クリフォード・ブラウン CLIFFORD BROWN





1930 》1956

デラウェア州生まれ。
父が持っていたトランペットに興味を示し、12歳の頃から吹き始めるようになり、学生バンドなどで演奏活動をしていた頃、ディジー・ガレスピーに出会い、本格的にジャズ・ミュージシャンを目指すようになる。

フィラデルフィアを拠点に活動していた頃、チャーリー・パーカーと共演。クリフォードの演奏に感銘を受けたチャーリー・パーカーが、アート・ブレイキーにクリフォードを推薦した。
1953年、J・J・ジョンソンと共演。同年、アート・ブレイキーのサポートを得て、初のリーダー・セッションを行い、1954年2月21日、ニューヨークのジャズクラブ「バードランド」で、アート・ブレイキーを中心に行われた歴史的セッションに参加。

この模様は『バードランドの夜』というタイトルでレコード化され、同年、マックス・ローチとともにクリフォード・ブラウン = マックス・ローチ・クインテット結成。1955年11月には、ソニー・ロリンズがメンバーとして加わる名クインテットに成長。

JAZZシーンへの影響や音楽家としての幅の広さは、マイルスには劣るものの、技術に関してはマイルスより上かも・・・・僅か25歳にして、この世を去ってしまったのだから影響力や幅が広がる時間がなかったとも言えますが。
実質活動期間が4年では仕方ないとしても、他の追随を許さないハード・バップ以降の最高のトランペッター!
残された音源が少ないため、彼が吹くトランペットなら何でもCDにしてしまえ!という感が無きにしも非ずなのが悔やまれます。

クリフォード・ブラウン・アンド・マックス・ローチ



1. デライラ
2. パリジャン・ソロウフェア
3. ザ・ブルース・ウォーク
4. ダフード
5. ジョイ・スプリング
6. ジョードゥ(エディット・ヴァージョン)
. ホワット・アム・アイ・ヒア・フォー
8. ジョイ・スプリング(別テイク)
9. ダフード(別テイク)


ハード・バップの先駆的決定版!
フランスから帰国後、西海岸でマックス・ローチ(チャーリー・パーカーとも共演してきたドラマー)と強力クインテッドを結成。1950年代後半にかけて数多く生まれたハード・バップ・コンボへ多大な影響を与えたアルバムです。



スタディ・イン・ブラウン



1. チェロキー
2. ジャッキー
3. スウィンギン
4. ランズ・エンド
5. ジョージズ・ジレンマ
6. サンデュ
7. ガーキン・フォー・パーキン
8. イフ・アイ・ラヴ・アゲイン
9. A列車で行こう




同じく、エマーシィー・レーベルでの作品で、こちらの出来映えもかなりなものです。

アット・ヘインズ・ストリート



1. 恋とは何でしょう
2. 慕情
3. 四月の思い出
4. パウエルズ・プランセス
5. タイム
6. ザ・シーン・イズ・クリーン
7. ガルトルーズ・バウンズ
8. 四月の思い出(alt.テイク)
9. フロッシー・ルー(リハーサル)
10. 同(alt.テイク)
11. 同(同)
12. 同(同)
13. 恋とは何でしょう(同)
14. 慕情(同)
15. 同(同)

エマーシィー・レーベル3部作の最後は、サックスがハロルド・ランドからソニー・ロリンズに替わったアルバムです。



ザ・ビギニング・アンド・ジ・エンド




1. アイ・カム・フロム・ジャマイカ
2. アイダ・レッド
3. ウォーキン
4. チュニジアの夜
5. ドナ・リー


1956年6月26日、フィラデルフィアの「ミュージック・シティ」で行われた深夜のジャム・セッションの帰りに交通事故死をしてしまう・・・・。
そのときのジャム・セッションを収録していたものが、このアルバムです。
「ザ・ビギニング・アンド・ジ・エンド」というタイトルは、そのまんまですね。
演奏は地元のミュージシャンとのセッションなのでまとまりが無いが、トランペットの勢い&思い切りの良い吹きっぷりが秀逸です。



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