Digimon Novels

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作品

piece エピローグ

◇


「パトロールに行ってきまーす!」

警察官の制服をピシっと身につけた藤枝淑乃は、威勢よく立ちあがり署のドアを開けた。

あれから5年。

人間界とデジタルワールドを巻き込んだ戦いが決着し、人々の生活は、平穏な日常に戻っていた。
アグモンやガオモン、ララモンら人間のパートナーだったデジモンたちは、デジタルワールドの復興のために自分たちの世界に帰って行った。
DATSが解体し、淑乃は恵や美樹たちとともに警察署に勤務していた。
かつての上司であった薩摩隊長が署長となっており、相変わらず彼の部下として働く日々である。


午後の下校時間帯なので近辺の通学路をミニパトで巡回していると、鳳学園の制服を着た知香を見つけた。
スピードを落とし、ドアミラーを開けて歩道を歩く知香に声をかける。

「こんにちは、知香ちゃん」
「あっ、こんにちはー」

淑乃に気づいた知香は明るい笑顔を見せる。

トーマに淡い恋心を抱いていた知香は、デジモン騒動の後、トーマと淑乃が恋人同士だと知り、かなりショックを受けていた。
そのため、暫くは淑乃に対する態度も少々ぎごちないものがあったが、今ではすっかり吹っ切れたようで、以前のように親しく接してくれている。
イクトと同じ中学校に進学し同じクラスになったこともあって、今はイクトの世話を焼くのが楽しくて仕方ないらしい。
そして何より、待ち望んでいた父親との生活が実現し、充実した毎日を送っているようである。

「今日はイクト君と一緒じゃないの?」
「イクト君、今日は風邪でお休みだったの。昨日から熱っぽいって云ってたから心配だったんだけど。今からプリント届けに行くの」

はつらつとした笑顔が愛らしい。
大門英と小百合夫妻の娘だけあって、知香はかなりの美少女だ。
中学生に成長し、スタイルも抜群で、短いスカートから覗く白い脚がまぶしい。
そのために、街に出ると常に男性に声をかけたれたり、芸能プロダクションからスカウトされることもしばしばで、本人は迷惑しているという。
小百合もそんな知香のことを心配していて、淑乃は巡回中に知香を気に掛けるようにしている。

「送ってこうか?」
「いいよー。こっから近いし」

DATSが解体された後も、秘密裏にデジモン対策組織は引き継がれており、野口夫妻は今でもデジモン研究に携わっている。
そのため、イクトは利便性の良い横浜に家族とともに引っ越してきたのだ。
野口夫妻の研究の成果もあって、今ではデジタルワールドへの行き来や通信も可能になっていた。しかし、再びデジモンと人間の間に確執が起こらないよう、ゲートや交信システムなどは厳密に管理されている。
デジモンたちを不安にさせないために、人間の介入は必要最小限に抑えられているのだ。

ロイヤルナイツとも協力し合い、唯一、デジタルワールドの近況を伝えるために派遣されている人間が、大門大だった。
派遣といえば聞こえがいいが、本人が勝手に「俺は旅に出る!」と云ってデジタルワールドに渡ってしまったため、そういう名目が付けられているだけだ。
それは本人も少しだけ反省しているらしく、云いつけられた報告レポートは定期的にメールで送ってくるが、『今日はこのデジモンと戦った』『あのデジモンはすげー強かった』などといった内容ばかりで、あまり役には立っていないらしい。

「あっ、そだ。昨日大兄ちゃんから連絡あったんだよ。来週あたりこっちに帰ってくるって」
「えー、ほんと?」

三年前に一度ひょっこり帰宅してきたのを最後に、デジタルワールドに行ったきりの大が、近々帰ってくるという。
大方、支給された消耗品が底を突いてきたのが理由だろう。
以前の帰宅も、補充が終わったらすぐに出発してしまったのだ。

「もー、いつまで放浪してるんだろうね、あの兄貴」
「ま、でも、一応調査員として派遣されてるって名目もあるんだし」
「甘いよねー、お父さんもー」

笑い合っていた二人だが、知香は一寸黙りこむと、呟くように話した。

「私ねー、小さいとき、淑乃さんと大兄ちゃんが恋人になってくれたら嬉しいなーって、ちょっと思ってたんだよ」
「えっ?」

突然の告白に、淑乃は狼狽した。
知香はへへっと笑う。

「でもトーマ君が相手じゃ大兄ちゃんに勝ち目ないよねー。旅に出たっきり戻ってこない男なんて、女の子に嫌われちゃうもん。うちのお母さんくらい呑気でないと、むりだよねえ」
「……」

淑乃は声が出ない。

「じゃあね!送ってくれてありがとう。兄貴が帰ってきたら、顔くらい見に来てやってくださいねー」

手を振ってバイバイすると、知香はちょっと悪戯めいた魅力的な瞳をくりくりさせて、スカートを翻して走っていった。
わずかにめくれたスカートから見えるスラリと伸びた脚が、淑乃にはとてもまぶしかった。


