作品
東京の空の下 4
4.
何も答えられず、泣き続けたままの卑怯な私の顔をしばらく見つめていた大輔君は、やがて、小さく息をついて云った。
「・・・俺、」
ぼそりと、小さな声で。
「俺、太一さんとヒカリちゃんと同じ時に、選ばれたかった。」
彼は、心から切なそうな顔をしていた。
「俺、3年前に、太一さんとヒカリちゃんと一緒に選ばれし子どもになりたかった。 3年前に、ヒカリちゃんと一緒に、デジタルワールドを冒険したかった。
何で――何で3年後だったのかな。
最初は、いつかそのうち、太一さんに追いつけるんじゃないかって思ってた。いつかそのうち、ヒカリちゃんに近づけるんじゃないかって思ってた。たった3年のブランクなんて、すぐに埋められると思ってた…。
でも、違った。なんかさ、追いつこうとすればする程、太一さんもヒカリちゃんも、どんどん遠くに行っちゃうような気がした。
俺が選ばれし子どもになんかならなくて、デジタルワールドの事なんか知らなくて、ただの太一さんの後輩だった頃や、こっちの世界でただのヒカリちゃんの友達だった頃の方が、俺、よっぽど太一さんとヒカリちゃんの近くにいることが出来てたような気がする…。」
知ることが苦しさを増していく。
知らないでいることが救いだったのか。
こんな想い、気付かなければよかった。
こんな想い、気付いて欲しくなかった。
「俺…なんで選ばれちまったのかなぁ? 3年後なんて、なんで中途半端な時に選ばれちまったのかなぁ…
…俺、紋章を受け継ぐことしか、出来なかったのかなぁ…。」
大輔君が頭のゴーグルを軽く撫でながら言った。
ああ。
お兄ちゃん。
おにいちゃんのゴーグル。
「・・・ちがう・・・。」
私は必死で声を出した。苦しい。何で声が上手く出ないの。
ちゃんと話さなければ想いは伝わらない。
ちゃんと伝えなければ想いは心の枷になるだけなのに。
「違う、違うよ、大輔君・・・。」
私は、ゆっくりと、大輔君に近付いた。
大輔君との距離が近付くたびに、私の中にあるお兄ちゃんの存在が、少しづつ、姿を消していくのを感じた…。
「違うよ。大輔君、それは違う。」
今度ははっきりと声が出た。
私は大輔君のすぐ傍まで来た。大輔君は少し困ったような顔をした。
「私…、私、大輔君が、新しい選ばれし子どもになった時、本当のことを言うと、怖かったの。」
大輔君は複雑な表情で私を見つめていた。
「大輔君が選ばれし子どもになって、大輔君を近くに感じることが、私、怖くて、怖くて仕方なかったの。
…だって、大輔君が近付いてくる度に、どんどん、どんどん、お兄ちゃんが、遠くに行ってしまうような気がしたから…、」
大輔君のゴーグルが朝日を受けて眩しかった。
そう、それは、大輔君のゴーグルだ。
「でも、それは私の中に弱さがあったから。大輔君を見るたびに、私は自分の弱さを感じて苦しかった。
・・・でも、でもそれだけじゃなかったよ。
大輔君の存在が、私を、私をどれだけ救ってくれたか、言葉じゃ云い切れないくらいだったのよ。
大輔君がいてくれたから…、大輔君がいてくれたから、私は強くなれた。」
大輔君の頬が朱に染まっていく。
私は、そこまで云って、さっきのテイルモンの言葉を思い出した。
――それは違うよヒカリ、
――ヒカリが頑張ったから私は強くなれた。
ああ、テイルモン、あなたは気付いていたのね。
私の中で、何かがすぅっと流れていくのを感じた。
- 2003/03/27 (木)
- 『東京の空の下』
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