作品
掌に感じる
真っ暗な世界がゆっくりと光を取り戻していく。
(…いててて…)
何だか頭が凄く重たい。
起き上がろうと身体をずらすと、温かい何かが頭と掌に触れた。
柔らかな感触がズキズキする後頭部を優しく慰めてくれる。
(…あれ?)
気持ちが良かったので何度もそれを撫でた。
心地よさに、思わずうっとりとして顔を押し付けようとしたとき、
額に固いものがカチリと当たった。
「…コラ」
頭上から小さな声がして、やっと意識がはっきりしてきた。
それと同時に、視界に入ってきたのは、透き通るようなきめの細かい肌。
「…う、」
大門マサルは、そこで初めて自分の置かれている状況に気がついた。
「う、わぁぁぁぁ!」
叫んで、そこから跳ね起きる…ことは、出来なかった。
傷だらけの体が痛みを訴えて、思い通りに動く事が出来なかったのだ。
「静かに、しなさいって」
馬鹿でかい声に思い切り顔を顰めた藤枝ヨシノは、動こうとしたマサルの頭を抑え付け、自らの膝に押し付けた。
マサルは羞恥のあまり硬直する。
先程までこのような状態でヨシノの太腿に顔を埋めていたのだと知った。
所謂、膝枕状態だ。
「ヨシノ、おま…」
「まったく、ボコボコにされたくせに、よくそんな大声出せるわね」
呆れたような口調。
無意識とはいえ、ずっとヨシノの太腿を撫でていたのに、そんな事は気にしていないかのようなあっさりとした態度だった。
意識がはっきりしてくると、自分が置かれている状況が少しずつ思い出されてくる。
ここはデジタルワールドだ。
突然目の前に現れたデジモンに、意気揚揚と突進したものの、予想外の数の多さに苦戦して、あちこちから攻撃を喰らってしまったのだ。
「くそ…一対一なら絶対負けねぇのに」
「まだそんなこと云ってる」
頭の上で、ヨシノのため息が聞こえた。
「あいつらどうなったんだ」
「トーマ君とガオガモンが抑えてくれてるわ。ライラモンも。
アグモンはギリギリまであんたを守ろうとして頑張ったんだけど、限界だったみたいで」
す、と僅かに身体を動かすと、横で倒れているアグモンを見た。
「ア、アグモン…!」
アグモンに手を添えようとして、また身体が悲鳴をあげる。
「ぃって…!」
「動かないの!アグモンは大丈夫よ、トーマ君が診てくれたから…あんたよりは軽傷よ。疲れて眠ってるだけだから」
「そ、そうか…」
ほっと息をつくと途端にピリピリと傷が軋んだ。
「情けねェ…」
「そう思うなら、考え無しに行動するのは、控えて欲しいんですけど。みんなの迷惑になるんだから」
説教されて、うっと言葉に詰まる。
いつもなら強気で反論してしまうところだが、この状態で何を言っても言い訳にしかならない。
「それに…心配したんだからね」
トーンを落とした声音に、一瞬、どきりとする。
それと同時に、再び思い出す、この膝枕状態。
怪我人になってしまったのは情けないが、こんな役得があるのなら、少しだけ嬉しいと思ってしまうのも本音だ。
恥ずかしさと同時に、ヨシノの太腿の柔らかさにのぼせてしまう。
「…悪かったよ」
「解れば、宜しい」
お姉さんらしく、ふ、と笑う優しさに、胸がコトリと音を立てた。
(…ヨシノ、何か良い匂いがする)
化粧気の無いヨシノは、勿論香水の類もつけているはずも無い。
だけど、仄かに掠めるその香りは、懐かしさを思わせる、女性特有の甘い匂いだった。
母親を、思い出す。
今では誰にもいえない秘密だが、マサルは幼い頃はかなりの甘えん坊だった。
父親譲りの正義感の強さで、外では喧嘩ばかりのガキ大将だったが、家に帰ればすぐに母親に甘えた。
妹が生まれ、父親が失踪してからは、自分が母親と妹を守らなければならないという使命感で、甘え心を封印した。
母親が未だに自分を子ども扱いするのも、幼い頃の名残があるからなのだろう。
その母親と同じような香りを、ヨシノも持っている。
当たり前の事だが、彼女は女性なのだなぁと、バカなことを思った。
少し体勢をずらして顔を上げると、目に入るのはなだらかに膨らんだヨシノの胸元だった。
滅多にお目にかかれない、下から見上げるこのアングルも、かなり魅惑的だった。
――ああ、触りてぇ。
こんな状況で。
弱っているからこそ欲に駆られるのか。
男というものは、どうしようもない生物だ。
マサルの視線に気付いたのか、ヨシノが見下ろしてくる。
「何」
マサルの顔を覗き込むように、上半身を倒してくれば、頭に僅かに胸が当たる。
(うっ)
それを望んでいたくせに、いざ近づくと羞恥で顔が火照ってきた。
これ以上近づくな。そんな目で、オレを見るなって。
何が何だかわからなくなって、頭の中がぐるぐるしてきた時だった。
目が醒めたときと同じ、額に固い何かがカチリと当たった。
「…でこピン」
軽く弾いたヨシノの爪だった。
「……」
マサルは言葉に詰まる。
見透かされた?
