作品
出会いは再会 2
2.
「やぁ、いらっしゃい」
日曜日、タケルと奈津子は、一緒に暮らすことになる石田家のマンションにやってきた。
石田は父親と兄の姓だ。両親が再婚するわけではないので、タケルは高石姓のままである。
表札には石田と高石が並ぶのかなぁと、タケルはぼんやりと思いながら、出迎えてくれた裕明にこんにちはと挨拶した。
今日から自分の家になるのだから、お邪魔しますは要らないだろうと思い、そのまま家に上がった。
母と二人暮らししていたアパートとは比べ物にならない、広い間取りのマンション。
改めて、親子4人で暮らすことになるのだと実感する。
「ずいぶん大きくなったなぁ、タケル」
裕明はそう云って、嬉しそうにタケルの頭を軽くなでた。
幼い子供にされるような行動に、タケルは気恥ずかしくて少し戸惑った。
けれど心から嬉しそうに笑いかける父親の表情に、同居を喜んでいる心情を察して、嫌な気分にはならなかった。
「荷物は午前中に届いたぞ。奥の部屋に、段ボールが置いてある」
「ああ、ごめんなさいね…私の荷物、多かったでしょ。仕事用の資料が大量で…」
「ぼちぼち整理していけばいいさ」
タケルはぼんやりと、両親が会話する姿を見ていた。
ずっと母親と二人で暮らしてきたけど、心のどこかで、こういう日が来るのを願っていた気がしないでもない。
「タケルの荷物は、左の部屋に置いておいたぞ。そこがお前の部屋で、向かい側がヤマトの部屋だからな」
「えッ…あ、はい」
突然、自分に声が振られたことと、兄の名前が出たことに、タケルはドキリとした。
奈津子は複雑な表情で、苦笑いしている。
タケルが兄の事を覚えていない、と話した時、奈津子は眼を見開いて、ひどく驚いたようだった。
その直後、とても悲しそうな表情をしたので、タケルはしまったと心の中で舌打ちして、すぐにごめんと云った。
タケルは幼いころから無意識に、母親を悲しませたり、心配させたりしないようにふるまう癖がついていた。
奈津子は、謝ることじゃない、タケルは小さかったのだから覚えていなくても仕方ないのだから、と笑って云った。
「ヤマトの奴、今日は母さんとタケルが来るっていうのに、バンドの練習を抜けられないって云ってな…。まぁ、もうすぐ帰ってくるだろう」
「別に、お互いの生活スタイルを変える必要はないのよ。これから一緒に暮らすんだし、無理をしてたらヤマトの負担になるわ」
「…あぁ、そうだな。お前の云う通りだ。タケルも、父さんやヤマトに気を遣うことはないからな。何かあったら、我慢せずに云ってくれよ」
「はい。…うん。わかった、父さん」
自分は上手く云えただろうか。タケルは、ぎごちなく笑って、自分の部屋に向かった。
◇
被っていた帽子を放り投げると、タケルはベッドの上に倒れこんだ。
ふーっと大きく息を吐いて、新しい自分の部屋を見回す。
こういうの苦手なんだよな。
人付き合いが嫌なわけではないが、極度に人に合わせようとする傾向にあるタケルは、他人と会話する時いつも気疲れする。
いくら血のつながった実の父親といえど、ずっと離れて暮らしていた裕明と久しぶりに対面すれば、ぎごちなくなってしまうのは仕方ない。
それもしばらくすれば慣れるだろう。自分の置かれた環境にすぐに対応できる自信はあると、タケルは強く思った。
以前住んでいた部屋よりも広い新しい部屋。今まで使っていた家具類はアパートを引き払ったときに処分したので、ベッドもデスクも新調されたものだ。
ちらりとドアの方を見た。
新築のマンションには、ご丁寧に各部屋ごとに鍵が付いているようだ。
タケルはうつ伏せになって枕に顔を埋めた。
ああ今度大輔君とヒカリちゃんを家に呼ぼう。彼らなら気兼ねなく呼べる。
少なくとも、数年のブランクがある父親と兄よりも、彼らの方が心を開ける。
奈津子には悪いけど、タケルは新しい家に孤独感を覚えていた。
