JR東日本バススタート(過渡期のJRバス)(1987.4.1)

JRバスになって変わったこと
こんにちわJR JRバスになって変わったこと。それは、「乗合」「貸切」を区別する表示がついたことくらいだったでしょうか。
数ヵ月を経るうちに、高速バスが大きなツバメを描いた新カラーに順次塗り替えられましたが、これは国鉄時代からあったデザインなので、新鮮さを欠いていました。
いずれにしても、これからの1年間は鉄道会社の1部門でしかなく、民間バスとしての本格的なオリジナリティは、1年後のバス分社まで待たなければなりませんでした。
1987年4月1日、日本国有鉄道の分割民営化により東日本旅客鉄道が発足、従来の国鉄バスもその時点ではそれぞれの地域の分割会社の所属となりました。
そこで、国鉄バスは「JR東日本バス」を名乗ることになったのですが、鉄道に比べて国鉄バスの存在はマスコミから、というよりも世の中から忘れられていたような気がします。民営化当日も、バス部門で記念の装飾やイベントがあるわけではなく、もちろん車両デザインが変わるわけでもなく、まったく地味にその日が過ぎていきました。
その上、表記の書き換えなどには統一性を欠き、一斉にJRマークを貼った鉄道車両とは何か落差があるように思えました。

過渡期の車両

青森22あ298
JR東日本バス

撮影:盛岡支所(1987.3.31)

国鉄バス いすゞP-LV219S

まだ国鉄バスだった3月31日、早くも「JR東日本」と表記したバスを見つけました。
これは「ヨーデル号」の続行便として盛岡に来ていた青森ナンバーの車両です。
側面後部の「国鉄」の文字が「JR東日本」に書き換わっていますが、JNRマークは前横ともそのままです。
また、車番の後ろに「乗合」の札が見えます。民営化により「乗合」「貸切」は民間会社同様に表示するようになったようです。
車番は「641-6950」です。

岩22か2413
JR東日本バス

撮影:葛巻駅(1987.4.1)

JR東日本バス 日野K-RC721P

特急白樺号に使用の国鉄カラーの車両。側面の丸いツバメマークを挟むように書かれていた「国鉄」の文字が消されています。けれど新会社名はまだ入っていません。このような暫定的な処置の車両が多かったように記憶しています。
車番は「647-2978」です。

こんなマーク

JNR
盛岡支所(1987.4.1)

JNR
盛岡支所(1987.4.21)

おかしなものも見かけました。
国鉄のマークだったJNRのシンボルマークを加工した例です。中央の「N」を上から隠したり、「J」と「R」を詰めたりしています。これでJRと読ませるつもりでしょうか。

塗り替え進むJR東日本バス

JR東日本 日野K-RC721P
JR東日本バス

撮影:盛岡支所(1987.5.30)

岩22か1756

中途半端に手を加えるよりも、まったくイメージ一新を図ろうとしたのか、高速バス・特急バス用の車両では新カラーへの塗り替えが目立ち始めました。
「白樺号」用車です。正面の動輪のマークはそのままですが、きれいにリフレッシュしています。ツバメが少し上を向いているような気がします。

JR東日本 いすゞK-CSA580
JR東日本バス

撮影:盛岡支所(1987.5.30)

秋22あ1247

こちらは十和田南営業所の「とわだこ号」用車両。窓周りが黒く塗られ、サッシも黒くなっています。そのほかにも、社名などの位置が微妙に上の車両とは違います。

生まれかわる国鉄バス記念乗車券

記念乗車券

1987年3月21日付で発売された「生まれかわる国鉄バス」記念乗車券。発行日が示すとおり、発売したのは国鉄の東北地方自動車部。私が購入したのは27日のようで、硬券に27日の日付印が押されています。
車両は当時の最新型であるハイデッカーⅣ型。背景写真は青森県の酸ヶ湯温泉です。これは、東北管内で初めてのバス路線が十和田北線だったからだと思われます。

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80s岩手県のバス“その頃”