新しいレンズに合うまでに時間がかかった。これはアルツハイマー病
の初期兆候かも知れない。
- 1995.3上旬:だんだんストレスが昂じて混乱した気持ちになった。交差点の曲がり方が分からない。
- 1995.4〜8:脳CT、MRI、セカンドオピニオンの専門医による診断、心理テスト、腰椎穿刺と小腸の生検などによる診断
- 1995.9中:最終的診断「若年性アルツハイマー病」。専門医による公式な退職勧告
- 1996.3.7:退職が認められた。
- 1996初期:医者から本を書くなら早く書いた方がよいと言われた。
- 1996.6〜7:新聞とテレビに出る。
- 1997.4:車の運転を止める。ストレスを感じ、周辺視野が見えにくくなったため
- 1997.4:再びテレビに出演
- 1997.7から著しい回復がみられる。
- 1997.10:父親が亡くなる。その1ヶ月前、この本の草稿を父が読んでくれた。
- 1998.2:よくなり続けている。運転もしている。頭は、この病気の兆候で最初に検査を受けたころには戻っていないが、はっきりしており、いろいろなことに取り組むことができる。
- 1998.8:「Who will Ibe when I die?」を出版
本書を読んでアルツハイマー病の患者本人の声として私の心に響いた言葉は下記のとおりである。
- たとえ、痴呆症のために理解しがたい行動をとったとしても、どうか価値ある人として敬意をもって接してください。
- 病気の中度までの初期段階では、より信頼できる診断がより早期になされると同時に、患者の機能をより長く維持させるための薬の利用
もできるように留意する必要がある。
- 病気の中度から重度までの時期で患者が必要とするのは、適切な身体ケアと感情的、精神的欲求に対するやさしい理解と関わりである。
- 患者は、「取り繕い」作戦がうまい。しかし、心の中では、まるで爪を立てて絶壁に張り付いているように感じている。
- 助けを求めないのは、誰かに手伝ってもらおうとは決して考えつかないからである。
- アルツハイマー患者がひどく暴力的になることがあるのは、「私はこれをしたくない」という言葉が出てこないためである。
- 読書に関して、どんな本を読んでいるか、それは何の話かと聞かれても言葉では答えられないが、とても読書を楽しんでいる。
- 「頭の体操」は必要である。毎日のように「頭の体操」として何らかの計算を続けようと思っている。
なぜなら、少しでも数字を見ないとそれが何を意味するのか思い起こすのが大変になるからである。
最後にに本書の構成を示すと下記のようになっている。
- 診断
- 私は誰になっていくの?
- アルツハイマー病になると、どんな感じなのか?
- 見知らぬ世界への旅立ち
- これから、どこへ?
- 後記ー驚きにみちた神!
- 神が担ってくださる!
- [付録]アルツハイマー病とはどのような病か?
[コメント]
著者は1993年に離婚したが、1998年に再婚し、現在の夫の適切な援助で毎日を穏やかに過ごしている。
昨年の11月初めに来日し、岡山市と松江市で開かれた市民グループ主催の講演会で講演し、「患者の苦しみ
や実像をもっと知って欲しい」と訴えた。また、NHKテレビの「クローズアップ現代」にも出演して元気な姿を見せた。
私はアルツハイマー病の母の介護をしているので、つい母と比較してしまうが、まず第一に驚くのは、自分が
アルツハイマー病であることを現在も認識できていることである。病気であることを認識できていれば
メモをとったり、薬を飲んだり、いろいろなことが自分で理解してできると思う。第二に診断されてから3年後に
奇跡的な改善が見られたことである。一旦止めた自動車の運転も再開出来ている。
アルツハイマー病の症状や進行度合いは患者によって異なるとはいえ、患者やその介護者に明るい希望を与えてくれる。
本書には、患者しか書けない患者側から見た病気の症状、不安、して欲しくないこと、して欲しいことなどが
散りばめられており、介護する者にとって非常に参考になる。著者がこれだけ活動できているのは、寄り添っているご主人
のお陰と思うが、これは私が最近母の介護で感じていることと同じである。即ち、たとえおかしな行動をしても、
強制は相手にストレスを与え、決して良い結果にならない。安全面だけを注意しながらそっと寄り添う介護が
一番良いようだということである。
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