作品
ロカ 1
続きを1年以上放置してしまった間に、なんと公式のタケル君が14歳に成長してしまいました^_^;
ですが、まぁ、もともとパラレル設定なので、改めて公式とは切り離して読んで下さいね。
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最近、友人の八神ヒカリの機嫌がすこぶる悪い。
その事に気が付いているのは、おそらく彼女の幼馴染みの高石タケルと本宮大輔だけだと思われる。
何故なら、ヒカリは機嫌が悪い時ほど、まるで非の打ち所がない態度をとるからだ。
それこそもう誰が見ても穏やかで清廉でおしとやかで、周りにお花が飛び散っているような、少女漫画に登場する美少女と言うべきか。
最近のヒカリの態度に、クラスメイトの男子たちは、「最近の八神さんっていつも以上に可愛いよな!」と盛り上がっている。
だがしかし、あの作ったような笑顔の奥にある、笑っていない瞳に騙されてはいけない。
まあそれも仕方ないことだ。彼女の偏屈な感情表現法には教師ら大人でも騙されるのだから、同級生の男子生徒が見抜けないのは当たり前のこと。
ヒカリの本性を知らないで心をときめかせている彼らはある意味幸せなのだ。
ただ、彼女の鬱憤の矛先が、付き合いの長い友人である自分たちに向けられるのは大変迷惑なのである。
それにしても。
タケルにはどうしても理解できないことがあった。
同級生たちとは異なり、ヒカリの本性を知っているはずの大輔が、それでもヒカリに惚れていることが、である。
今日も昼休みに三人で昼食を摂っているが、ヒカリはぶすっとしたまま無言で弁当を食べている。
大輔はヒカリの様子を窺うように、紙パックの牛乳を飲んでいる。
ああ、折角のランチタイムだってのに、険悪な雰囲気にするのやめてもらいたいんだけどなぁ。
何となく何時もの習慣で彼らと中庭に来てしまったが、この先まだヒカリの機嫌が直らないようなら、明日から別行動を取ろうかな、とタケルは考えた。
別に常に行動を共にする必要はないし、ベタベタする関係性でもない。腐れ縁なだけである。
ところで、そもそも何故こうもヒカリの機嫌が悪いのかと言えば、その理由は明白。
彼女の敬愛する、3歳年上の兄・八神太一に、初めての恋人が出来たからだ。
…と言ってしまうと、「え、そんなこと?」と思われるかもしれないが、ヒカリの「お兄ちゃん愛」は少々度合いを超えている。極度のブラコン、と言っても良い。
高校2年生の太一は、地元でも有名なサッカー強豪校のスター選手で、タケルと大輔も面識がある。
幼い頃、近所の子どもグループの中のリーダーだった太一は、年下のタケルと大輔の面倒を良く見てくれた。リーダーと言ってもガキ大将タイプではなく、気さくで、優しくて、頼りがいのある、まさしく「理想のお兄ちゃん」のような人だった。
それは今も変わらなくて、小学生時代から太一と同じサッカークラブに所属している大輔などは、もはや崇拝のレベルまで達している。
大輔は八神兄妹にすっかり骨抜き状態にされているとタケルは思う。
そんな太一に恋人が出来たことに、タケルは何の疑問も抱かなかった。むしろ今まで浮いた噂の一つも聞かなかったこと自体が不思議だったのだ。
なにしろ太一は女の子によくモテる。むしろ男女問わずにモテまくっている。だというのに太一に特定の彼女がいなかったことに、ヒカリは少々余裕をかましていたと思う。まぁ身構えていたところで如何しようもないことだけど。
今になって動揺して混乱して、あげく不機嫌になって幼馴染みに八つ当たり。本当にいい迷惑だよ!
タケルは太一の恋人にあった事は無いが、タケルより太一と付き合いの深い大輔は、太一から彼女を紹介されたそうだ。
大輔いわく、太一の恋人である女性は、「清楚で芯が強そうで大和撫子のような人」、らしい。さすが太一さんの選んだ人だ、と言う歯の浮くような感想だったが、太一に羨望のまなざしを向けている大輔のフィルターを通した印象なので若干盛っているとタケルは推測している。
ただ、兄の交際相手に嫉妬しているヒカリでさえ、「何か欠点がある人なら文句の一つも言えるのに」などとぼやくくらいだから、相当スペックの高い女性であることは確かだ。太一の事だから、そうそう悪い女には引っかからないだろうと思うけど。
更に、その人は太一より年上の、女子大生であるということも大輔からの情報だ。参加した地域の清掃ボランティア活動で知り合ったというから、太一らしいと言えば太一らしい。
それを聞いたタケルは、ついうっかり調子に乗って、
「太一さんって、年上の女性が好みだったんだ。だったら、兄妹じゃなかったとしても、年下のヒカリちゃんは最初から眼中になかったってことだよね」
などと話してしまったものだから、ヒカリから呪い殺されるんじゃないかと思うような鋭い視線を向けられ、横にいた大輔はそのヒカリの表情にますます震えあがり、「余計なこと言うな馬鹿」と小声で恨まれた。
大輔はヒカリの鬼の形相にすっかりビビりまくっている。じゃあなんで彼女の事が好きなんだ。大輔君ってとんでもないドMなんじゃないかとタケルは思った。
そんな状況が、もう何日も続いている。
ヒカリの不機嫌さに、若干タケルも苛ついていた。
そう。本音を暴露してしまうと、タケルは腹が立っていた。ヒカリにではない。自分にだ。
