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介護レポート:2007年11月度
「母は階段から落ち,手首を骨折した」

 11月25日、母は自宅の階段(多分、5段目)から落ち、頭、左腕、左手首、わき腹など打って救急車で都立府中病院に運ばれました。その経緯は下記のとおりです。

 11月25日午後3時20分ごろ その日の介護当番の弟から「お母ちゃんが階段から落ち、手が痛いとうずくまっている。救急車を呼ぶ。」と電話があった。 私は読売ランドの自宅にいたが、すぐに調布まで行き、喫茶店で弟の連絡を待った。弟から「病院は都立府中病院に決まった。」と電話があった。 すぐに京王線で府中に行き、そこからタクシーを飛ばし病院へ向かった。
 日曜日であったが、都立府中病院のERセンターは混んでおり、母たちは待機中であった。 間もなく、まず脳神経外科の先生が見てくれることになった。CTを撮るときに、看護婦さんたちが母を押さえつけているらしく、「痛いっ、痛いっ」と叫ぶ声が聞こえた。 CT検査の結果、脳の出血はなく、「脳の観点では入院の必要はない。今後容体の変化があったら連絡ください。」とのことで「頭を打ったあとの注意」というメモをくれた。
 次は整形外科の先生が診てくれた。X線写真を撮り、診断の結果、左手首の粉砕骨折ということだった。左手を引っ張って伸ばし、添え木で固定し、上から包帯でグルグル巻きにした。このときも母は「痛いっ」と大声で叫んでいた。 入院の必要はないということで、母の行きつけの医師宛のメモを作ってくれた。タクシーで帰宅し、7時ごろ自宅に到着した。
 今回、東京消防庁の救急隊には大変お世話になりました。また、都立府中病院のERセンターにもよく対応していただいた。感謝。
 その後、母の主治医の紹介で近くの整形外科を紹介していただき、27日に連れて行った。そこでは再度検査の上、添え木を外し、しっかりしたギプスで固定してくれた。これから毎週通院することになった。 以前に大腿部骨折したときと同様に約一ヶ月が大切であり、大いに気を引き締めて介護することを覚悟した。  

今月の生活行動状況徘徊実績等
 今月の主な生活行動状況は下記の通りです。
徘徊:今月は深夜から早朝まで起きていたことが4回あった。これはいつもより多い。玄関、台所、居間の間を歩き回ったり、玄関に座り込んで誰かとお話をしている。今、居るところが自分の家と認識できず、他の場所にある自分の家に帰ろうとしているようだ。
ヘルパーさんによる在宅介護:いつも通り毎日午前9時30分から11時30分までの2時間をお願いした。
食事:今月の食事成功率は60%で過去最も悪かった。朝昼晩の内訳は朝33%、昼63%、晩83%であり、全体的に低い。悪い理由は階段から落ちた以降が悪いためである。
入浴:今月は成功2回のみで過去最悪である。いずれも前日の夜からチャンスを狙い、朝、事前にお湯を温めておき、洗面所にきたときにさっと下着を脱がせて成功したものである。
編み物:今までと同様に編み物は続いている。
その他:両手の手のひらで「バンバン」と拍子をとりながら叩くことは復活。

○孫と一緒にご機嫌の母(2007年10月18日撮影)

○機嫌が良いときの母(骨折の前日)
  (2007年11月24日撮影)

○骨折した左手首(2007年12月2日撮影)

○骨折した左手首および左腕(2007年12月2日撮影)

(2007年12月23日)
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