Digimon Novels

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サマー・バレンタイン

7月7日。
日本では七夕というメジャーな暦の日に、高石タケルは兄の石田ヤマトに呼ばれて石田家のマンションに来ていた。

ヤマトはタケルに会う度に、自分たちを織姫と彦星になぞらえる。
両親が離婚して、普段は別居しているからとは言え、幼いころとは違って今は連絡を取り合えば何時でも簡単に会うことが出来るのに、未だに年に一度だけ逢える恋人の物語と自分たちを重ね合わせるのは、何だかなぁ、とタケルは思う。
第一、兄弟なのに織姫と彦星って。

石田家は相変わらず汚い。
掃除は行き届いているから不潔という訳ではないが、目に付く場所に無造作に放置された物が多すぎて、雑然としているのだ。
男所帯だから、とヤマトはいつも苦笑する。
父子は整理整頓が苦手、と云うより、人に見られても気にならないのだろう。

ヤマトがキッチンで飲み物を用意している間、タケルはリビングのテーブルに置かれている物に目を留めた。
淡いブルーの包装紙とリボンで可愛らしくラッピングされた洋菓子の箱のようだった。

ぼんやり眺めていると、アイスコーヒーを淹れたグラスを乗せたトレイを手にリビングに戻ってきたヤマトが、にこりと笑って云った。

「サマーバレンタインって、知ってるか?」

聞き慣れない言葉にふるふると首を横に振ると、テーブルにグラスを並べながらヤマトは云う。

「7月7日の七夕の日に、大切な人にお菓子をプレゼントするって云う、夏のバレンタインデーのことなんだってさ。今日偶然ケーキ屋の前通ったらポスターが貼ってあったから、買ってきた」

「中、マカロン。」と、やたら嬉しげに話すヤマトに、タケルは眉を顰めてテーブルの上の箱を見詰めた。
小さい頃はクールで硬派だと思っていた兄は、実は意外とロマンチストなのだ。
ヤマトがバンド活動を始めてから創作した楽曲の作詞を読んだときの、『想像していたヤマト像』と現実とのギャップに受けた衝撃を、今でもタケルは忘れられない。

「夏場に売り上げが落ちる洋菓子業界の苦肉の策に、わざわざ便乗することないのに」
「…お前、相変わらず冷めてるなぁ」

ヤマトは苦笑する。タケルは小さくため息をついた。
自分が嫌な性格の人間だという自覚はあった。
努めて呆れ返っている雰囲気を演じてみたものの、本心は別のところにあったから。
目の前の可愛らしいプレゼントを、ヤマトから受け取ることの出来る見えない人物に、心のどこかで嫉妬しているんだ。
こんなことを考えてしまうのは、未だにお兄ちゃん離れが出来ていないからだろうか。
自分の独占欲の強さに、タケルは時々自分の感情がセーブできなくなりそうで怖くなる。

「…まぁ、女の子はこう云うイベント、好きだから良いんじゃないの」

フォローのつもりだったのに、完全に嫌味な発言になってしまった。
しかしヤマトは腹を立てるでなく、きょとんとした表情を浮かべてタケルを見ている。

「何云ってんだ?これは、お前にやるんだよ」
「え?」

云われて、言葉の意味を即座に理解できなくて、今度はタケルの方がきょとんとした顔になる。

「うん、だから、お前に買ってきたんだってば」
「はい?」

ヤマトはテーブルの上の箱を手に取ると、タケルの方に差し出した。
条件反射で手を出して受け取ってみた後で、タケルははたと我に返る。

心臓が、どくんと音を立てた。

「お兄ちゃんって、僕の事好きだったの?!」
「知らなかったのか?」

タケルの口から飛び出した頭の悪い質問に、ヤマトはこともなげに答えた。

云われて、タケルは狼狽する。

「いやいやいや、男だし!」
「うん」
「そもそも、兄弟!」
「知ってるよ」

軽くパニックになっているタケルが手に乗せたプレゼントを落としかける。
慌てて持ち直そうとした手首に、ヤマトの手が添えられて、タケルはどきりとした。
ヤマトの助けのお陰で箱は床に落ちずに済んだが、タケルは固まって動けなくなってしまった。

「…それでも、好きだ」

ヤマトが口元を斜めに曲げてそう云った。
瞳の奥の表情が読みとれなくて、タケルは言葉が出ない。

ヤマトは優しく手を離して、そのままその手を、くしゃりとタケルの頭の上に乗せた。

それは幼いころからしてくれた兄の仕草で、だけど今は、それ以上の何か別の感情を、タケルに与える動作だった。

手の上のマカロンの箱はとても軽いのに、何だか酷く重たく感じた。

・・・織姫と彦星の例えって、最初から、そのつもりで云ってたの?



