作品
虹をみること 2
2.
早足の留姫の後ろ姿を必死に目で追って後を付ける。
見送れと母には言われたが、とにかく留姫が何事もなく家に着くのを見届ければ良いだけの事だ。
何も肩を並べて歩く必要はないと判断した啓人は、一定の距離を保って、留姫の後ろを歩いていた。
暫くそうして歩いていた時。
突然、留姫の足がぴたりと止まった。
ギョッとして啓人が身構えると、予想通り、留姫はくるりと振り返り、険悪な表情で自分を睨みつけてきた。
「ちょっと、何なのよ。さっきから後ろをずっと付いてきて。アタシに何か用なの?」
うっと、啓人は返答に困る。いつから気付かれていたのだろうか。
「あ、えと、もう暗いし危ないから、送ってあげようと思って、」
「いらない。」
間髪入れずにぴしゃりと即答されて、さすがの啓人もムッとした。
「なんだよ、そんな風に云わなくても良いじゃないか!」
「だってあんたずっと後ろ付いてきて、ストーカーみたいで気持ち悪いのよ。やめてくれる?」
留姫の口の悪さは初めて会ったときからちっとも変わっていない。
啓人は、留姫のほんのりと赤く染まった頬にも、それが素直になれない留姫の照れ隠しであることにも、気付いていなかった。
「僕だってしたくてしてるわけじゃないんだよ!お母さんに云われたからだし、ルキはうちのお客さんだから、」
何で自分はこんな言い訳をしているのだろう。
「あぁもう、分かったわよ、でもここまででいいから。それじゃあね。」
あからさまに煙たがられた。啓人はもの凄く腹が立った。
「だめだよ、ルキが家に着くまで送ってくんだから。」
半ば意地になっていた。
「だから、いらないって云ってるでしょ。」
「じゃあさっきみたいに距離開けて後ろ歩いてるから!それならいいだろ!」
「やめてよ!そんな、レナモンみたいな事、」
「え、」
うっかり口に出た言葉に、留姫は口篭る。
啓人は気付いた。
そう云えば、レナモンはいつも留姫の少し後ろを歩いていた。常に留姫を守るように。
だから留姫は自分の後ろを付いてくる啓人に敏感に反応したのだろう。今、啓人がここにいるポジションは、留姫にとっては大切な、レナモンのものなのかもしれない。そこに自分が入り込んでしまったのだから、留姫が機嫌を悪くしたのにも納得できた。
啓人のその推測はあながち間違ってはいない。
間違ってはいないのだが、それでも少し、留姫の本心とはズレている。
「…ごめん。」
啓人はへこりと俯いた。
視線が下がると同時に、啓人の視界に留姫の制服のスカートと、そこからすらりと伸びる留姫の脚が入ってきた。
その時、啓人は自分でも信じられないことに、もの凄く宜しくないことを想像してしまった。
昼間、博和と健太が話していた言葉が脳天を直撃したのだ。
――ルキ最近、なんか色っぽくね?
――スカートはいてるルキって女っぽいよな。
自分は今までそんな事考えたこともなかった。そんな目で留姫を見た事はなかった。
なのに何故、今、自分はこんなことを考えているのだろうか。もの凄く不謹慎だ。自分を諌める気持ちとは対照的に、啓人は自分の躰の体温が上昇していくのを感じていた。
「・・・ちょっと、どこ見てんのよ!」
「へ?」
ハッと我に返ると、頬を赤く染めた留姫がスカートの裾を押さえつけて、こちらを睨んでいた。
無意識とはいえ留姫の脚を見ていたことを留姫に悟られてしまった。
啓人はもの凄く恥ずかしくなって両手をぶんぶん振った。
「ち、違うよ、」
何が違うのか自分でもわからなかった。
「なんか変な事考えてたんじゃないでしょうね!」
変な事。
変な事ってなんだろう。
でも自分は今、留姫に対して、「変な事」を感じていたのではないだろうか。
啓人はよく分からなくなって、でもやっぱり自分は留姫に悪いことをしてしまったような気分になったので、
「ごめん。」
と謝った。
ところが謝った途端、啓人は左の頬に留姫の平手を食らった。
ぱぁんっ。
夕暮れの空に、啓人の心境とは裏腹に、小気味よい音が響いた。
「…ホントに考えてたの?最低…。」
啓人がその日聞いた留姫の言葉は、それが最後だった。
留姫は身を翻してずかずかと歩いて行ってしまった。
啓人は固まったまま、そこに突っ立って留姫の後ろ姿を見つめていた。
- 2005/06/10 (金)
- 『虹をみること』
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