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図書紹介:『痴呆老人が創造する世界』

  • 著者:阿保順子  
  • 発行所:株式会社岩波書店、ページ数:207ページ、
    発行日:2004年2月20日第一刷、定価:1700円+税

本書は、痴呆専門病棟に入所しているかなり重度の痴呆老人たちはどのような生活を繰り広げているのかを彼らの生活に入り込んで 詳細に調査した結果をもとにノンフィクション風にまとめたものである。著者は現在、北海道医療大学看護福祉学部教授である。
この病棟の痴呆老人たちの知的機能は、長谷川式簡易知能評価尺度(注.1)で10点以下という重症度の高い人たちである。食事、排泄、更衣などの日常生活行動は、 大半は部分的な介助を必要とし、食事で箸を持たせてもそれが何なのか分からない人、手づかみで食べようとする人など多様である。 また、ここが病院であることを分かっている人は数人のみである。
注1.長谷川式簡易知能評価尺度:30点満点。21点以上を正常範囲、20点以下を痴呆の疑いありと解釈する。

著者は彼らの中に溶け込み、詳細に観察し、起こっている事態となりゆきを忠実に述べ、そのことの意味について著者なりに分析し、 解釈を行っている。表面的な観察では見えない、一緒に生活して初めて見える内容が多い。本書ではそれらの内容を下記五つの章に まとめている。

第一章 フィクションを生きる老人たち
病棟のデイルームや病室、廊下などを自分がいままで暮らしてきた町の縮小版と思い、その中で各自各様の虚構の生活を構築して生きている老人たちの話である。
第二章 世間という社会
我々が生活していく際の規範として「世間体」とか「ウチ・ソト意識」がある。本書に出てくるようなかなり重度な痴呆老人の集団 の人間関係においてもこれらの意識が強く反映していることを具体的な話で示している。
第三章 それぞれが抱える事情
この施設に暮らしている痴呆老人たちは、障害の程度、病状、性格、家庭の事情などさまざまな個人的事情を抱えている。 このためにすっきりとした人間関係を作り上げられないでいる、いわば仲間関係が形成されるプレステージ(前段階)にある人々がいる。 本章ではこれらの人々の対人関係のとり方などを紹介している。
第四章 会話アラカルト
言葉の数そのものが失われていくばかりか、言葉の意味がどんどん抜け落ちていく痴呆老人たちの「ふしぎな」会話を紹介している。 表情や身振りや伝えようとする必死さ、あるいは行動などが意外に大切な役割を果たしていることを具定例で示している。
第五章 行動は語る
痴呆老人たちの行動の意味にこだわって、行動がもつメッセージ性に着目して、「行動は何かを語っている」ことが見えた例を紹介している。

私もアルツハイマー病の母の介護を行っているが、介護する立場で私の心に響いた言葉を下記に示す。
彼女たちの過去の生活を思い描こうとする気持ち、その生活の辛さなどに思いを馳せる姿勢こそが、介護にとっては最も大切なことである。
内容の矛盾点や詳細に触れることなく、痴呆老人自身の意味付けをそれとして認めること、彼女たちの行動の意味も、彼女たちの視点から捉えていくことが肝要である。
言葉こそ交わさないが、彼女たちには、「共にいる・共にある」という人間としての存在をかけた深い信頼感が育っていた。
あくまでも、輪郭が大事なのである。中身は不問に付しながら輪郭を生きている人々として痴呆老人をとらえかえせば、一見、理解できないと思われる痴呆老人たちの会話や行動 が理解されてくるであろう。
独語だからといって切り捨ててはいけないと切に思う。施設であろうと家庭であろうと、痴呆老人の話に耳を傾けること、彼らにきちんと 注目すること、そういった、いかにもあたりまえでささやかな対応が、かれらの実感を引き出してくれるのである。
とにかく「聴く」耳をもつこと、そして何でもいいから返事をしていくことが大事なのである。その後のことは、当の痴呆老人にまかせれば いいと私は思う。
[コメント]
私はアルツハイマー病の母を在宅で介護している。痴呆はかなり進んではいるが、身体は比較的元気で寝たきりにはならず、 会話や意思疎通はある程度できる。 今後の不安として、痴呆がもっと進んだ場合、母の状態はどのようになり、どのように介護すればいいかということである。
本書はこのような不安に対して、痴呆がもっと進んだ場合の母の日常の状態、そのときの介護のやり方などについて具体的イメージや ヒントを示してくれる。私と同じような不安を持っている方が読めば有益であろう。
(2004年5月31日)
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