作品
新しい生活
「――わ。美味しそう」
横からヒカリに声を掛けられて、高石タケルは顔を上げた。
いつもの昼休み、お馴染みの三人組。
ただ今までと違うのは、タケルの手にした昼ごはんだ。
「…そ、そうかな」
俯き、照れくさそうに自分の昼食を眺めるタケル。
視線の先には、今まで定番だった菓子パンの数々は無く、大型の弁当箱と、綺麗に盛りつけられたおかずがある。
「おばさん、新しい生活で、お仕事に余裕が出来たの?」
「え?」
タケルはキョトンとした表情で、再びヒカリの方を見返した。
その複雑な表情に、思わずヒカリの方が困惑する。
「だって、お弁当作ってもらってるから」
「ああ――」
言葉の意味をようやく理解して、タケルは無意識に頬を染めて苦笑した。
ヒカリが勘違いするのも無理はない。
「違うんだ。これ、母さんじゃなくて、兄さんが作ってくれたんだ」
「――え?」
驚きで目を丸くするヒカリ、その横で紙パックのストローを咥えていた大輔が噎せ返る。
タケルは滑稽な反応を見せる二人の友人を、くすぐったいような気持ちで眺めていた。
◇
家族4人の同居が始まって、1週間が経った。
奈津子とタケルの引越しの荷物もあらかた片付いて、石田家と高石家の生活は、漸く新しいスタートを切ったような状況だ。
ヤマトは実に飄々と、あまりに自然体で奈津子とタケルを受け入れ、今までの生活と何ひとつ変わらないかのように接していたので、タケルの方が拍子抜けしてしまった。
しかしそれも2日、3日と経過するうちに、ヤマトの優しさであることに気づきはじめ、タケルは何とも言えない気恥ずかしさとほんの少しの嬉しさを覚えた。
不安でたまらなかった兄の存在が、タケルはこんなに好ましいものになるとは、想像していなかったのだ。
夕食後、テレビを見ていたヤマトが、思い出したようにタケルに話しかけた。
「俺、明日大学に弁当持ってくんだけど、お前どうする?」
あまりにも当たり前のように尋ねられて、タケルはその言葉の意味をなかなか理解することが出来ないでいた。
「どうするって…?」
「いやお前の分も作ろうかって話」
「え」
こくんと息を呑みこんだ。作る?お弁当を?兄さんが?!
「なんか母さんも忙しいみたいだしさ。どうせ二人分作るのも一緒だし」
「あー…」
弁当を持参する、という行動が、今までのタケルの生活の中で、運動会や遠足といった学校行事以外で記憶にない。
会話が聞こえていたのであろう、対面キッチンで洗い物をしていた奈津子が、申し訳なさそうに歩いてくる。
「ごめんね。今まで、母さんタケルにお弁当持たせたことなかったから…」
その顔が酷く辛そうだったので、タケルは胸が痛んだ。
奈津子の、「母親失格ね」と云う声にならない言葉が、直接胸に突き刺さる感覚。
別にいいよ、大丈夫だよと、幼いころから何度も繰り返してきた感覚だった。
しかし、そんなセンチメンタルな母子の心境を、ヤマトは一瞥しただけで「あそう」とあっさりと片付けた。
「そんじゃ、弁当は俺が担当する。タケル、食べられないものないな?」
あまりにサクサクと事を運んでしまうので、タケルはつられて「うん」と頷くことしかできなかった。
「…ごめんね」
気を遣ったような奈津子の言葉も、ヤマトはマイペースという名のクッションでやんわりと受け止めてしまう。
「俺も作れる時だけで、毎日じゃないから。そんときはタケルもパンか学食で済ませてくれな。いいか?」
「うん、もちろん」
「それと荷物が重い時とか、時間が早い時とか、弁当いらねーって時は前の日に云っといて。無理して持ってかなくてもいいからな」
「わかった」
つまりは、互いに強制し合わないこと。相手に気を遣わせすぎないこと。
ヤマトの行動があまりにスマートで、タケルは何だかくらくらした。
ヤマトと再会してから、タケルの世界が新しくなったような気がした。
◇
「はー、それにしても、すごいねぇ…」
タケルの弁当をまじまじと眺めながら、ヒカリが感嘆している。大輔も「うまそう」と呟いて弁当を覗き込んでいる。
タケルは気恥ずかしさで堪らない。
決して手の込んだ豪勢な弁当ではない。
唐揚げに卵焼き、ポテトサラダにベーコン巻といった定番のおかずばかりだが、盛りつけ方のおかげなのか、なぜか妙にレシピ以上に美味しそうな出来栄えの弁当なのだ。
今まで弁当に馴染みのなかったタケルだから新鮮な気持ちでそう感じているだけなのかと思っていたら、大輔とヒカリも同じように魅かれているようで、恐るべしヤマト作の弁当である。
「男子大学生でこの料理スキル…羨ましすぎる」
ヒカリが云うと何だか滑稽だ。
「兄さん、高校の時からファミレスと小料理屋さんでアルバイトしてたらしいから、それで料理作るようになったって云ってた」
「な、その唐揚げ一個くれ」
云うそばから手を伸ばしている大輔に、タケルは慌てて弁当を遠ざける。
「駄目だよ」
「うわ、けち」
「大輔君もうお昼前にさっさと早弁してたじゃん!」
「あんだけじゃ足りるわけねーだろ」
「知らないよ!」
「ね、私にも卵焼き頂戴」
「ちょ、ヒカリちゃんまで何云ってんの!」
傍から見ると、それは三人組がじゃれ合っている呑気な風景だった。
「駄目!ぜったいやらない」
「…ほぉ」
大輔とヒカリは、目を見合わせた。
タケルは顔を真っ赤にして、弁当にぱくついている。
「…ふーん」
ヒカリはにっこりと笑う。大輔は肩を竦めて、買い込んでいた菓子パンの袋に手を伸ばした。
「…何」
卵焼きを頬張りながら、タケルは急におとなしくなった二人を不思議そうに見返した。
「ううん、なんでもー」
「な、なんだよ」
ヒカリは悪戯っ子のように含み笑いをする。
「先週まで、きょうだいなんて分からないーって不安がってたのは、何処の誰だったかなぁ、と思って。それが今じゃ、お兄さんのお弁当は僕のものだ!だれにも渡さないぞ!みたいな勢いなんだもん」
「なっ…」
タケルは言葉を失った。次第に、身体じゅうが火照り初めて、耳朶まで真っ赤に染まる。
「べ、別にそんなじゃ」
「必死なタケル君なんて滅多に見ないから、ちょっと意外って云うか。可愛いなぁー」
うふうふと笑うヒカリ。彼女のペースになると勝てないことは知っていながら、今日のタケルはそれをかわす余裕がない。
「何云ってんだよ!そんなんじゃないって!」
照れ隠しのように弁当に喰らいつくタケルに、ヒカリと大輔は目配せして、微笑んだ。
(――良かった。タケル君の家族、上手くいってるみたいだね)
二人の笑い合う仕草を無視して、タケルは弁当を平らげる。
綺麗になった空の弁当箱が目に入る。
ヤマトの作ってくれたお弁当は、とてつもなく美味しかった。
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新生活とタケルの心の変化。それが何かはまだ気付かない。
ヤマトがますます別人キャラです。書いてる人のタイプが反映されすぎてる…
私はヤマトに夢を見すぎだと思う(笑)
- 2010/06/24 (木)
- ヤマタケパラレル