上の絵は、有名な幕末の小判流出のイメージ図である(拓殖大学公開講座「産業と人間 2001年度」所収の筆者講義「お金の話 あれこれ」より)。金銀比価が日本は5:1、海外は15:1と日本国内で金が銀に対し割安だったのに、金についても銀についても内外貨幣の同一重量での交換が認められたので金が海外流出した、というのが歴史の教科書で教えているところだが、実際は佐藤雅美氏の名著「大君の通貨」にある通りもっと複雑であり、今日の対外経済交渉に於いても心すべき教訓を含んでいる。

 要約すれば、地金としての金銀比価は内外でそれほどの開きは無かった。しかし、幕府は財政収入確保の為、何度か銀貨の銀含有量を落としてきた(悪改鋳を繰り返してきた)。その結果、天保一分銀は実は、幕府の刻印があるが故に素材価値の3倍の価値で流通する管理通貨になっていた。だから天保一分銀と天保小判の金銀の重量の関係だけを見ると金銀比価が恰も5:1であるように見えたということである(鎖国時代だからこんなことが可能だった)。これが判っていれば、天保一分銀については銀同士の同重量交換を認めてはいけなかったのである。しかし、紙のお金なら誰でも管理通貨と判るが、本位金属である銀が管理通貨だというような複雑な話は、当時の無知な幕府の上級役人の考え及ぶところではなかったので、変だなとは思ったであろうが、これを認めさせられてしまった。
 小判流出が始まってからは流石の幕府もこれに気付き、銀の含有量を3倍にした安政二朱銀を通用させようとする。しかし、すでに巨額の甘い汁を吸っていたハリスや英米商人は、これに猛反発。幕府の方も、交渉当事者中に、こんなややこしい話を相手を説得するだけの能力を持った役人がおらず、結局小判(金貨)の品位(金含有量)の方を3分の1に落とすという判り易い形で収拾する(その代わり、幕末から明治維新にかけて大インフレを引き起こす)までに50万両の小判が海外流出した。
 
  この事件には二つの大きな教訓が含まれている。第一は、鎖国時代には通用していたことが、開放経済になると破綻するということである。もうひとつは、国際経済交渉において、日本独特の制度を外人に説得することの難しさである。飛び切り優れた説得力を備えた稀有な人材が必要であり、普通は期待し難い。尤も、ハリス他外国勢も途中からは気付いたのだが、それでも居丈高に横車を押し通した(「日本は外圧で威嚇すればいい」の始まり)。これも苦い教訓のひとつかもしれない。

 時代は下って現代、それも1980年以降今日に至るまで日本の対外純資産は目減りを続けたという話。
 財務省の2018年5月発表によると、
2017年末の対外純資産は、同年の経常収支が22兆円の黒字を計上しているにも拘わらず328兆円と前年末より8兆円減少した。対外純資産は本来なら経常収支黒字の累計だけ増えるはずだが、資産負債を時価評価している結果キャピタルゲイン・ロスがこれに加わるので、こういうことはあり得ないことではない。しかし、筆者が2000年以來継続して長期トレンドを追跡しているところによると、日本の対外純資産残高は一貫して経常黒字の累計に届かず、年々の変動はあっても均して約2割、直近の金額にして100兆円程度目減っている。本サイト講義・講演録に載せている「黒字国日本、対外純資産の目減り」の通り

 上記の幕末の金流出と重ねて考えてみると、外国人投資家にかもにされ、営々と貯めた日本人の富が外国に流出するという傾向は、実は幕末まで遡るということかも知れない

 5トン、6トン、200トン!
外国投資家にではないが、犯罪集団に国がかもられている金(キン)にまつわる現代の話をもう一つ

 

 金の密輸入摘発が、平成29年に1347件、6.2トン(正規の輸入5トンより大きい)と、3年前に比べ10倍以上に増加した。関連する暴力団絡みとおぼしき大口強奪事件も紙上を賑わす。その背景にはかつて昭和40年代に内外価格差から金が密輸の主役だったのとは多少趣を異にする、消費税制を悪用した還付金詐取という深刻な問題がある。

 金地金の輸入・販売時に8%の消費税がかかり、国内価格にその分上乗せされているのが、輸出時に還付される。輸出還付の対象である金輸出実績は平成29年度200トンに上るが、これはマクロ的に全く説明不能な数字だ。我が国の金の輸入は年間5トン程度、国内生産は精々100トン弱なのに、どこから200トンもの輸出数量が湧いてくるのか。はじめからこの制度を悪用、輸出して8%分の税還付を詐取する目的で金を無税で密輸入する組織的犯罪の結果であることは明々白々だ。しかも同じ金が何度も回り、その都度国は納付されてもいない消費税還付金を詐取されるという構図である
 政府も平成29年11月に金密輸取締強化の緊急対策を策定したが、大型X線装置の導入とか洋上積み替え監視のための監視艇建造といった対処療法で、これでは到底追いつかない。現実無視、理論倒れの還付制度・運用が、暴力団の資金源となり、軽い気持ちで犯罪者に転落する運び屋も生む重大な組織的不正を構造的に誘発していることがマクロの計数から明らかなのだから、抜本対策としては金の輸出時還付の廃止ないし厳格化(インボイス)、またはいっそのこと金の消費税課税をやめる(それでも現状の還付金超過よりはマシ)という制度的対応が必要であろう。本来社会悪物品摘発を使命とする税関現場の尻を叩いて済む話ではない。