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虹をみること 5

5.

樹莉と別れた啓人は、自分の部屋に戻って、小さな溜息をついた。
――何か、きっかけがあれば。
樹莉の云う通りだ。
啓人はずっと意地っ張りな留姫の性格に困惑していたが、よく考えると、頑なな態度で一歩も譲らない所は自分も留姫と同じだったのかも知れない。

「…きっかけって云ってもなぁ。」

ぽつりと独りごちる。

窓の向こうに目をやると、朝からの曇り空からついにぱらぱらと雨が降り始めていた。
はっきりしない天気。暗い空と情けなく降る小雨。
まるで、今の自分のようだった。
椅子に座り、天井を仰ぐ。

何がいけなかったんだろう。

あの時、何で留姫は怒ったのか。
そして、何故傷ついたのか。
啓人はふと思う。自分は今まで、自分のことしか考えていなかった。
自分は留姫をどう思っているのか、何故自分はあの頃より留姫のことを知りたがっているのか。
そんな自分の変化にばかり気を取られて、留姫が自分に対して何を思ったのか、留姫は自分のことをどういう目で見ているのか、漠然と考えつつも、きちんと考えていなかった気がする。

――そうだ、自分に欠けていたのはこれだったのではないか…。


だんだん、心が晴れてくる気がしてきた。

「…あ。」

啓人の心境を察したかのように、降り続いていた小雨が止んだ。
窓の向こうの景色を眺める。
雲が晴れて、太陽の光が窓ガラスの雫に反射する。
そのまぶしさに顔を顰めて、窓を思いっきり開けた次の瞬間。










雨上がりの晴れた空を見上げたら、大きな虹がかかっていた。










啓人はぽかんとした。
こんなに大きな虹を、彼は今まで見た事がなかったのだ。
空いっぱいに七色の光を描いた虹は、まるで商店街を包んでいるかのようだった。


途端、啓人の頭の中にあった言い訳の数々は、あっという間に消えていた。


頭の中に浮かんでいるのは、ただ、あの日の留姫の表情――顔を赤く染めて、啓人をひっぱたいた時の、怒っているような、困惑しているような、複雑な目で啓人を見ていた、あの留姫の表情だけだった。



啓人は大急ぎで階段を駆け下りる。
電話。否、電話さえももどかしい。
走っていては間に合わない。
消えないで。お願い、神様、もう少しだけ。
気が付くと、自転車に鍵を差し込んでいて。
全力で、彼は自転車を走らせた。




******




留姫は学校から帰ってくると、重い足取りで自分の部屋へ向かっていた。

途中で雨に遭ってしまい、小雨だったから良かったものの、髪が軽く湿っていた。
朝から曇り空で、午後から雨が降ることは知っていた。
登校前に祖母に折り畳み傘を持っていくよう云われていたが、それすら億劫だったので雨具を持たずに家を出たのだ。

「お帰り。留姫、あれだけ云ったのに傘持っていかなかったのかい?」

祖母がタオルを持って来てくれた。

「…ただいま。ありがと、おばあちゃん。」
「…留姫、元気ないね。何かあったの?ママが最近留姫が落ち込んでいるって気にしていたよ。」

通学鞄を無造作に机に放り投げて、留姫は肩を落とす。
普段の生活は努めて普通に振舞っていたつもりだった。
それでも祖母には誤魔化せないとは思っていたが、母にまで悟られているとは思っていなかった。

「そういえば留姫、最近学校帰りにパン買ってこないんだねぇ。お祖母ちゃんもママも、留姫が買ってきてくれるパン、楽しみにしてたんだけどね。」
「…。」

こんなことでは、先日電話を掛けてきてくれた樹莉にも勘付かれてしまっているかも知れない。
それほど自分の態度は解り易いのだろうか。
黙りこくってしまった留姫に、祖母は優しく言葉をかける。

「留姫が云いたくないのなら、無理に云わなくてもいいんだよ。ママもお祖母ちゃんも、早く留姫に元気になって貰いたいだけなんだよ。」
「…ごめんね、おばあちゃん。今は云えない…。」

整理が付かない自分の心を、言葉に表すのは難しかった。
祖母は首を振って朗らかに笑う。

「留姫は昔は何も云ってくれなかったからねぇ。お祖母ちゃん、留姫のことが解らなくて、本当に悲しかったことがあるよ。でも今の留姫は、こうしてちゃあんと答えてくれるんだから、それだけ成長したんだよ。それだけでお祖母ちゃんはとても嬉しいねぇ。」

留姫は仄かに頬を染めた。
自分のことを理解してくれる人がいるという事は、とても心強いことだ。
有難う、と留姫は小さく呟く。

祖母がお茶を淹れに部屋を出て行った。留姫は深く溜息をついた。
自分は意地っ張りで短気で可愛げがなくて、そんな性格はちっとも変わっていないと思っていたけれど。
祖母の言うように、もし自分が成長しているとしたら。
それは、やっぱりレナモンと――啓人の、存在が影響しているのかも知れない…。

いつの間にか先刻まで降り続いていた雨が止み、庭の草木の雫に太陽の光が当たってまぶしく輝いていた。
留姫はその光をとても綺麗だと思った。

そのとき。
突然、慌しく玄関のチャイムが響いた。

「ごめんくださーい!」

その声に、――留姫は心臓をわし掴みにされたような感覚に陥った。

「・・・た、タカト?!」


******


インタホンより大きな声が出てしまった。
自転車で全力疾走してきた啓人は、顔を真っ赤にして息を切らしていた。

「おやおや、元気なこと…。」

玄関に出てきた留姫の祖母は、驚きよりも嬉しさを含めた笑顔で出迎えてきてくれた。

「こっ、こんにちはっ!!」

汗だくでお辞儀をする啓人。

「突然お邪魔して済みません!あの、る、ルキは…、」
「ちょっと、タカトっ!」

啓人が云い終わる前に、どたどたと慌しい足音を立ててルキが奥から駆けてくる。

「な、何でいきなり家になんかっ…、」

心構えも無く家に来られて狼狽している留姫に対し、啓人は満面の笑顔を向けた。

「ルキ!良かった、家にいてくれて。」
「は?何云って…、」

ぽかんとする留姫の手を啓人は掴んだ。
重なった手に赤くなる留姫にも気にせず、啓人は彼女の手を引いて外に連れ出す。


「ルキ、ホラ、早く早く!」
「な、何…?」

云われたままに啓人が指差す方を見上げる。

「…あ。」

雨上がりの空には、
大きな虹がかかっていた。

  • 2005/06/21 (火)
  • 『虹をみること』

タグ:[ルキxタカト]

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