「たちくらみ、ふらつき」に対する補中益気湯(TJ41)の治療効果
神崎 順徳

山鹿市立病院耳鼻咽喉科
 

福田 洋典

福田医院耳鼻咽喉科
 

はじめに

風邪をこじらせた後とか、降圧剤服用中とか、むちうちの後とかに「たちくらみがする」、「ふらつく」、「のどがつまる」、「みみなりがする」などの諸症状で当科をおとずれる患者が最近増加してきている。そして、「夜が寝むれない」、「疲れやすい」、「肩こりがする」、「夏ばてする」などの様々の愁訴を同時に伴っている患者が多く経験する。年齢的には、60歳以降の女性に多く、肩こり、そして特に舌に歯痕を認める症例が多い。「たちくらみ、ふらつき」を主訴に訪れた患者に対して、安静仰臥位から立位への変換時の血圧変化を計測しているうちに、仰臥位の脈圧とくらべて起立時の脈圧が減少するタイプが多いということに気がついた。多くの患者が脈圧減少するタイプの起立性低血圧ということ。そして、高血圧を合併している症例が多いこと。従って、メトリジンなどの低血圧治療剤が使用できないこと。このような理由で、血圧を上昇させずに同様の効果をもたらすものはないか検討したところ、「脈が弱い」、「歯痕」、「ストレス」というヒントから漢方の補中益気湯(TJ41)が思いうかんだ。

対象

1999年3月から2000年4月まで「ふらつき」で当科を受診した男性4名、女性13名、年齢は32歳から72歳まで(平均年齢:57.52歳)の17名を対象とした。あきらかな回転性のめまいで吐き気を伴う患者は除外した。起立検査で、起立時に収縮期血圧の下降がみられ、なおかつ仰臥位の脈圧と起立時の脈圧との差が10mmHg以上の患者を対象とした。補中益気湯(TJ41)を症例により1週間から12ケ月間投与し、投与前と投与後の起立検査をおこない、血圧の変化および脈圧の変化を検討した。

結果

症状は全例で「ふらつき」の改善をみとめた。
 

起立検査では、1例を除き、起立時に脈圧の狭小化がみられた患者においてその改善がみられた。。投与前の脈圧狭小:16.53±5.50mmmHgが投与後の狭小:7.35±mm5.37Hgまで回復がみられた。


考察
ストレスが内分泌、免疫系におよび自律神経系に及ぼす作用が解明されつつある。3) 風邪をこじらせた後とか、睡眠時無呼吸症候群とか、むち打ちなどの後に、ふらつきをよく訴える人がいる。これらは、多くはストレスによる起立性低血圧と考えられる。低血圧の分類としては、体質性低血圧、本態性低血圧、症候性低血圧、起立性低血圧の4種類に分類され、起立性低血圧は本態性低血圧で高頻度に発生するといわれている。起立性低血圧は、収縮期血圧が20mmHg以上、拡張期血圧が10mmHg以上低下するもとされ、収縮期血圧が16〜19mmHg間で低下するものは境界型といわれている。また、立位の血圧が臥位の血圧の10%以上低下すものという基準もある。起立性低血圧の中には、収縮期血圧と収縮期血圧が同時に低下するものと、収縮期血圧下するが、拡張期血圧は不変ないし上昇するこのもある。健常人では、副交感神経系の抑制に引き続き、ほぼ同時期に交感紳経系も緊張してきて血圧が維持されるといわれている。特に、不定愁訴の訴えの患者には、収縮期血圧は低下するが、拡張期血は上昇するような人が多い。これらの患者では起立試験中に心電図のT波の低下すなわち、静脈灌流量の減少がみられる。原因としては、交感神経緊張が慢性疲労や慢性のストレスを生じていて、それが末梢の毛細血管レベルでの血管の括約筋を収縮させても、末梢にプーリングが起こることで低血圧が起きると考えられている。この結果で疲れやすいとか、顔色が悪いとか、元気がないとかの不定愁訴につながると考えられる。不定愁訴の多い人に対して、血圧を必ず測ることで逆に起立性低血圧を発見できる。また高齢者の場合は特に、高血圧、糖尿病などの合併を伴っていると、まず副交感神経系の抑制が少なく、その後にゆっくりと交感神経系の緊張が表れるので、その反応の違いで高齢者で起立性低血圧が起きやすい要因の1つとも考えられている。本処方は、体質虚弱者(虚証)の体力回復に用いる補剤の代表であり自覚症状として、疲労感をもち気力がない、手足がだるく体が重いなどの症状を伴い、他覚的所見として、動作が鈍く話し方に力が無く、脈が弱く、しまりがないというのが適応である。
耳鼻咽喉科疾患としては、感冒、気管支炎、鼻炎、副鼻腔炎などに用い、盗汗・多汗、夏まけ・夏やせ、慢性疲労を伴う慢性の疲労倦怠に用いる。
脈が弱い、疲れやすいという点の裏返しが、起立時の脈圧の狭小化と考えられ、これらが改善したというのが、起立時の脈圧の狭小化の改善と考えられる。以上のことから、補中益気湯(TJ41)投与は、特に、高血圧、糖尿病などの合併症を持った患者のふらつきに対してはこころみる一つの方法であると考えられる。

 

文献
 

1)久保千春 他:免疫機能に及ぼす補中益気湯の効果.漢方と免疫アレルギー,メディカルトリピューン,P.50−57,1988.

2)久保千春 他:ストレスと免疫.臨床免疫,26(12):1411−1416,1994.

3)久保千春:ストレス性疾患における補中益気湯の効果.JAMAく日本語版〉別冊付録2月号:p.22−23,1996.