作品
衝動 ※R-15
タケル君が性的な行為を致しておりますので、R-15指定です。
閲覧は自己責任でお願いいたします。
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(――さて…)
貰ってしまった。
タケルは暗い自分の部屋で、デスクライトに照らされた机上のポルノ雑誌を眺めていた。
今は深夜の2時を回った時間帯で、家族はみな寝静まっている。
タケルだって一度は床に着いたのだ。あれからヤマトの部屋を出て、お風呂に入って、明日の支度をして――就寝。いつもと変わらない一日の終わり。そのはずだったのに。
机の引き出しの奥に仕舞い込んだ紙袋が、如何も気になって気になって、一向に寝付けない。
結局、むっくりとベッドから起き上る。
そぅっと引き出しを開けて、紙袋を手に取った。カサカサと紙袋が鳴る音でさえ気になって、異常に緊張した。
そして机の上に取り出した本を置くと、力が抜けてがっくりと肩を落とす。
――何をやってるんだろうか…
別にそこまでしてこの手の本が見たいわけではなかった。
否、タケルだって健康的な14歳の男子中学生なのだから、まったく関心がないわけではない。
興味本位でインターネットでその手の画像を検索してみたことだってあるし、友達から性的な内容の雑誌や漫画を見せてもらったこともある。
その時はドキドキしたし、興奮もした。母親に気付かれないように、こっそり自分の部屋で自慰行為をしたことも、ある。
身体が第二次性徴を迎えたのだから、反応してしまうのは仕方ないし、そうでなければ異常なのだし。
兄から不要になったエロ本を譲ってもらった、それだけのことだ。よくあること。
よくあること、なのだけども…
本の表紙を目にして、タケルは躊躇してしまった。
「そんなにハードな内容ではない」と兄は言ったけれど、想像していたものより結構過激な雑誌だった。際どい写真に思わず目を逸らす。
やはり中学生男子が自力で入手できる本や画像なんて知れていたんだ。現実は妄想の百倍の破壊力だ。今まで自分が見てきたそれとは比べ物にならないような、刺激的なポーズをした裸の女性。これ見よがしにでかでかと掲載されている写真や煽り文句を見て、タケルは興奮より先に恐怖を感じてしまった。
(ど、どうしよう・・・)
どうしようと悩むこともないのだが。
やっぱり僕には早すぎました、もうちょっと成長してから見せてもらいます。正直にそう言ってさっさと返却しても、きっとヤマトは馬鹿にしたりしない。
だけれども、タケルはおずおずと本を手に取り、意を決してパラパラとページをめくり始めた。
(兄さんは、高校生の時にこれを買ったって言ってたけど…)
兄はどんな思いでこの本をレジに持って行ったのだろう。その頃から大人びた外見だったろうから、しれっと難なく買えたのかもしれないけど。
現在のヤマトは、異性に興味のなさそうな、恋愛には冷めたような態度だけれど、この本を購入したということは、彼にも抑えきれない衝動や性的欲求に駆られる時期があったのだ。自分と同じように、ヤマトにも思春期があったなんて、今ではまったく想像できない。
その頃、ヤマトはどんな高校生だったのだろうか。過去に彼女がいたのだから、きっとキスも経験してる。恐らく――セックスも。
薄々気づいていたことではあったが、敢えてタケルは過去のヤマトの恋愛事情を考えないようにしていた。ヤマトと武之内さんのカップルからは健全な印象しか受けなくて、二人のそういう行為を想像することは難しかったし、考えること自体が悪趣味のように感じられたからだ。
タケルはふるふると首を振った。やめやめ。考えるな。
今は何にも考えずに、目の前の本に集中しよう。そういえば最近オナニーってしてないな。せっかく貰ったエロ本なんだから、難しいこと考えないで、これで気持ち良くなっちゃえばいいんだ。そう、兄さんが今までしてきたみたいに…
――兄さんは、どんな写真で興奮するんだろう。
どんな写真で己を発散させて、どんな写真で性欲を満たしてんだろう…
震える手でパラパラとページを捲っていると、開き癖のような折り目がついたページに気が付いて、思わず手を止めた。
タケルはこくり、と喉を鳴らした。
――兄さんは、この写真の女の人で抜いたんだ。
そう思ったら、頭を殴られたような衝撃が襲った。身体中がどくどく熱くなってきて、呼吸が荒くなる。
過去の兄の秘め事を覗き見するような背徳感。だがそれ以上に、そのことに対して高揚感と興奮が抑えきれなくなっていく。
