作品
約束
桜が咲くにはまだ早い、3月下旬の午後。
一人の少年が、俯き加減にほてほてと歩いている。
彼は力なくしょんぼりとした様子で、頭にはお気に入りのゴーグルを掛けている。
憧れの先輩の真似。だけど彼にとっては精一杯の背伸びだ。
先輩に追いつくための。先輩の後ろに立つ、大切な存在に近づくための。
少年が小さな溜め息をついた時、後方から彼の名前を呼ぶ声がした。
決して忘れる事のない、可愛らしい優しい声。
「ヒカリ、ちゃん…」
「どうしたの、大輔くん。元気ないの、大輔くんらしくないよ?」
少女は心配そうな表情で少年を見詰める。
「うん…、だってさ、今日で4年生も終わりだなぁって…」
今日は終了式。午前中で式は終わり、小学校は春休みへと移る。
「そうだねぇ…一年があっという間だね。でも、どうしてそれで落ち込むの?成績表が良くなかったとか?」
少女は悪戯っぽく微笑む。
その仕草に、言葉通りの厭味は感じられず、むしろ心地よい暖かさを感じるのだから、本当に不思議な魅力を持つ少女だ。
「んー、それもある。けど…」
思わず少年も、先程までの陰鬱さが嘘のように顔をほころばせた。
「けど?」
「5年になったら、クラス変えがあるじゃん…。4年で折角ヒカリちゃんと同じクラスになれたのに、離れちゃうかも知れない…」
あ、と少女も口の中で小さく呟いた。クラス変え…
「でも、大輔くん。別に違うクラスになっても、遠い所へ離れ離れになっちゃうわけじゃないし…。それに大輔くんはお兄ちゃんの後輩だし、私サッカークラブの応援にも行く。何時だって、逢えるじゃない」
そう云いながらも、少女も少し寂しそうな表情になった。
そう。転校するわけでもないし、逢おうと思えばいつでも逢える。
だけど、5年になったら野外活動でキャンプもあるし、6年になったらメインイベントの修学旅行。
運動会に文化祭、どれを挙げても、クラス単位の集団行動の多い小学生の日常生活にとって、クラスが一緒か別かというのは、大きな違いなのだ。
二人は黙って立ちすくんでしまった。その二人の間を、冷たい風が吹きぬけた。
「…そうだ。こうしよう」
唇に人差し指を押し当てていた少女は、ふと何かを思い付いて顔を上げた。
何?と首を傾げる少年に向かって、少女は右手の小指を差し出した。
「・・・約束」
少女はにっこりと微笑む。
その笑顔を、少年は心から可愛い、と思った。
「約束?」
「そう。来年も、一緒のクラスになれますように、って。約束しよう?」
少年は体中の体温が上昇していくのがわかった。
どんよりと落ち込んでいる少年に対する少女の咄嗟のこの行為は、慰めでも気休めでもない。
本当に純粋に、同じクラスになる事を願ってくれているのだ。
それが彼女の笑顔から伝わってくる。少年はそれだけで嬉しかった。
「ヒカリちゃん、でもそれ、約束って云うよりおまじないみたいだね」
そうね、と少女は肩をすくめ、ふふ、と笑う。
そんな少女の仕草の一つ一つを、少年は心の中に刻んでいった。
そして少年はふと気づく。
彼女は同じクラスになる事を前提にして、あえて「約束」と言ったのだ、と。
何だか本当に、同じクラスになれるかも知れない。
いや、絶対なれるような気がする。
少年はあれだけ悩んでいた自分が嘘のように、気分が晴れていくのを感じた。
不思議な女の子。
だけど普通の女の子。
僕にとっての、特別な存在。
少年はますます少女の事が「好き」になった。
ねぇ?少女が急かすように小指を少年に差し出す。
少年は鼓動が高鳴るのを気付かれまいと必死で胸を抑えながら―――
少女の白くて細い小指に自分の小指を絡ませた。
END
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初めて書いた大ヒカ小説です。
サイトを立ち上げたころから載せている古い作品なのですが、今でも感想を頂くことがあって、すごく嬉しいです。
自分にとって大ヒカの原点と云うか、大切な作品です。
- 2001/06/18 (月)
- 短編
タグ:[大輔xヒカリ]