Digimon Novels

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作品

虹をみること 1

***

雨上がりの晴れた空を見上げたら、大きな虹がかかっていた。
途端、啓人の頭の中にあった言い訳の数々は、あっという間に消えていた。
啓人は大急ぎで階段を駆け下りる。
電話。否、電話さえももどかしい。
走っていては間に合わない。
消えないで。お願い、神様、もう少しだけ。
気が付くと、自転車に鍵を差し込んでいて。
全力で、彼は自転車を走らせた。


***


When I Saw A Rainbow




1.


その日、松田啓人は心底落ち込んでいた。
担任の浅沼先生は、「もうすぐ中学生なのだから、もっと自覚を持ちなさい」と云うお小言が口癖になっている。
啓人たちは、先生から耳にタコが出来るほどその言葉を聞かされる小学6年生になった。
中学生になる自覚ってなんだろう。
啓人は正直よく解らない。博和や健太は、先生の小言を軽くかわしている。でも啓人はそれが出来ない。
中学生になる自覚ってなんだろう。
彼は不器用だった。いいように取れば、純粋という事だけれど。

そんな啓人も、人前に悩んでいることがある。
今日は1学期はじめの身体測定の日だった。
啓人は朝から憂鬱な気分だった。なぜなら、彼は背丈が平均小6男児以下だったからだ。
気がつくと周りのクラスメイトたちは1年前よりかなり成長していた。特にもともと背が高い塩田博和は急速に身長が伸びていた。それだけでなく、彼は声変わりも始まり、肩幅もがっしりとしてきて、男らしくなったように見える。
北川健太は唯一啓人とそれほど体格は変わらなかったが、成績優秀で頭のキレる健太は話すことがしっかりしていて、啓人は健太と話していると自分がひどく子どもっぽく感じてしまう。
隣りのクラスの李健良は既に1年前から声変わりもはじまっていたし、博和同様背もかなり伸びて、もとからあった啓人との身長差は更に増してしまった。健良は最近特に大人びて見える。
啓人はみんなが羨ましかった。何で自分はこんなに成長が遅いんだろう。
牛乳も毎朝欠かさず飲んでるのになぁ。
はぁ、と深い溜息をつく。
結局、身体測定の結果、啓人は5年生の時とたいして変化がなかった。
博和達にからかわれるかな、と思っていたが、予想に反して彼らは身体測定の結果については啓人に何も云ってこなかった。もう、そう云う「からかい」すらも子どもっぽい行動なのだろうか。こんなことを考える自分がまだお子様なのだろか。
啓人はさらに落ち込んでしまったのだった。

午前中で測定は終了し、まだ休み明けで午後の授業はないので、啓人は博和と健太と共に、下校途中の公園沿いを歩いていた。

「あ、そう云えばさぁ。」

博和がトレードマークのサンバイザーの位置を直してから、話を切り出した。

「俺こないだ、夕方に商店街でルキ見たぜ。」

何気ない一言に、啓人はぎょっとして思わず顔から冷汗が出た。

「あ、俺も見た。て云うか、最近ルキこの辺よく歩いてるよね。」

健太も相槌を打つ。
目が泳いでいる啓人を不審に思ったのか、博和が突っ込んできた。

「タカト、何か知ってんのか?」
「へっ?あ、いや、何も…あぁ、えと、確か最近よく、か、加藤さんと、会ってるみたいだけど。」

明らかに挙動不審な返事だったが、同じクラスの加藤樹莉の名前が出たので二人は「そっか」と納得したようだった。
留姫が樹莉と会っているのは嘘ではない。だから決して啓人は嘘を付いているわけではないのだが。

一つだけ、啓人は二人に内緒にしていることがあった。
啓人たちと同じテイマー仲間であり、ガード向こうの女子校に通っている牧野留姫は、いつも学校帰りに松田ベーカリーのパンを買いに来ているのだ。
別にそれくらい、秘密にする必要なんて全然ないし、こんなに汗をかく必要も全くないのだが、啓人は留姫から「このことは絶対他の人には云うな」と口止めされていたのだ。
もしうっかり博和達に喋ってしまっては、あとで留姫に怒鳴られるに違いない。

――そこまで考えて、自分は女の子に怒鳴られるのを恐れているのだということに気付き、啓人はまた落ち込んでしまった。

先刻から独り脳内で葛藤している啓人は、コロコロと表情が変わるので、博和も健太も(コイツ、大丈夫か?)という風な目で啓人を見ていた。それに啓人本人が全く気付いていないのが唯一の幸いだった。
博和はとりあえずそんな啓人を無視し、話を戻した。

「――でもさ、ルキ最近、なんか色っぽくね?」
「・・・は?」

啓人はまさに「鳩が豆鉄砲を食ったような」顔をした。

「あー、俺も思った。学校帰りに加藤に会ってるのかもしんないけど、ルキいつも制服じゃん。なんかスカートはいてるルキって女っぽいよな。」

健太も同じる。啓人は驚いた。
そんな言葉が出てくるなんて思ってなかった。二人が留姫をそんな目で見ているなんて思っていなかったのだ。

「カグジョってお嬢様校だもんなー。俺らルキとデジタルワールドで一緒に冒険してたから、あのときのルキのイメージとギャップあるよなー。」
「でもヒロカズ、ルキのこと可愛いって云ってたじゃん。」
「…えぇ?」

