介護レポート:2003年1月度

介護レポート:2003年1月度
 「母は元気、しかし痴呆は少しずつ進んでいる」

デイサービスは12月29日から1月5日まで休みでしたので、母は家で落ち着いた年末年始を過ごしまし た。お正月は、大晦日に母と詰め合わせたおせち料理や女房が準備してくれた材料を使って作ったお雑煮 を食べ、お正月らしく過ごしました。私は1月3日に妹に引継いで自宅に帰り、自宅のお正月をしました。 母にも年賀状が10枚ほど来ていましたので、母が書いた原稿をスキャナーで読んで印刷し、母の名前で 出してあげました。1月6日からはデイサービスも始まり、通常の生活に戻りました。

今月、母の状態で特に感じたことは、身体の調子は良いのですが、痴呆の程度が一歩進んだのではないか、ということです。 例えば次のようなことです。

  • 今いる場所が自分の家ではないと思い、外へ出て行こうとする
    すぐそばに自分の家があると思っているらしい。その家のイメージは、子供の頃住んでいた北海道室蘭の家のようである。 また、お風呂から出るとパジャマを着たまま、「ありがとうございました」と私に言い、玄関から出て行こうとする。 本人は多分もらい湯をしたつもりになっているのだと思う。また、お風呂代を払おうとして「お幾らですか?」などと 聞くこともある。そのような場合、母を部屋に連れて行き、「ここはお母ちゃんの部屋だよ」と言って部屋の中を見せてあげる。 そうすると部屋の中をじっと見て、自分が描いた絵などが貼ってあるのを見て「あー、自分の部屋か」とほとんどの場合気が付き、 落ち着く。

  • 編み物で靴下が完成できないケースが増えてきた
    母は編物が好きで、特にすることがないときにはいつでも手編みの編み物をしている。昔はセータ を沢山編んで私たちや孫にくれていたが、最近はセータはできなくなり、もっぱら靴下を編んでいる。 しかし、ここ2ヶ月前頃から靴下も完成できず、途中で放り出していることが増えてきた。

その他、「(デイサービスを)断りに行く」と言って自宅から外に出て行くことが何回かありました。診療所でも デイサービスの帰りに「今日でやめるので挨拶をしていく」と言うことが何回かあったようです。
なぜこのような行動をとるのか? 本件について妹の意見は、「これは痴呆が進んだのではなく、むしろ頭の働きは正常であると 考えた方がよい」というものです。その理由は、「母の考え方の根本は、人には迷惑をかけない、無駄なお金は使わない、勤勉に働く というものである。この考えに照らすと母にとってデイサービスは、”お楽しみ会”と称して週3回も遊びに出かけて 昼食まで食べて帰ってくる、送り迎えに他人の世話になっている、などお金もかかる無駄な行為に見えているのかも知れない。 そうだとしたら、そのような無駄な行為はやめたいと思うのは極めて正常な行動である。」 というものです。この妹の説は正しいように思います。そうだとすると一見、異常に見えるこの行動もむしろ頭は正常に働いている と喜ぶべきことかも知れません。しかし、デイサービスは介護する側のみならず、母にとっても多くのメリット、例えば家に閉じこもって いたら得られない頭脳への刺激などがあるので、そう簡単に母の言うとおりにやめない方が良いと思っています。

○母との会話

1.テレビの歌謡番組で山本譲二の「みちのくひとり旅」の歌を聞いて、
「この歌、誰が歌っているの?」
「山本譲二だよ。」
「『お前が最後の女』ということは、何人もの女が いたということだね。」

2.大相撲初場所のテレビで高見盛の相撲を見て、
「この人は一生懸命やっているね。それが伝わってくるよ。」

3.朝、のんびり新聞を読んでいる私を見て、
「今日は何曜日?」
「水曜日だよ。」
「水曜日に会社へ行かないなんて珍しいね。」
(私はもう定年になって働いていないと何回言っても憶えていないのです。)

4.夕焼け小焼けの歌を聞きながら、
「この歌、聞いたことある?」
「聞いたことはあるような気がする。でも、『カラスと一緒に帰りましょう』なんて変な歌だね。」
(歌詞をよく聞いているのです。)

母と私(2003年1月5日撮影)

(2003年2月1日)

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