以前のタケルは、ヒカリの少々異常なブラコン気質に呆れつつも、そこはぶっちゃけ他人事で、冷めた目で彼女を見ている節があった。
だがどうだろう、今のタケルは、悔しいかな、ヒカリの気持ちが解ってしまっている。率直に言ってしまうと、自分も身に覚えがある。
兄のヤマトに彼女がいたら嫌だ。辛い。勝手な言い分だけど、自分だけを見てて欲しいと謎の独占欲が押し寄せてくる。
今までのタケルなら「ヒカリちゃんのブラコンっぷりには困ったものだねー」と興味もないくせに白々しく同情してみせれば済んでいたはずなのに、スルーできない。他人事のように流せない。
くそう、気付いているよ!認めたくないが、これは同族嫌悪ってやつだ。今のタケルはヒカリの不機嫌の理由が手に取るように分かる。理解できる。
だからこそ、ヒカリの態度を見ていられない。まるで、直視したくない自分の姿を見せつけられているようで。
なんとも理不尽な理由で、タケルは腹が立っている。
(何考えてるんだろうか、僕は。馬鹿みたいだ・・・)
タケルがぼーっとしていると、ヒカリが突然、タケルに向かって話しかけた。
「ところでタケル君、お兄さんはお元気?」
タケルはぎょっとして意識を取り戻した。ヒカリの投げてきた変化球に心の中で冷や汗をかいて動揺しまくりだったが、表面上は全くそのような素振りを見せず、「お陰さまでピンピンしてるけど、それが何か?」と冷めた口調を繕った。
石田家への転居も済ませて落ち着いた頃、タケルは大輔とヒカリを新居に招待していた。そのときたまたまヤマトが在宅しており、タケルは二人に兄を紹介した。
その時の大輔とヒカリの表情を、タケルは未だに覚えている。二人とも、頬を赤く染めて、呆けたようにヤマトに見蕩れていた。
タケルは少しくすぐったい気持ちになった。弟のタケルから見ても、兄はとても綺麗な顔立ちをしていたから。僕の兄さん、カッコイイでしょ!などと心の中でこっそり自慢しちゃったり。
「タケル君のお兄さん、すっごくカッコ良かったよね。またお家にお邪魔したいなぁ」
ヒカリはワザとらしく芝居がかった口調でそのような事を喋っている。どこまで見透かされてるのか、単なる当てつけなのか、読めなかった。タケルは愛想笑いで応えただけだった。
単純な大輔がそれを聞いて、慌てて「ヒカリちゃんが行くなら、俺も行く!」などと叫んでいる。
ヒカリは冷めた目で大輔を睨んで、「何で私が行くからって大輔君も付いてこないといけないの?大輔君は私の保護者か何かなの?」と言い放った。ヒカリの言葉攻めに、単純でドMで可哀想な大輔くんは、へぁっと情けない声を出している。まったく大輔君はおめでたいなぁ。これ以上夫婦漫才染みたやり取りを聞くつもりはないので、タケルは兄の作った弁当を完食して、さっさと一人で教室に戻った。
◇
先週の日曜日の事を思い出してしまう。
二人で水族館に行った日。兄はそれをデート、と表現した。ふざけて言ったんだってことはわかってる。だけどタケルは妙にふわふわした気持ちになった。一緒にイルカの赤ちゃんを見たときも、お土産のマスコットをプレゼントしてくれた時も、嬉しくて、地に足がついてないような、不思議な感覚のままでいた。
ヤマトが以前付き合っていたという女性と偶然にも遭遇してしまって、逃げるように一人で帰宅してしまった。
そんな自分勝手で無神経な自分を、ヤマトは心配して追いかけてきてくれた。
兄が初めて自分の部屋に入ってきたとき、タケルは何故か異様にドキドキした。パーソナルスペースに入りこまれた時のような緊張感?否、緊張と言うよりも、兄と自分の距離が縮まった事に対する恥ずかしさと、高揚感。
ヤマトは、はあはあと荒い呼吸をしている。逆算して考えて、こんなに早く帰宅したということは、きっと次のバスには乗らなかったのだ。ならば走って帰って来たということで、だからあんなに息を切らしているんだ――タケルのために急いで帰って来てくれた、そのことがタケルはとてつもなく嬉しかった。後になって兄とあの女性は既に別れていたと聞かされたが、もし二人がまだ恋人同士であったとしたら、彼女より弟の心配をして帰ってきたことになるのだから、全く傍迷惑で面倒な弟だと自分でも思う。呆れられるか、怒られても仕方ないと思った。
(――でも、兄さんは怒らなかった。)
ヤマトが塞ぎこんているタケルのベッドに乗り上がってきて、タケルを押し倒してきたときは、正直ものすごく驚いた。
ヤマトのシャツは汗で湿っていて、それが肌に張り付いている様が妙に色っぽくて、タケルの肩を抑えつける両手の熱が伝わってきて。ヤマトの身体が近づいて来ると、家で使っている柔軟剤の香りに混じってヤマトの匂いがした。タケルはだんだん妙な気持ちになってきた。その時の気持ちを思い出すと、今でも胸が押しつぶされるような息苦しさに代わる。何だかいけないことを考えてるような気がして、怖くなって、でも手放したくないような変な気持ち。
ヤマトの射抜くような眼が、じっと自分を見詰めてくるのが恥ずかしくて、ぎゅうっと目を瞑って耐えた。
本当はもっとあの眼を見たかった。視線を合わせることが出来なかった事を後悔した。もうヤマトがあんなことをすることは、無いだろうと思う。そう考えると少し残念で、でも何で残念なんだろう、とタケルは首を捻って、結局答えは出なかった。
- 2016/06/22 (水)
- ヤマタケパラレル