作品
東京の空の下 1
DIGIMON ADVENTURE 02: Diaboromon Strikes Back
Under the sky in Tokyo
東京の空の下
1.
***
あの日の笛の音を、
聞いた、気がした。
***
2003年、春。
夜明けの東京、お台場。
私たちはお台場中学校のパソコン室で息をついていた。
つい先刻までの出来事が、まるで嘘のような静けさ。
ぼんやりと窓から外の景色を眺めていた私は、腕に抱き締めていたテイルモンの呼びかけで、はっと意識を取り戻した。
「ヒカリ、大丈夫?落ち着いた?」
爽やかに笑うテイルモン。激戦を終えた後の爽快感。
そう、たった今まで、私たちは息を飲む戦いを見守っていたのだ。
「大丈夫。なんだか気が抜けちゃった、」
私はテイルモンに向って笑った。テイルモンも笑った。
少し眠そうなテイルモンを見て、ああそうだ、私たちは一睡もせず夜を越したのだという事に改めて気が付いた。
――なんだか何もかもがぼんやりしている。
張詰めていた緊張が解けたからだろうか・・・
「テイルモン、少し寝たら?疲れたでしょう、」
「それならヒカリも。よく頑張ったねヒカリ。」
私は思わずくすっと笑う。
「私は何もしてないよ。
テイルモン、進化してお兄ちゃんたちのサポートをしてくれて有難う。」
「それは違うよヒカリ、」
テイルモンは今にも寝入りそうな、ウトウトとした瞳を私の方に向けた。
「ヒカリが頑張ったから私は強くなれた。」
小さく、消え入りそうな声でそうテイルモンは呟き、そのまま深い眠りに落ちていった。
「テイルモン」
私は慌てて、ずり落ちそうになったテイルモンを抱きなおした。
「私も有難う、」
私の声が届いたのか、テイルモンは小さく微笑んだ。
***
「ヒカリちゃん、大輔君たちの所に行こうか」
テイルモンと同じく疲れて眠ったパタモンに毛布を被せていたタケル君が、不意に振り向き私にそう云った。
「え、今から?」
「うん」
後ろを振り向くと、相変わらずぐったりとしてる光子郎さんの頭の上に、ミミさんが本を積み上げて遊んでいた。
そんな二人の様子を見た私ははっとした。
そうか、二人は久々の再会だ。
復活したディアボロモンの件でドタバタしていてすっかり忘れていたけど。
そうかそうか、私たちはお邪魔だね。
私はタケルくんに向って軽く微笑んだ。
「ミミさん、私たち、大輔君たちのところへ行って来ます。」
「え、じゃあ私も行くわよ。空さんに久し振りに会いたいしー。」
「ここの教室の責任者の光子郎さんがばてちゃってますから、ミミさんお留守番しててください。お願いします。」
こう云うときのタケルくんの対応って抜け目がない。
きょとんとしているミミさんに背を向けて、私たちはパソコン教室を退出した。
お台場中学校の校門を抜けた頃、タケル君が私のほうを見てちょっと意地悪そうに云った。
「こういう事、普段ならヒカリちゃんが先に気付くのに。」
「え、」
「さっきから、ぼぅっとしてるね。」
「・・・、」
こういうときの、
タケルくんの、
対応って、
「・・・。」
私は声が出なかった。
彼は気付いているのか。
あの時、笛の音が聞こえたの、
私とおにいちゃんを繋ぐホイッスルと、
彼と、彼のお兄さんを繋ぐハモニカが、
私たちは、
私たちはあの時何を聞いたのか、
あれは空耳だったのか・・・
「行こう」
まだ意識が朦朧としている私を現実に引き戻すかのように、
タケルくんは強い口調で私を促した。
東京湾周辺はまだ騒然としていた。
無理もないだろう、アーマゲモンとオメガモン、
そしてインペリアルドラモンのあのような激闘を目の当たりにしたのだから。
戦いが終わっても未だに興奮が冷めやらない子供たちが大勢で熱く話し合ったり携帯で話をしたりメールを打ったりしている。
この中から大輔くんたちを探すのは大変かなと思いながら人ごみを掻き分けて私がおろおろしていると、タケルくんは雑踏とした人ごみを避け、迷うことなく人だかりの少ない方向へ進んでいく。
「え、」
タケルくん、そっちは。
そっちには。
私の迷う視線に気付いたのか、タケルくんが振り向いた。
「こっちに来る?」
「え、」
私は声が出なかった。
でも私は、タケルくんが、きっとそっちへ行くだろうと思っていた。
パソコン教室を抜けて、東京湾に向かおうと彼が云い出した時から…
そして私も、そちらの方へ行くつもりだった、
そう、インペリアルドラモンが勝利した方角ではなく、
オメガモンが敗北した場所へ――
そこにいるのは、私たちの、兄だから。
私は足が竦んだ。
そんな私の様子を見て、タケルくんは困ったように微笑んだ。
「そんな目で見ないでよ、」
「・・・。」
「ヒカリちゃん、今にも泣きそうだ。」
本当、私、如何しちゃったんだろう?
凄い激戦を見た後で、まだ興奮しているのかしら。
それとも徹夜で寝てないから頭がぼうっとしてるのかしら。
どっちでもあるような、どっちでもないような、説明できない気分だった。
一つ云える事は、私たちはこの戦いに勝利したと云うのに、私自身が、何とも云えないすっきりしない気分だという事――
でもきっとそう思ってるのは私だけで。
皆はアーマゲモンを倒した事に歓喜しているはずなのだ。
私がこんな気持ちになるのは、あのホイッスルの音を聞いたから・・・?
タケルくんには、聞こえたのかしら。
それが知りたかった。
無性に。
私と同じ痛みを知っている彼に。
私は声が出なかった。
喉が痛いほど乾燥していた。
タケルくんはまた微笑んだ。
ねえ、ねぇもしかしたら、
私たちが、今ここで分かれる方向は、
今まで迷い続けてきた想いに対する、
決断の分かれ道なのかも知れないのね・・・
タケルくんは何も云わなかった。
ねぇ私、そっちへ行きたいのよ。
お兄ちゃんのいる方向へ、行きたいのよ。
そのつもりでここに来たはずだった。
オメガモンが倒されて。
インペリアルドラモンがアーマゲモンを倒した。
お兄ちゃんは今どんな思いでいるのだろう・・・
兄の傍に行きたかった。
なのに。
ああ、足が動かない・・・
あの日のホイッスルの音を、聞いたような気がしたの。
タケルくん。たけるくん。あなたは?
タケルくんは小さく息をついた。
そして私を見放して歩き出した。
彼の選んだ方向へ。
私は、タケルくんの後ろ姿をぼんやりと眺めていた。
そして、わたしは、
決断した。
- 2003/03/27 (木)
- 『東京の空の下』
タグ:[大輔xヒカリ]