051平城天皇

名前

第51代 平城天皇(へいぜいてんのう)、安殿(あて)・日本根子天推国高彦尊(やまとねこあめおしくにたかひこ)・奈良帝
               

親族

父=桓武天皇 母=藤原乙牟漏(ふじわらのおとむろ)
               

皇居

平安宮、平城宮
               

陵墓

陵名:  楊梅陵(やまもものみささぎ)
古墳:  市庭古墳
形状:  円丘(前方後円墳の後円部)、空掘
所在: 奈良市佐紀町


               
               
               


51代平城天皇の略歴 (8世紀)(9世紀)
0774宝亀05甲寅08月15日
生誕
0785延暦04乙丑11月25日
立太子
0806延暦25丙戌03月17日
(33)即位
0807大同02丁亥11月02日
異母弟伊予親王が謀反の疑いで川原寺に幽閉される
0809大同04己丑04月01日
退位
0809大同04己丑12月04日
平城京の住まいの完成が待ちきれず、平安京を出発して平城京のへ向かう。
0810大同05庚寅09月10日
藤原藥子の変は発覚し、坂上田村麻呂による追討軍が編成される。
0810大同05庚寅09月11日
朝廷を倒そうと東国の兵を動員して今日へ向かおうとするが坂之上の田村麻呂により遮断される。
0810大同05庚寅09月12日
やむなく平城宮に引き返し剃髪し出家。藥子の変で嵯峨天皇側に惨敗し幕を閉じる。田村麻呂は服毒自殺。
以後、上皇は何事もなく平穏に暮らしたという。
0810大同05庚寅09月19日 大同から弘仁に改元
0824天長01甲辰07月07日
崩御
その後の平城宮は、藥子の変で皇太子を廃された高丘親王に与えられたという。