パニック障害に対するサフランの使用経験

神 崎 順 徳

連絡先:

junvan2k@yahoo.co.jp

はじめに

耳鳴り、頭痛、ふらつき、のどの異常感等で受診する患者の中には、検査をしても器質的疾患を見いだせないケースが多い。今回、これらの症状の根底にあった「パニック障害」に対して、高砂サフランMを追加投与することで、その症状の軽快をみた症例を報告する。

症例

39歳 女性

初診: 2002102

主訴: 耳痛、耳鳴り、頭痛、口の渇き、のどのかゆみ、ふらつき

既往歴:1995年、某大学で、うつ病および慢性疲労症候群の診断をうけ治療を受けてきた。1998年から2000年まで、慢性疲労症候群の治療としてのメラトニン治療を受けた。他の既往症として、アレルギー性鼻炎、慢性甲状腺炎があり、投薬をうけている。

現病歴:主訴にて当科を受診したが、それ以外の症状として、夜間頻回の覚醒があり、ほとんど眠れてない状態がつづいている。また、突然の動悸、めまい、呼吸困難などの発作が、反復して起こっている。

現症:軽度扁桃肥大、下鼻甲介腫張、鼻粘膜軽度pale、注視眼振なし、純音聴力検査 異常なし、 仰臥位血圧 14499(脈圧45)脈拍124 、 立位血圧 122100(脈圧22)脈拍146で、脈圧狭小化 23mmHg 、脈拍増加 22

精神疾患の診断統計マニュアル(DSM)第4版の診断基準にて、「広場恐怖を伴うパニック障害」に該当した。

初診時服用中の薬剤は、オノン4P、補中益気湯7.5g、五苓湯 7.5g、チラージンS (25) 1T、ハルシオン (0.25) 1T、デパス(0.5)  3T、ユーロジン(2) 1T、レボトミン(50) 1T、リボトリール(0.5) 1T、トリプタノール1T、レンドルミン1T、テトラミド1T、セレナール(頓服)

治療経過:初診時に服用していた薬剤に追加する形で、高砂サフランM 0.3g投与した。服用1週間後は、頭痛、たちくらみは変わらなかった。また、ふらつきも変化はみられなかった。パニック症状も改善しなかった。仰臥位血圧14496(脈圧48) 脈拍102、立位血圧 126103(脈圧23)、脈拍129、 脈圧狭小化 25mmHg、脈拍増加 27   服用2週間後に、5時間ぐらい眠れるようになり、身体は少し楽になった。パニック発作もだいぶ減ってきた。また、ふらつきも軽減した。仰臥位血圧 12788(脈圧39)  脈拍82、立位血圧 11295(脈圧17) 脈拍120  脈圧狭小化 22mmHg  脈拍増加 38で、血圧が収縮期、拡張期ともに下降がみられたが、まだ、脈圧狭小化、脈拍増加の改善はみられていない。服用2ヶ月後、以前は、4−5回夜間覚醒があったが、夜中に1回しか起きなくなった。耳鳴りも軽減し、ふらつきも軽減した。パニック発作は殆ど起きなくなり、気分もだいぶ落ち着いてきた。しかし、頭痛に変化はなかった。仰臥位血圧 12785(脈圧42)  脈拍73  立位血圧 11285(脈圧27) 脈拍103、脈圧の狭小化 15mmHg  脈拍増加 30  と、脈圧の狭小化の改善がみられた。

服用6ヶ月後、 状態の改善にともない、リハビリを開始するために、これからの不安感を押さえる目的で、高砂サフランM 0.6gに増量した。

服用9ヵ月後、補中益気湯を六君子湯に変更。ハルシオンを服用中止。デパス、レボトミンのみで不眠状態が改善し、熟睡できるようになった。また、パニック発作もほとんど起きなくなっている。

服用1年後、デパス、リボトリールのみで、レンドルミンも、テトラミドも中止。

服用1年半後、デパス、ソラナックスを時折服用するのみで、リボトリールもほとんど服用しなくてもパニック発作はなくなってきた。仰臥位血圧13889(脈圧49) 脈拍 76、立位血圧12286 (脈圧36)脈拍 96、 脈圧の狭小化 13mmHg  脈拍増加 20

まとめ

高砂サフランMの追加投与により、睡眠障害が改善され、それに伴い自律神経症状も改善し、パニック発作は起こらなくなった。同時に主訴である耳鳴り、頭痛、ふらつきの症状もなくなった。脈圧の狭小化の改善(23mmHgから13mmHgへ)。脈拍の減少(124/分から76/分へ)改善がみられている。

考察

サフラン( Crocus sativus L)は、地中海沿岸地方原産で、アヤメ科に属する多年草植物で、和名をサフランといい、漢語名で番紅花といわれ、古くから、香味料、染料として珍重されてきた。薬効の主成分はカロテノイド系色素であるクロシンで、サフランの雌蕊の柱頭部からとれる。わが国で、生薬名「蔵紅花」とよばれ、本草綱目に、肉体的病気よりも精神的な面に効果(精神安定作用、抗不安作用)があると記載されている。今回、広場恐怖を伴うパニック障害(精神疾患の診断統計マニュアル(DSM-W)の診断基準を満たす)の症例を経験し、高砂サフランMを追加投与することでその改善をみた。パニック障害は,近年の米国の診断基準(DSM‐V,W)によって明確化された診断単位であり、「不安神経症」、「発作性神経質」、「自律神経失調症」、「心臓神経症」、「慢性疲労症候群」、「更年期障害」、「過換気症候群」などとして、多くの診療科を訪れていると考えられる。パニック障害の原因はいまだ十分に解明されていないが、薬物療法としては、パニック発作の抑制のために、三環系抗うつ薬と高力価ベンゾジアゼピンの使用であり、最近では、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)が用いられるようになってきた。パニック障害では、「自律神経症状が不安を呼び,不安が自律神経症状を悪化させる」という悪循環があるので、これを絶つことも必要である。この症例では、高砂サフランMを追加投与することで、睡眠障害の改善がみられ、それに伴い自律神経症状(起立性低血圧、起立性頻拍症)の改善がおこり、パニック障害が改善してきたとおもわれる。また、三環系抗うつ薬と高力価ベンゾジアゼピン、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)の薬剤の大部分を中止することができた。向精神薬の薬剤削減による医療経済効果(患者の医療費負担減)および、薬剤の副作用も考えるとき、高砂サフランMを投与することは効果的薬剤治療と思われる。

参考文献

l        橋本行生:私の好きな処方 番紅花、サフラン(最強の駆瘀血剤)を含む処方の効用  漢方の臨牀v.46 p1672-1696 1999.

l        橋本行生:病いを知り己れを知る 健康法から死生感へ 健康双書 1994.

l         松橋俊夫:サフランの入眠効果 新薬と臨床v.42 p123-125 1993.