かぁ、と身体全体が熱くなるのと同時に、ヨシノの掌が、マサルの額に触れた。
ヨシノの掌は冷たくて、心地よかった。火照っていた身体がすぅと熱を引いていくのが解った。
「…これはトーマ君の受け売りなんだけど」
ヨシノはそう云って、もう片方の手をマサルの手に乗せた。
「人のA-10神経細胞を刺激すると、脳内ホルモンが出てくるのよ」
「は?」
「β-エンドルフィンっていう、脳内物質…」
「…わかんねーよ」
マサルの甘ったるい感情など振り払うような会話だった。
「簡単にいうと、鎮痛効果が得られるの」
そう云って、ヨシノはマサルの手を握り締めると、突然自分の胸に導いた。
「う、わっ!」
不意をつかれて、マサルは情けなく慌てた。
頭の中では、どっかーんと銅鑼が音を響かせていた。
「おい、ヨ、ヨシ、ノ…っ」
「怪我人は黙ってなさい」
ぐるぐるぐるぐる。アホのように頭が沸騰してくる。
何時しかマサルの手からヨシノの手は離れていたが。
マサルは、ヨシノの胸を離すことが出来なかった。
柔らかな感触。
少し手に力を込めると、弾力を伴って跳ね返ってくる。
もう建前とかプライドとかどーでもいい。
気持ちが良くて、身体の芯まで蕩けてしまいそうだった。
「医療行為ですからね」
冷たい言葉とは裏腹に、ヨシノの口調は、何処か熱っぽい含みを感じさせた…のは、多分、マサルの都合の良い妄想だ。
今、マサルの脳内には、エンド何とかとかいう物質が、大量発生しているのだろう。
「コラ、もうおしまい」
ぺしり、と額をたたく。
「……」
「じゅうぶんでしょう」
確かに、先程まで悲鳴をあげていた体中の痛みは引いていた。
痛みが引くと、逆に頭がスッキリしてきて、自分の行為の恥ずかしさだけが残ってしまった。
「すげ、エンド何とか。効果テキメンだな」
わざと、紛らわすようにおどけて見せる。
単純ねぇ、と呆れたような声が返ってきた。
「エンドルフィン、よ」
「そう、それそれ」
「脳内モルヒネなの。麻薬みたいなものなのよ」
「…麻薬」
訳もなくぎくりとする。
「人は誰でも、自分の中に麻薬を持っているの」
だから。
だから、求めてしまうのか。
「習慣性のあるものだから。程々にしておかないといけないの」
そうでしょ?
と、ヨシノは少し寂しそうな表情で、マサルを見た。
…それも、多分マサルの願った妄想だと、思う。
優しい言葉。
ヨシノの胸。
透き通るような肌。
甘い香り。
柔らかな感触。
それは気持ちの良い麻薬。
習慣性。
クセになる。
すべてが。
欲しくなってしまう。
だから、抑えるところは抑えておかなければ、いけないのだろう。
――弱ぇなぁ、オレ。
頭の芯まで痺れた感覚は、眠気を誘った。
目を瞑ると、ヨシノの手が優しく頭を撫でてくれた。
「もう少し、休んでいなさい」
いつもの命令口調。年下だからって、子ども扱いしやがって。
何か言い返そうと思ったが、睡魔に襲われて、そのまま意識が遠のいた。
ふぅわりとした気持ちよさが、温かかった。
END
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ありがちストーリーです。
カップリングにハマると、お約束的に、書きたくなるんですよねぇ(笑)
トマヨシもマサヨシも好きです。
※どうでもいい裏設定(若干ネタバレ)
トマヨシ長編『piece』と同じ時間軸と云う設定です。
詳しくは、『piece』のあとがきにて。どちらを先に読んでも大丈夫だと思います。
- 2006/11/04 (土)
- 短編
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