作品
東京の空の下 2
2.
***
私はひたすら走っていた。
決して後ろを振り向いてはいけない。
振り返ってしまったら、一度決断した意志が、脆く崩れ散ってしまって、
その意志はもう二度と、元に戻す事は出来ないと思ったから。
…決して、振り返ってはいけない。
そう、自分に云い聞かせながら。
***
東京湾に屯する子供たちの群れを必死で掻き分けて前へ進む。
何度も人にぶつかり、何度も頭を下げて、それでも前へ進む。
タケルくんとは正反対の道へ。
お兄ちゃんがいる場所とは、正反対の道へ。
思いを吹っ切るように、ひたすら前だけを見ていた。
息切れしながらもやっと人波を抜け出せた私は、肩で息をしながら足を止めた。
目の前に広がる朝日の強い日差しが眩しすぎて、顔を顰める。
その先に、東京湾を仰ぐように大きく背伸びをしている人影を見つけた。
私の気配に気がついた人影が、くるりとこちらを振り返った。
逆光で顔が見えない。
その影は、大きく揺れ動いて嬉しそうな声を出した。
「ヒカリちゃん!!」
大輔くん。
私の名前を呼んでくれる、彼の声を聞いた途端、私は泣き出してしまいそうになった。
大輔君はそんな私の心に気付くはずもなく、私のほうに駆け寄ってきた。
間近に見る大輔君の瞳は、とても綺麗で、輝いて見えた。
私はずっと、彼のその瞳に見つめられるのが怖かった。
彼の瞳は純粋だった。
全てのものを純粋に映す力強い瞳だった。
だから、私は、その瞳に見つめられるのが、怖かった。
自分の奥深くにある闇の部分を、輝く瞳で見透かされているのではないかと思うと。
私の闇の部分を、大輔君に知られてしまうかも知れないことが、
ただひたすら、怖かったのだ。
「俺たち、やったよ!ディアボロモンが進化したデジモンを、倒したんだ!」
興奮しながら手をぶんぶんと振って、勢い良く話し出す大輔君。
「一時はどうなるかと思ったけどさ、俺たちやったんだ!
あ、賢とブイモンとワームモンは、まだあっちの方で眠ってんだけどな、皆疲れてるから起こすのもなんだなーって、寝かせたままにしてやってんだ。でもオレだけ先に起きちゃってさー、一度起きちまったら、ホラ、闘いの事思い出して興奮して寝れなくなっちゃってさ。」
「うん、うん、大輔君も一乗寺君も、本当にどうも有り難う。インペリアルドラモンも、すごく格好良かったよ。」
私は微笑んだ。大輔君の頬がピンクに染まっていくのが解った。
「―あー、で、でも、俺たちだけの力じゃなくて、皆のおかげなんだよな!」
大輔君、声が裏返ってる。
「それに、それにさ、太一さんとヤマトさんだって――」
突然、
何の心構えもなく、
大輔君の口からお兄ちゃんの名前が飛び出してきて、
私は思わずビクッ!と肩を震わせた。
「…ヒカリちゃん?」
大輔君に不審に思われた。私は努めて平静を装った。
「どうしたの?大丈夫?」
「…うん、平気、」
「ヒカリちゃん…太一さんたちの様子、如何だった?」
「え?」
「オメガモンがあんなことになって――太一さんたち、」
「え?」
「くそ、オレ、何だか上手いこと言えねぇよ…。でも、ヒカリちゃんだったらきっと太一さんの事、」
「え?」
「だから、太一さん――……え?」
大輔君はきょとんとした顔で私を見た。
「太一さんたちの所、行ってきたんじゃないの?」
一瞬、間。
大輔君は鳩が豆鉄砲を食らったような表情で私を見たまま固まっている。
多分、私も大輔君と同じ顔をしているのだろう。
お互いに相手の顔を見つめたまま、私たちの時間は止まっていた。
先に沈黙を破ったのは大輔君。
「・・・太一さんたちの所、行ってきたんじゃ、ないの?」
私は、こくっと息を飲んだ。
苦しい・・・。呼吸が出来ない。
「まだ、・・・行ってないの?」
唇をかみしめたまま私は、僅かに首を縦に振った。
「…じゃあ。太一さんの所より先に、オレの所に、来てくれたの…?」
もう一度、こくんと。
今度は、はっきりと。
首を縦に動かす。
「そう…なんだ。」
その時、私は気付いてしまった。
大輔君が、
ほんの一瞬、
勝ち誇ったように、
本当に心から嬉しそうな顔をしたのを。
- 2003/03/27 (木)
- 『東京の空の下』
タグ:[大輔xヒカリ]