啓人は焦る。何でこんな話題になったんだ。

「だってアイツ、性格ひん曲がってるけどやっぱ可愛いし。俺らの学校にはいないよな、ああいう可愛い子。何つーか、アイドル系つうか。お袋さんモデルだもんなー。」
「・・・やめなよ!」

一人遅れて歩いていた啓人は、耐えきれなくなって叫んだ。
先を歩いていた博和と健太は、啓人が突然大きな声を出したので、吃驚して振り返る。
啓人はぎゅっと両手を握り締めて、俯いたまま固まっていた。肩が小刻みに震えていた。

「…ルキの事、そんな風に云うの、やめなよ…。」

啓人は、今度はさっきと対極的に、聞き取り難いくらい小さな声でぽつりと云った。
博和と健太には俯いた啓人の顔が良く見えなかったが、啓人が耳朶まで真っ赤にしている姿を見て、さすがに云いすぎだと思ったのか、素直に謝ってきた。

「…わりぃ、俺ら同じテイマー仲間だったもんな。ルキのこと、こんな風に云っちまって…。」

博和は、啓人と留姫は共に究極進化まで成し遂げたテイマー同士だから、自分たちより絆が深いのだと思った。
だから自分の発した言葉は不謹慎だったのだと思った。
だが、啓人が本当に怒った理由は、そうではなかった。

留姫のことを。
留姫のことを、まるでそこらのアイドル芸能人と同じように品定めされたような気がしたのが、とてつもなく不快だったのだ。

博和達には、留姫に対する悪意も余計な感情もなかっただろう。
そんなの啓人にだって分かっている。博和と健太は信頼できる友達なのだ。
分かっている。分かっているけれど。
啓人には、不快だったのだ。
そのまま、3人は気まずい雰囲気の中、家路についた。

こんな事で激昂する自分は、子どもなのだろうか。
博和たちは啓人より大人だから、他愛もない話題として話せるのだろうか。
・・・大人って何だよ。

――もっと自覚を持ちなさい。
オトナって。自覚って。

啓人には分からない。博和のように、先生のお小言を軽く流せない。





***




「…啓人。啓人!」

啓人は家に帰ってきてから、両親にただいまの一言もなしで自分の部屋に直行し、机に顔を伏せた。
何時間そのままの体勢でいたのだろう。
いつの間にかすっかり陽が落ちて、部屋は真っ暗になっていたが、灯りもつけずに啓人は伏せっていた。

夕方の商店街は賑やかだ。店もお客が増えてきているようで、店の方から母親の自分を呼ぶ声が聞こえてきた。

「啓人、帰ってるんでしょ?今ちょっとお店忙しいのよ、手伝ってー。」

いつもの母親の科白。
子どもがこんなに落ちこんでるのに。啓人の都合はお構いなしか。
気が滅入りかけたが、基本的に素直な彼は重たい腰を上げて店に降りる。
奥の工房にかけてある自分のエプロンを身に付けると、習慣故、それなりに顔を営業スマイルに切り替えて店に出た。

「いらっしゃいませー・・・うわっ!!」

営業スマイル、早くも崩れる。

「…なによ、その『うわっ』て…。」

トレイにチョココロネとクロワッサン数個を載せて、レジの前に立っていたのは牧野留姫その人だった。
啓人の対応に、あからさまに顔を顰めている。

「・・あ、あー。い、いらっしゃい…ませ…。」
「なぁに啓人。留姫ちゃんは大切なお客さまなのよー。そんな態度取らないの!」

手際よくレジを打ち、パンをビニル袋に詰めながら喋る母親の言葉など、啓人はもう聞いちゃいない。
留姫の厳しい視線を避けるようにして、啓人は出来たてのパンを棚に載せていく。
レジでお釣りを受け取った留姫は、啓人に一言も声を掛けずに店を出ていった。

「啓人、ありがと。もういいわよ。」

焼きたてパンを並べ終えた啓人に母親は言った。啓人はホッとして、そそくさと奥に戻ろうとする。
それを母親が引きとめた。

「あ、啓人。留姫ちゃん送って行ってあげなさいよ。」
「えぇえ?」

啓人は変な声を出して固まる。

「もう外暗いし、女の子一人で帰るの危ないじゃないの。」
「何で僕が。」
「留姫ちゃん常連さんなのよ。いつも家から遠いのに学校帰りに買いに来てくれてるのよ。それくらいしてあげてもいいじゃない。」
「で、でも、もうルキ行っちゃったし。」
「追いかければ間に合うでしょ!もし留姫ちゃんに何かあったらどうするの。」

滅茶苦茶だと思う。
しかも、何でよりによって今日なんだろう。余計なことばかり考えてしまう。
しかし、流されやすいというか何と云うか、啓人は基本的に素直だったので、結局母の云われたとおり、とっくに店を出た留姫の後を追うのだった。

  • 2005/06/10 (金)
  • 『虹をみること』

タグ:[ルキxタカト]

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