作品
東京の空の下 5
5.
あの時、私は、幼い頃のホイッスルの音を聞いた。
私とお兄ちゃんが、初めてデジタマを孵した時の出来事を思い出した。
お兄ちゃんが私のホイッスルを吹いて、仮想と現実の世界の扉を繋げた。
私にとって、ホイッスルは、デジタルワールドと現実世界を――
そして、私とおにいちゃんを繋ぐ、大切な宝物だった。
それは私にとって、大切な「希望の光」だったのだ。
そのホイッスルを、私はテイルモンに託したのではないか。
テイルモンは私のパートナー。私の紋章を受けて進化する。
そして、私の紋章――私の個性は、「光」。
テイルモンの持つホーリーリングは光の象徴だった。
皆の希望の光が、オメガモンに、そしてインペリアルドラモンに力を与えた。
私は、お兄ちゃんを、大輔君を、救いたかった。
それが私の「願い」だったのだ。
あの日のホイッスルの音が奇跡を生んだ。
そして、あの日のホイッスルは、私の「光」だった…
私は、無意識に大輔君のゴーグルに手を伸ばしていた。
ゴーグルを触っていた大輔君の手の上に、そっと、自分の手を添えた。
「ヒカリちゃん、」
一瞬吃驚していた大輔君は、少し照れくさそうな顔をした。
「大輔君、大輔君はお兄ちゃんの勇気の紋章を受け継いだけれど、その勇気は受け継いだ時に大輔君のものになったと思うの。この世に同じ人なんか二人もいないのと同じように… 大輔君の勇気は、お兄ちゃんの勇気とは違うものだよ。
私、ずっと、大輔君から目を逸らしていた。それは私の弱さだった。
私の中で、大輔君の存在が大きくなるごとに、お兄ちゃんの存在が消えていってしまう現実が怖くて、ずっと、ずっと、目を逸らしていたの…。」
私はぼろぼろと涙を零した。
ゴーグルが
ゴーグルが、霞んで見えない。
「・・・ヒカリちゃん・・・、」
大輔君はようやく、私に向って、いつもの笑顔を見せてくれた。
「ヒカリちゃん、泣かないで。俺だって、ずっとずっと、弱い心を持っていた。
…俺、ずっと太一さんに追いつきたいって思っていた。だけどもしかしたら、ずっと無意識のうちに、太一さんを追い越せないって云う気持ちに縛られていたんじゃないかって気がする…。
それは俺の弱さだ。太一さんは俺の憧れで、俺は太一さんをずっと尊敬してたから。勿論その気持ちは今だって変わらないよ。
・・・でも、でもさ、追いつくだけじゃなくて、追い越さなきゃいけなかったんだ。だって、俺は俺で、太一さんじゃないんだから。太一さんとは違う人間なんだから。
心の底でずっと、太一さんには敵わないって云う、諦めの気持ちがあったのかも知れない。俺は、憧れや尊敬って言葉で、諦めの気持ちを誤魔化していたのかも知れない。それはすごく卑怯なことだ。それは、俺の弱さだったんだよ。」
大輔君がそんな想いを抱いていたなんて。
私は愚かだ。自分だけ辛い気持ちで生きていた気分でいた。
自分のことだけで苦しがっていたなんて、私はなんて、なんて愚かな人間だったんだろう。
「今、やっとその気持ちに気が付いた。有難う、本当に有難うヒカリちゃん。」
大輔君はにっこりと笑った。
その瞳は
とても眩しくて
とても
とても綺麗で
ああ。
私は、この人が好きだ。
ずっと心の中でその気持ちに抵抗してきた。
おにいちゃんへの想いを手放すことが、怖かったから。
だけど、だけど、
私は、この人のことが好きだ。
自分の心に嘘はつけない。
自分の心を否定できない。
私は、大輔君のことが、好きなんだ・・・。
- 2003/03/27 (木)
- 『東京の空の下』
タグ:[大輔xヒカリ]