日本武尊


名前

日本武尊(やまとたける)
小碓命(オウスノミコト)
倭建命(ヤマトタケルノミコト)
倭男具那尊(ヤマトオグナノミコト)
日本童男命(ヤマトオグナノミコト)

親族

父=景行天皇(けいこうてんのう)  母=播磨稲日大郎姫(はりまのいなひのおおいらつめ)
妻=宮簀姫(ミヤズヒメ)
  弟橘比売(オトタチバナヒメ)
  両道入姫命(ふたじいりひめ)---子=足仲彦天皇(仲哀天皇

御陵1

三重県亀山市田村町能褒野神社
 


 
 

   
                   

御陵2

奈良県御所市冨田(琴弾白鳥陵)

         
                   
陵3 大阪府羽曳野市古市(白鳥陵)

                   


日本武尊の略歴
0072景行天皇02壬申年 生誕。兄の大碓とは双生児であったという
0097景行天皇27丁酉年10月13日 景行天皇に熊襲征伐を命じられ出発する。16歳
0097景行天皇27丁酉年12月 熊襲を制圧
0098景行天皇28戊戌年02月01日 大和に凱旋し熊襲平定を奏上
0110景行天皇40庚戌年07月16日 征夷将軍として東夷征伐を景行天皇に命ぜられる
0110景行天皇40庚戌年10月02日 吉備武彦と大伴武日(おおとものたけひ)を連れて東夷征伐に出発
0110景行天皇40庚戌年10月07日 伊勢神宮に参拝
寄道をして伊勢神宮を参拝、叔母の倭姫命(やまとひめのみこと)に暇乞いを行った。そこで倭姫命は日本
武尊に草薙剣を授け、「慎みて、な怠りそ(慎重に、油断をしないように)」と言う。草薙剣は八岐大蛇(やまた
のおろち)の死体から出てきたものでもとは天叢雲剣(あめのもらくものつるぎ)と呼ばれたがこの時日本武
尊が駿河の焼津で火攻めにあった時に自然に抜けてあたりの草を薙ぎ払い助かったので草薙剣の名で呼
ばれるようになった、という。
0113景行天皇43癸丑年 陸奥の蝦夷を鎮圧、常陸・甲斐・武蔵・上野を経て信濃に進みここを鎮圧、尾張に帰着した。が、胆吹山(滋
賀県伊吹山)の荒神鎮圧の際に油断して草薙剣を持たなかったため山の神に敗れて重病とる。大和を目指
して伊勢に入ったところ能褒野で薨じる。享年30歳