作品
出会いは再会 1
1.
「僕、兄さんができたんだ」
高石タケルは、まるで顔にニキビが出来てしまった、くらいのあっさりとした口調で、突然そう云った。
彼と対面して昼食を食べていた本宮大輔と八神ヒカリは、一瞬時間が止まったように、ぽかんとしてタケルの顔を見た。
「あ…もしかして、おばさん、再婚するの?」
手にしていた弁当をテーブルの上に置いて、ヒカリが控えめに尋ねる。
大輔は、紙パックの牛乳を飲みながら、黙ってタケルを見ていた。
「ううん、再婚はしないって云ってた。でも、えーと、復縁?とも違うのかな?」
「どういうこと?」
タケルはメロンパンを一口齧って、事もないように云った。
「母さん、別れた父さんと、また一緒に暮らすことにしたんだって」
◇
高石タケルは、お台場中学校の2年生だ。
金髪碧眼の外見は、母親がフランス人の父と日本人の母を持つハーフで、つまりタケル自身がクォーターだからである。
タケルの両親はタケルが幼い頃に離婚して、現在までタケルはルポライターである母親の奈津子と二人で生活していた。
その奈津子が、突然、別れた夫の裕明と同居することになった、とタケルに報告してきた。
両親が離婚したのはタケルがまだ3、4歳の幼児期だった。
しかし両親は険悪な仲で別れたわけではないようで(そのあたりの両親の事情は、タケル自身、深く追求することは出来なかったし、する気もなかったので詳しくはよく知らない)、離婚後も父親には数回会った事がある。
テレビ局に勤めている裕明は男らしく朗らかな性格で、タケルもそれなりに父を慕っている。
だからタケルは父と同居することに特に抵抗感もなく、両親が籍を入れることなく同居をする形をとるというのなら、どのような感情の変化があったにしろ、構わないと思っていた。
ただ一点、タケルにとって予想外だったのが、父とともに一緒に暮らすことになる兄の存在であった。
今は昼休み。タケル、大輔、ヒカリの3人は、学食近くの中庭の丸テーブルで昼食を食べていた。
3人は幼稚園の時からの幼馴染みだ。小学校までは同じクラスだったが、中学に入ってからヒカリだけ別のクラスになった。
それでも何かと行動を共にするのが多い3人は、いつも昼食を一緒に食べている。
タケルはバスケ部、大輔はサッカー部の仲間がいるし、ヒカリもクラスの友達と仲がいいのだが、何となく、3人でいる方が落ち着くのだ。
「お前、兄ちゃんいたんだ」
大輔が菓子パンを頬張りながら、軽い口調で聞いた。
「うーん、そうみたい」
タケルは曖昧に頷く。
「そうみたい?」
売店で買ったパンの二袋目を開けつつ、大輔は不思議そうな顔をする。
ヒカリだけが弁当で、タケルと大輔は売店のパンだ。
ただ、普段からパン食のタケルと違って、大輔の場合は母親の作ってくれた特大弁当を早くも2時限目の時点で平らげてしまって、昼食は学食で食べるか、パンを買い込むのが日課なのである。
「僕、母さんに云われるまで、自分に兄さんがいるって、知らなかったんだよね」
「え…」
大輔とヒカリは再び声を呑みこむ。
しかし、気が置けない仲である彼らは、あからさまに気遣うでもなく、自然にふーん、と頷いた。
ヒカリはリプトンの紙パック紅茶を一口飲んだ。
「お兄さんて、血のつながった本当のお兄さん?」
「うん。父さんも母さんと別れてから、再婚してないから…。小さい頃一緒に遊んだことあるって母さんに云われたんだけど、思い出せないんだよなぁ…」
つまり、両親が離婚したときに、タケルは母親に、タケルの兄は父親に引き取られたということだ。
タケルは、食べ終わったメロンパンの袋を、丁寧に折りたたんだ。律儀なわけではなくて、一人先に食べ終わって手持無沙汰だったからだ。
「ガキの頃の記憶なんて、そんなもんだろ」
大輔は焼きそばパンをぱくついた。
大輔とヒカリがタケルに出会ったころには、もうタケルは母親と二人暮らしだった。
記憶がないのも当然だと思った。
「ずっと一人っ子で暮らしてたから、兄弟って云われても、イマイチピンとこないんだよね。大輔君もヒカリちゃんも、きょうだいいるだろ。きょうだいって、どんな感じ?」
「えぇ?そう云われても…。お兄さんて、何歳なの?」
「今年、二十歳。大学生だって」
「あ、結構離れてるんだね」
「うちのねーちゃんより上だな」
大輔には高校生の姉がいる。気が強くてしっかり者の姉で、タケルが小さい時、何度か遊んでくれたことがある。
大輔はいつも喧嘩腰でクソ姉貴とかババァとか悪態をついてばかりだったが、大輔が遠出をするときは自分の携帯電話を貸してくれたりしたので、優しいお姉さんだとタケルは思っている。
「特に気を遣わなくても、自然に接していればいいと思う。それだけ歳の離れたお兄さんなら、理解もあると思うよ」
「そだな。大学生なら、居心地悪かったら自分から一人暮らしするだろうし。フツーにしてればいいんじゃねーの?」
簡潔に二人は云った。
タケル自身、そこまで深刻に考えていたわけでもなく、本気で相談したつもりもなかったから、自分の意を察して想定通りの答えを返してくれた二人に対して、にこりと笑ったのだった。
- 2009/08/16 (日)
- ヤマタケパラレル