タケルは何時しか、目の前の官能的な女性の写真よりも、それを見ていたであろう高校時代のヤマトの面影を想像しながら熱い息を吐いていた。
全くの無自覚だった。冷静な自分がいたらきっと、おかしい、こんなの異常だ――と、自分を責めていただろう。けれどその時のタケルは、もう余裕がなかった。
「っ――、ふっ・・・」
噛み締めた唇から声が漏れた。ぎゅうぅと両手に力を入れる。どうしよう、身体が熱い。
兄さんもこんな感じになったのかな。下半身がじんじんする。兄さんならどうしたのかな。きっと僕と同じように、衝動を抑えきれなくなって、自分で、ここに、手を入れて――
タケルはぐっと目を閉じて、ハーフパンツを擦りおろすと、下着の中に手をやった。自身は既に硬くなっており、下着を押し上げるくらい勃ち上がっていたので、羞恥心でかぁっと頬が赤くなる。なんだか切なくなってきて、うう、と呻くような息を吐いた。
――兄さん。
脳内で、見たことのない高校生の兄を想像する。今の自分と同じように、自分自身を慰めている兄の姿を想像する。
その兄の姿は、いつしか成長した現在の大学生の兄になる。見知ったその姿にタケルはほっとした。ヤマトはタケルに近づいてくる。タケルの目の前に座ったヤマトは、今までにないくらい身体を密着させてくる。
タケルはヤマトの汗のにおいを思い出していた。自分はそれに興奮している。もうだめだ。逃れられない性的興奮を、否定することができなかった。
妄想の中のヤマトは、熱を触るタケルの右手に、躊躇することなく己の手を添えてくる。
「は、ぁ…あ、にい、さ、」
どうしよう――どうしよう。追い詰められたタケルはそれでもギリギリの理性で、声を上げないようにもう片方の手で口を覆った。そのために息苦しさでますます体が熱くなってきた。
タケルの手の上に重ねた手で、兄はタケルのそこを愛撫してくる。最初は優しく、次第に強く、タケルの形を確かめるように――
――タケル。
「っ、ぃさ、…――兄さんっ…!」
その瞬間、頭の中が真っ白になった。
タケルは、手の中に熱い熱を吐き出した。
強張っていた身体が一気に弛緩して、タケルはがくりと肩の力を落とした。
はぁ、はぁと呼吸を繰り返す。生理的な涙が目尻に浮かんでいた。
快感を得られたのは一瞬のことで、すぐにだるさと疲労が押し寄せてきた。
手の中のぬるり、とした不快な感触に、タケルは背筋が凍った。慌てて机の端にあるティッシュ箱をもう片方の手で引き寄せて、震える手でそれを拭った。何度も何度もティッシュを引き出しては、行為の痕跡を消そうと、がしがしと拭き取った。何とかすべてを手で受け止めていたことで下着を汚していなかったことに安堵した。
本当は石鹸で手を洗いたかったし、汗で体中がべとべとだったのでシャワーを浴びたくてたまらなかった。けれど真夜中に洗面所で物音を立てて、家族が起きてくるのではないかと思うと恐怖で部屋から一歩も出られなかった。今はだれにも会いたくない。もし、今ヤマトと鉢合わせしてしまったら、目を合わせられないどころか、罪悪感に押しつぶされて死んでしまいそうなくらいの精神状態だった。
ぐらぐらする頭でなんとか処理をして、顔を上げると我に返った。
デスクライトに照らされた、机上に放置されていた兄のポルノ雑誌が目に入った。
――自分は、とんでもないことをしてしまったのではないか・・・
そのとき、何の前触れもなく、タケルの右目から、ぽたりと大粒の涙が零れ落ちた。
「ぁ…ああ…」
ガタガタと身体の震えが止まらなくなった。
次の瞬間、今度は両目から、堰を切ったかのようにぼたぼたと涙が溢れ出て、頬を流れ落ちていった。
タケルは本を引っ掴むと、乱暴に引き出しに仕舞い込んだ。悲しみとも怒りとも言えない感情が心臓を押しつぶしていく。
「う、うぅ、うぅぅぅぁっ…!」
絞り出すようなか細い声で、タケルは泣いた。本当は、大声を出して叫んで、悲鳴を上げて、辺り構わず物を投げつけて、衝動のままに暴れまわりたかった。けれども、最後の最後で残っていた理性がそれを押しとどめて、その感情をすべて自分の中に押し込めた。
フラフラになった状態でベッドの中に潜り込む。
何も考えたくなかった。ただ、涙は一向に止まらなくて、タケルは布団をかぶってえぐえぐ泣いた。
次の日、熱を出したタケルは、3日間学校を休んだ。
その間、自室に閉じこもり、兄には一度も会わなかった。
- 2016/09/28 (水)
- ヤマタケパラレル