035皇極天皇
名前 第35代 皇極天皇(こうぎょくてんのう)、第37代斉明天皇(さいめいてんのう)と同一人物
宝皇女(たから)、天豊財重日足姫尊(あめとよたからいかしひたらしひめ)
                     
親族 父親 茅渟王(ちぬ) 母親 吉備姫王(きびひめ)
  配偶者 舒明天皇(じょめいてんのう)          
      葛城皇子(かずらきのみこ)天智天皇
        間人皇子(はしひとのひめみこ)孝徳天皇の皇后
        大海皇子(おおあまのみこ)天武天皇
                     
皇居 飛鳥板蓋宮(あすかいたぶきのみや)、飛鳥川原宮、後飛鳥岡本宮
皇極以前にも飛鳥の地に推古天皇の宮などはあったが、現在発掘されている飛鳥京といわれるものは、このあたりからだろうか。
 


板蓋宮1



板蓋宮2

 


板蓋宮3



川原寺跡

                     












陵墓
皇極天皇は037斉明天皇として再び即位するので陵墓の解説は斉明天皇の項に譲る。











35代皇極天皇の略歴(6世紀)(7世紀
0594推古天皇02甲寅(1) 生誕
0630舒明天皇02庚寅01月12日(37) 舒明天皇の皇后となる
0641舒明天皇13辛丑10月09日(48) 舒明天皇崩御
0642皇極天皇01壬寅01月15日(49) 皇極天皇として即位
蘇我蝦夷を大臣とする。実際に政権を執ったのは蝦夷の子蘇我入鹿
0642皇極天皇01壬寅02月22日 高麗・百済の客を難波の郡で饗応
0642皇極天皇01壬寅09月03日 百済大寺の建立の詔
0642皇極天皇01壬寅09月19日 飛鳥板蓋宮造営の詔
飛鳥岡本宮にいた皇極は蘇我蝦夷に12月までに新しい宮殿を造ることを命じる。
0642皇極天皇01壬寅10月08日 地震、雨
0642皇極天皇01壬寅10月09日 地震、風
0642皇極天皇01壬寅10月24日 夜中に地震
0642皇極天皇01壬寅12月21日 舒明天皇を滑谷岡 (なめはざまのおか)に奉葬する。命じていた12月までには新しい宮が完成せず、推古天皇
の宮の小墾田宮に移っている。
0643皇極天皇02癸卯04月28日(50) ようやく新しい宮が出来た。この日に飛鳥板蓋宮に移っている
0643皇極天皇02癸卯09月11日 母吉備姫王(きびひめ)薨去
0643皇極天皇02癸卯09月17日 吉備姫の葬儀
0643皇極天皇02癸卯09月19日 吉備姫を檀弓岡(まゆみのおか)(奈良県明日香村半田)に葬る
0643皇極天皇02癸卯09月30日 吉備姫の墓を造り終える
0645皇極天皇04乙巳06月12日(52) 入鹿殺害が実行される
0645皇極天皇04乙巳06月14日 皇位を軽皇子(孝徳天皇)に譲り、皇太子を中大兄として、皇極天皇として は退位する
0645皇極天皇04乙巳12月09日 孝徳天皇が都を難波に移す。
たぶんこのとき中大兄らと共に難波に移ったであろう
0647大化03丁未(54) 難波宮に入っていたが中大兄らと共に飛鳥へ帰る。
0655斉明天皇01乙卯01月03日(62) 斉明天皇として即位