072白河天皇

位を子の堀河天皇に譲ると上皇となり、続くと鳥羽天皇、崇徳天皇と計3代にわたり独裁的な院政をしいた。歴史的にも院政の創始者とされている。

名前 第72代白河天皇(しらかわてんのう)、貞仁(さだひと)
親族 父=後三条天皇 母=藤原茂子
皇后=藤原賢子---子=善仁(堀河天皇
女御=藤原道子
皇居 平安宮
陵墓 陵墓=成菩提院陵(じょうぼだいいんのみささぎ)
形状=方丘、堀
場所=京都市伏見区竹田浄菩提院町
火葬場=京都市北区衣笠西馬場町、方丘、堀

平安時代も後期になると、院御所の中に御堂や塔が建てられ天皇陵に充てられる事が通例となってきた。
白河天皇良は、彼自身が造営した鳥羽殿(鳥羽離宮)の中に造られている。周囲に堀を巡らした一辺33メートルの方形区画になっているが、もともとは一辺56メートルの巨大な方形区画に幅8.5メートルの周濠をめぐらせていたことが発掘調査で判明している。
区画の中央には三重の塔が建てられ、その床下に遺骨が埋葬された。「成菩提院」は、この三重の塔の呼び名であった。

座標=34951878 135751684
緯度経度=34-57-06 135-45-06




御陵印



72代白河天皇の略歴
1053天喜01癸巳06月19日(1) 生誕
1069延久01己酉04月28日(17) 立太子
1072延久04壬子12月08日(20) 即位
1129大治04己酉07月07日(77) 崩御