脳血管障害を伴う不眠に対する治療
-Nicergoline(サアミオン®)を用いた-
神 崎 順 徳
連絡先:
はじめに
高齢化社会に伴い、睡眠障害を合併して、耳鳴、ふらつき、のどの違和感で、近年、耳鼻咽喉科外来を訪れる患者が増加してきた。この多くの患者は、向精神薬などの投与をうけているにもかかわらず、睡眠障害の改善が見られていない。これらの患者に対して、MRIを施行し、MRI上で脳血管障害が認められた症例に対して、Nicergoline(サアミオン®)を追加投与したところ、主訴の改善はもとより、睡眠障害に関しても良好な成績が得られたので報告する。
方法および対象
耳鳴、ふらつき、のどの違和感を主訴として山鹿市立病院耳鼻咽喉科を受診した患者で、睡眠障害を伴っていて、向精神薬等で睡眠障害の改善がなく、MRI上、脳血管障害が認められた32名(男性7名、女性25名で年齢分布 40歳:1名、50-59歳:1名、60-69歳:8名、70-79歳:20名、80-89歳 2名)を対象とした。なお、はっきりした睡眠時無呼吸症候群およびうつ病に伴う睡眠障害患者は除外した。薬剤投与方法としては、現在服用している薬剤にNicergoline
(5mg錠を1日3回毎食後)を追加投与することとした。なお、不眠に対する評価としては、セントマリー病院睡眠質問診表の一部を用いて、睡眠の質(深さ)および夜間覚醒の回数を点数化し、投与前および服用開始から2週間目とを検討した。調査期間は、2週間以上とし、副作用および症状増悪の場合はただちに中止した。(表1−3)
結果
1、睡眠障害の改善
中等度改善および著明改善を有効としたとき、26名/32名(81.25%)
有効であった。
軽度改善 6名
中等度改善 22名
著明改善 4名 (表4)
2、改善までの日数
1日以内 7名
2日 8名
3日から7日 14名
8日から14日 3名
3、MRI所見
多くの症例において、深部白質、大脳基底核、視床に散在性の脳梗塞所見をみとめた。(表4)
4、図1−図5はその著明改善例および中等度改善例のMRI画像である。(図1−4)
5、うつ病と診断されていた1症例 (図5)
考察
耳鳴り、ふらつき、のどの違和感で、当科を受診する患者の中には、耳鼻咽喉科検査の純音聴力検査、重心動揺検査などを行っても、原因が特定できない症例が多々ある。このような患者にさらに質問をしていくと、向精神薬を飲んでいるにもかかわらず、「夜眠れない、朝早く目が覚める」と睡眠障害を訴える。念のため、MRIを施行すると、多くの症例で、「いわゆる年齢相当の脳の所見で、深部白質、大脳基底核、視床に散在性の脳梗塞がある以外の異常はない」というMRI診断になる。高齢者に睡眠障害患者が多く、この「年齢相当の脳の所見」である「深部白質、大脳基底核、視床に散在性の脳梗塞所見」が、睡眠障害に関係があるのではないかと考えるにいたった。以前は、いろいろな脳循環代謝改善薬があり、ヘキストール®という薬を脳梗塞の老年期患者の耳鳴り、ふらつきに処方したことがあるが、睡眠障害の改善がみられていた。しかし、結論を出す前に、ほかの脳循環代謝改善薬と同じく、脳梗塞に効果がないということで薬価削除になってしまった。現在、脳循環代謝改善薬で残るは、適応症が「脳梗塞の後遺症による意欲低下の改善」であるNicergoline(サアミオン®)のみとなったので、ヘキストールョと同様の睡眠障害に効果があるのではないかと考え投与してみた。結論としては、Nicergoline(サアミオン®)を追加投与することで、睡眠障害の改善は、32名中、6名の軽度改善、22名の中等度改善、4名の著明改善の結果がえられ、全体としては著明改善および中等度改善を有効としたとき81.25%の患者に効果がみられた。また、改善までの必要な日数は、ほとんど7日以内で、服用当日に改善した症例も多くみられた。
Nicergolineは、麦角アルカロイド誘導体で、脳血流改善作用と脳代謝賦活作用を有する薬剤で、臨床的には、脳出血や脳梗塞の後遺症、および脳動脈硬化症による意欲低下や精神障害を改善するといわれている。1)
Nicergolineの睡眠障害改善機序としては不明だが、一般的には、Nicergolineが脳血流障害後の不安やうつ状態を改善させることにより、不眠を改善していると考えられてきたが、服用当日に効果がでる即効性および、症例に示したように、うつ病という診断のもとに、何年間も治療を受けていて睡眠障害が改善しなかった患者にNicergolineを投与して、顕著な改善がみられたということとを考える時、「不安、うつ状態の改善の結果、睡眠障害の改善がみられた」では説明しにくい。
ナルコレプシー治療薬として海外で承認されているモダフィニル®は、α1 agonistであること2)より、α1受容体遮断作用を有するNicergolineは、睡眠を誘発する可能性がある。1) 2つ目は、ドーパミンによりあくびが誘発されるということが報告されており、また、高齢者の睡眠障害は、ドーパミン精神系の機能低下が1つの要因と考えられており、ドーパミン製剤が有効なことが多い4)。これらのことから、ドーパミンも睡眠障害の改善に関与していると考えられる。十分証明されていないことであるが、以上のことから、Nicergolineは「α1受容体遮断作用とドーパミン代謝促進作用」の薬理作用を持つということで睡眠障害が改善したと思われる。
今回報告した症例と同様のMRI所見すなわち「深部白質病変(deep
white matter lesion;DWML)および 視床や基底核を中心とした梗塞病変の合併」は、老年期うつ病、MRI-defined
VD(vascular depression)で確認されている。5),6),7),8) 多くの文献には、脳梗塞病変でうつ状態になり、睡眠障害が起こったと記述されているが、今回の結果からは、睡眠障害の原因を微細脳梗塞により発生した「うつ状態」に由来するものとみるよりは、「微細脳梗塞病変自体」に由来するものと考えられる。
今後、症例を増やして検討する必要があるが、不眠を訴えてMRI上、深部白質病変をもっている症例および、MRI-defined VD(vascular depression)で、薬剤投与にもかかわらず睡眠障害が改善しない症例に対して、Nicergolineは投与してみる価値がある薬剤とおもわれる。
文献
1.苗村育郎ほか:精神科領域における Nicergoline(サアミオン®)の臨床作用
-脳動脈硬化群に対する向精神薬との併用効果の再検討- 薬理と治療 20:4747-4758,1994.
2.http://www.drugmania.net/modafinil.htm
3.http://physi1-05.med.toho-u.ac.jp/system_neuro/dopamine/d8/d8.html
4.水野創一ほか:睡眠障害症例カンファレンス6高齢者での睡眠 1)典型的な高齢者の睡眠障害 Prog Med :23,667-671,2003.
5.樋口輝彦ほか:第16回日本老年精神医学会 サテライトシンポジューム1 脳血管障害に伴う抑うつ状態;PSDと無症候性脳梗塞の立場から 老年精神医学雑誌 13:428-446,2002.
6.山下一也:脳ドッグ その現状と管理の実際 経過観察と介入効果 脳ドッグの経過観察 Mod Phys
21:1415-1417,2001.
7.北村秀明ほか:初老期 老年期発症の軽症うつ病における頭部MRI高信号領域 精神医学:41
1179-1183,1999.
8.藤川徳美ほか:無症候性脳梗塞とうつ状態 Ther Res :17 3061-3062,1996.