蘇我入鹿
名前 蘇我入鹿(そがのいるか)
                     
親族 蘇我蝦夷(そがのえみし)
                     
住まい                    
 


蘇我入鹿屋敷発掘現場



入鹿の谷の御門の発掘現場

                     


蘇我入鹿の略歴(7世紀
0610推古天皇18庚午
生誕
0642皇極天皇01壬寅01月15日
皇極天皇即位
大臣はこれまでどおり父蝦夷が行ったが実権はすでに入鹿が握っていたようで、「勢いは父より強く、盗賊は恐
れをなし道の落し物さえ拾わなかった」という
0643皇極天皇02癸卯10月06日
蝦夷(大臣)は病気を理由に出仕せず、紫冠を授かる。
入鹿はこの日上宮(かみつみや)(山背大兄王)を廃して古人大兄を天皇にしようと謀った。
0643皇極天皇02癸卯11月01日
巨勢徳太臣・大仁土師沙婆連に命じて天皇位を争って敗れた聖徳太子の子・山背大兄王を急襲する。山背大
兄は一時は生駒に逃れる
0643皇極天皇02癸卯11月11日
山背大兄王を自殺に追い込む
0644皇極天皇03甲辰11月
蝦夷、入鹿が甘樫岡に邸宅を建てる。蝦夷の家を上の御門、入鹿の家を谷の御門と呼び、子供達を王子(み
こ)と呼ぶ
0645皇極天皇04乙巳06月12日
中大兄中臣鎌足らにより斬られる

写真は入鹿の首塚で後方に見えているのが父蝦夷と入鹿の豪邸があったとされる甘樫岡。
斬られた入鹿の屍はは父である蝦夷のもとに届けられる