小さく息を吸い込んだとき、部屋の外で声がした。
「たーだいまー」
低い男性の声。タケルはどきりとして、慌ててがばっと起き上る。
異常に緊張していた。過去に数回会った事のある父親よりも、未知の存在である兄の方が、タケルにとって大きなストレスだった。
「お帰りなさい、ヤマト」
「あー、母さん。久しぶり」
聞こえてくる奈津子と兄の会話。奈津子も少し緊張してるような声音だ。
対して、兄の方は久々の再開となる母親に対しても動じない、間延びしたような喋り方だった。
ここで部屋に閉じこもっているわけにもいかない。むしろ、奈津子と兄が話している間に顔を出しておいた方が気が楽だろうと思い、タケルは部屋を出た。
リビングに歩いて行くと、父と母と、向こう側にいた人物の顔が、同時にタケルの方に向けられた。
あぁ、嫌な瞬間…。タケルは息が苦しかったが、平常心を装って兄の顔を見た。
(あっ)
そこにいた顔に見覚えがあった。
遠い記憶。まだタケルが幼い時に、公園で一緒に遊んだ――
「――『きいろの髪のお兄ちゃん』だ」
思わず口に出た言葉に、その場にいた三人は、キョトンとした表情になった。
「…あっ」
タケルははっとして、口を手で覆った。
しまった!うかつに口にしてしまった声に、タケルはかぁっと赤くなる。
一瞬、間があったが、兄はぷっと吹き出して、直後、大きな声で笑い出した。
「金髪なのは、おまえも一緒だろ?」
笑いながら兄は云った。タケルはますます真っ赤になる。
まだ自分が幼稚園に入るか入らないかくらいの子どもだった時、何故自分は髪の色が他の友達と違うんだろうと、不思議に思っていた。
その時に、一人だけ、自分と同じ金色の髪と、蒼い目をしたお兄ちゃんがいて、一緒に遊んでくれたのだ。
昔とは全く違い、背が高く鋭い眼をした大人の男性である兄だったが、その顔を見たときに、タケルは忘れていた記憶を鮮明に思い出した。
当時は、そのお兄ちゃんがまさか自分の実の兄だとは思っておらず、近所に住む小学生だとばかり思い込んでいた。
だから、兄の存在をすっかり忘れていたのだ。
「…ごめんなさい…」
タケルは涙が出そうになるのを必死でこらえて、俯いた。こんなところで泣いてはいけない。恥ずかしさと情けなさが頭を駆け巡る。
「…タケル、いいのよ」
奈津子が優しく云って、肩に手を添えてきた。でもその声は悲しそうだとタケルは思った。それがひどく辛かった。
タケルが兄のことを覚えていなかったことを、裕明もヤマトも察したのだろう。裕明も俯いたままのタケルに困ったような表情を見せた。
その時、ヤマトはタケルの前までやってくると、タケルの頭をぐしゃぐしゃ撫でてきた。
裕明がしたよりも乱雑に。タケルはびっくりして顔を上げる。
ぼさぼさになった髪をヤマトはおかしそうに見ていた。
「タケル、俺と遊んだこと、忘れてたか。そっか、そっかぁ」
云いながら、ヤマトはにこりと笑った。とても優しくて、魅力的な笑顔だった。
その時、タケルは、生まれて初めて感じた感覚に、息を呑みこんだ。
胸を鷲掴みにされたような、頭が溶けそうな感覚――
見惚れる、とは、まさに今のタケルを表現した言葉だった。
真っ赤になって固まるタケルの顔を覗き込むように、ヤマトは中腰になった。そして悪戯めいた目をして、云った。
「実を云うとな、俺もお前の事、今まですっかり忘れてた」
あっけらかんとしたヤマトの言葉に、タケルは一瞬、ぽかんとした。
それから涙を一筋零して、大きな声で笑ったのだった。
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突然始まったタケル視点のヤマタケストーリー。しかも年齢差まで捏造です。
ヤマト兄さん初登場。まだ恋愛感情は芽生えていない時点の二人。
タケル話がやっと形になったけど、続きを書けるのかは未定(笑
- 2009/08/16 (日)
- ヤマタケパラレル