◇◇◇


箱から取り出したカラフルなマカロンをお皿に盛って、タケルはそれをもそもそと口に運んで食べていた。
マカロンは好きだったけど、今はそれどころじゃなくて、味なんかよく分からない。
ヤマトは氷が溶けてすっかり味が薄くなってしまったアイスコーヒーを、少しずつ飲んでいる。

「それで?」
「え?」

突然、ヤマトに切り出され、タケルはびくりと肩を震わせた。

「な、何が?」
「いや、タケルの方は、如何なのかなぁって」
「ど、如何って、どう…」

手にしたピンク色のマカロンを、持て余すように親指と人差指で軽くつぶす。

グラスに口を付けるヤマトの、唇の動きに身体が熱くなるような気がした。



知らない。

こんな自分は、知らない。



ヤマトは、すぅと目を細めて溜息をついた。

「ごめんな、急に変なこと云って」

軽く微笑むヤマトの表情に、タケルは胸が締め付けられる感覚を覚えた。

「いや俺さ、自分の中で、何度も考えてぐるぐるして来たんだよな。そのうえで最終的にこういう結論になったわけだけど、タケルにとっちゃ唐突で、困惑するに決まってるよな。いや、ヘンなこと云う兄貴で済まん」

「勝手な言い分だけど」と、片手を上げて、うんうんと冗談めかしくヤマトは云った。
きっと、気を遣ってくれているんだ。
タケルは何とも云えない気持ちになって、ぼんやりとした浮遊感の中でマカロンを口に入れる。

「…よく、わからない」
「ん?」

下を向いて、ぽそりと呟く。タケルの言葉に、ヤマトは首を傾げる。

「たぶん――」

多分、自分が今まで兄に近づくものに対して感じてきた嫉妬と独占欲は、そう云う事が原因だったのかもしれないけど、それを受け入れるには、まだちょっと、頭が混乱している。

「たぶん、僕の好きとお兄ちゃんの好きは、違うのかも知れない…」

家族として、兄弟として。それとも。
それ以上の感情に気づいてしまったら、自分はどうなってしまうのだろう。それを考えるのが怖い。

「ああ、うん――」

ヤマトは相槌を打って、皿のマカロンを一つ摘まむ。
それは、まぁ、そうだよなぁ。と、
間延びしたヤマトの声が、下を向いたままのタケルの耳に届く。

ヤマトはアイスコーヒーの最後の一口を飲み終わってから、カーペットの上に胡坐をかいた。


「お前の云う、好きって、どんななの」

聞かれて、首を振った。

「よく、わからない。お兄ちゃんは?」

兄はどんなふうに、自分を好きだと思ってくれているんだろうか。

「俺?うーん…俺の好きはさ、割と、明快なんだよなぁ」

タケルは顔を上げて、ヤマトを見た。

「例えば、タケルに触れたい、とか、キスをしたい、とか、そういうこと」
「…は」

そういう、「好き」なんだよ。


タケルは顔が沸騰したように熱くなった。
本当に――もう、本当に、この兄は!どうしようもない!

腹立たしさと苛立ちと羞恥心とがごっちゃになって睨みつけると、ヤマトは困ったように、「そんな顔で見るなよ」と云った。

「怒ってるんだよ!」

タケルが叫ぶようにそう云うと――

「そんな顔されたら、歯止めが利かなくなるじゃないか」

ヤマトは笑った。


困る。
そんな言い方されたら、
今まで名前を付けることが出来ないでいた感情に気づかされてしまう気がして――

本当に、困る。


タケルは天を仰いだ。
七夕の夜空にどんなにお願いをしたところで、誰かが助けてくれるわけがない。


サマーバレンタインなんて、こんな厄介なイベント、誰が考えたんだろう。


END




***********************************************************

2012年のヤマタケ記念日にやっつけ的なSSを投下。

お、オチがない…^^;
ヤマタケのカミングアウト話は今まで色々なパターンを書いてきましたが、
家族愛(兄弟愛)と恋愛感情の狭間で悶々とする二人の関係を書く時が一番楽しいです。
あ、もちろん、吹っ切れてラブラブ状態のヤマタケも大好物ですが(笑)
お兄ちゃんは、ここに行きつくまでに、きっとタケルよりもいっぱい悩んで苦しんできたと思う。

なにはともあれ、ヤマタケ記念日おめでとう。
ヤマトの織姫と彦星発言はまったくけしからん(愛情表現)ですな!

  • 2012/07/07 (土)
  • 短編

タグ:[ヤマトxタケル]

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