038天智天皇



名前

第38代天智天皇、葛城(かつらぎ)、中大兄(なかのおおえ)、天明開別尊(あめみことはるきわけ)









親族

父=舒明天皇 母=宝皇女(たから)(皇極・斉明)

皇后 倭姫王(やまとのひめのおおきみ)(古人大兄の娘)

妃1 蘇我造媛(そがのみやつこひめ)(蘇我倉山田石川麻呂の娘)

妃2 遠智娘(おちのいらつめ)



大田皇女(おおたのひめみこ)



鸕野讃良皇女(うののさらら)(持統天皇


妃3

姪娘(めいのいらつめ)



阿陪皇女(あべのひめみこ)(後の元明天皇


妃4

伊賀采女宅子娘



伊賀皇子(大友皇子)(弘文天応









皇居

稲淵宮、近江大津宮


飛鳥稲淵宮跡石碑



難波宮を引き上げた後しばらく稲淵宮で生活したといわれる



大津宮跡



大津宮跡



大津宮復元模型1(大津市歴史博物館)



大津宮復元模型1(大津市歴史博物館)



大津宮復元図(大津市博物館)

 

陵墓

陵墓名:山科陵(やましなのみささぎ)
古墳名:山科御廟野古墳
形状:上円下方墳(8角形)、上円対辺長46m、下方辺長70m
陵墓場所:京都市山科区御陵上御廟野町
※天皇陵としては、治定の間違っていない真の天智天皇陵と考えて間違いないようです。

天智天皇陵入口





 



38代天智天皇の略歴 (7世紀
0626推古天皇34丙戌(1)
生誕
0644皇極天皇03甲辰(19)
この年、中臣鎌足と親しくなる
0645皇極天皇04乙巳06月12日(20)
中臣鎌足らと蘇我入鹿殺害が実行される。
法興寺に入り砦とする。次期天皇の孝徳も参加したとされるが定かではない。
0645皇極天皇04乙巳06月14日
立太子
0645皇極天皇04乙巳06月19日
日本初の元号「大化」を決定する
0645大化01乙巳09月03日
古人大兄(舒明天皇と妃法堤郎姫との皇子)が謀反を企てた。
首謀者は古人大兄、蘇我田口臣川掘、物部朴川連椎子、吉備笠臣垂、倭漢文直麻呂、朴市秦造田来津。
0645大化01乙巳09月12日
古人大兄の謀反を吉備笠臣垂(きびのかさのおみしだる)が中大兄に対して自首。
莵田朴室古と高麗宮知に命じて古人大兄を討たせる。古人とその子は殺されその妃妾は自害したという。
0658斉明天皇04戊午11月09日(33)
有馬皇子を謀反の疑いで逮捕・尋問。
有馬皇子は皇太子中大兄皇子を始め皇后にまで見捨てられ、難波宮に憤死された孝徳天皇の皇子で中大兄
にとっては邪魔な存在であった・・・というのが真相だろうか?
0661斉明天皇07辛酉07月24日(36)
斉明天皇崩御
0661斉明天皇07辛酉08月23日
難波に到着
0663天智天皇02癸亥08月28日(38)
百済救済の白村江で敗戦
0664天智天皇03甲子02月09日(39)
冠位の増設
0665天智天皇04乙丑02月25日(40)
妹間人大后が薨去
0667天智天皇06丁卯02月27日(42)
斉明天皇と間人大后とを越智崗上陵(おちのおかのうえのみささぎ)に合葬
0667天智天皇06丁卯03月19日
都を近江に移す
0668天智天皇07庚辰01月03日(43)
即位
0668天智天皇07庚辰02月23日
倭姫王(やまとのひめのおおきみ)(古人大兄の娘)を皇后とする。
0669天智天皇08己巳10月10日(44)
落馬した中臣鎌足を見舞う
0669天智天皇08己巳10月15日
中臣鎌足に大職冠の称号と藤原の姓を与える
0669天智天皇08己巳10月16日
忠臣中臣鎌足が死ぬ
0671天智天皇10壬午01月05日(46)
大友皇子を太政大臣に任じる
0671天智天皇10壬午04月25日
漏刻(水時計)を新しい台の上におき鐘、鼓をうち時刻を知らせた。(水落遺跡)
0671天智天皇10壬午10月17日
病気が重くなり大海人皇子に後事を託そうとするが大海人は辞退する。
0671天智天皇10壬午10月19日
大海人は出家し吉野へ
0671天智天皇10壬午12月03日
崩御 46歳