◇


週末の午後。港の見える丘公園 は暖かい陽気で包まれていた。

「淑乃さん!」

遠くから手を振り走り寄ってくる相手に、淑乃は笑顔で応える。

「トーマ」
「すみません、遅くなってしまって…」
「いいのよ。そっちこそ、忙しいのにごめんね」
「今は休暇中ですから気にしないでください」

トーマは医学博士として、19歳の若さでノーベル医学賞を受賞した。
多忙の日々が続いているが、プライベートの時間はきちんととるようにしているそうで、今はバカンス休暇で日本の別荘に滞在中である。

久々に待ち合わせをし、二人の時間が作れるので、淑乃は嬉しさを隠せない。

「これを受け取りに行ってたら、遅くなってしまって…」
「?」

トーマが手にしていた包みを差し出す。それは淑乃にとって見慣れた、和菓子店「うさぎ屋」の包み紙。
中に入っていた和菓子を見て、淑乃は驚く。

「あーっ!これ、うさぎ屋の大福じゃないの!」

それは5年前に雑誌掲載された後、テレビ等にも取り上げられて、今では予約待ちで入手困難となっている幻の大福だ。

「どどどどどーしたのこれ??」
「淑乃さん、声がどもってる…」

和菓子一つでどうしてそこまで盛り上がれるのか、トーマには理解不能らしい。

「でもっ、今じゃ予約待ちが一年以上は下らないって云われて…」

はっと口を閉じる。
トーマの財力と地位があれば、予約待ちなど関係ないのだろうか…?
淑乃が訝しげな目を見せてきたので、トーマも淑乃の考えてることに気づいたのであろう、憮然として否定する。

「別に権力を行使したわけじゃないですよ…」
「じゃあどうやって手に入れたのよ」
「通ったんです」
「はっ?」

「だから…毎日通ったんです、お店に」

ぽかんとする淑乃に、トーマは頬を染めてふてくされる。

「最初は断られたんですよ、予約待ちの状態だからって。だけどめげずに――というか、しつこく毎日足を運んだんです。そしたら、今は経営を息子さんに譲っていた初代の店主さんが、何故か僕のことを気に入ってくれて…外国人の観光客は多いけど、毎日大福求めて店にやってくる人は、珍しいって。それで先代さんと茶飲み友達みたいになりまして」
「……それで、おすそ分けを貰えたってこと…?」
「隠居された先代さんが個人的に作られたものですから、予約待ちの販売ルートに影響はないそうです。でも戴くのは図々しいですから、きちんとお代は払ってますよ」
「トーマが有名人だから利いてもらえたんじゃない?」
「いや、先代さん、僕がトーマ・ノルシュタインだとは気付いてないみたいです。他の人たちには喋ってないみたいですし。僕のこと、そっくりさんだとでも思ってるんじゃないですか…」

確かに、世界を舞台に活躍しているノーベル賞受賞者が、日本の和菓子店に毎日訪れる外国人の青年と同一人物だとは思わないかもしれない。
テレビにはスーツや白衣姿で登場することしかないので、普段外を歩いていても、ラフな私服姿では案外気づかれないものなのだ。
それにしても…以前は少々世間知らずなお坊ちゃん感覚が拭えなかったあのトーマが、予約待ちで断られてもマメに店に足を運ぶ姿など、淑乃には想像がつかない。

「先代さん、僕のことかなりの甘党だと思い込んでるんだ…」

トーマは唇を尖らせて赤くなっている。その仕草は19歳になる男性にしては妙にかわいい。

「…ありがとう。でも、トーマ、どうして…」

包みを開いて、気づく。中に入っていた大福は、3個。

「一日3個、の計算ですよ。お代は一週間分払ってますから、明日は一緒に取りに行ってくださいね」

トーマは赤い顔のまま、にこりと笑う。

「あ…」

――自分にとって特別な日に、一度で良いからうさぎ屋の大福を一週間、食べ続けてみたいなぁって。
――…特別な日、ですか?
――そう。その一週間だけ、幸せを独り占めしたいって思える時に…。私のわがまま、その時だけ許してもらいたいなぁって、思う時に。いつそんな日が来るかなんて、解らないけどね。

それは――かつて、淑乃がDATSでトーマと二人で任務にあたっていた頃。
初めて、淑乃がトーマを男性として意識することになった日の、些細な日常での会話――

「覚えてくれてたの…」
「淑乃さんとの思い出は、忘れることなんてありません」

気障なセリフを口にした後、「と云うか、一日3個のインパクトは忘れられません」と付け加えたトーマに淑乃はぷぅっと口を膨らませた。

「…トーマ、何かいいことあったの?」
「ええ…昨日、リリーナが正式にノルシュタイン家の家督相続者に決まったんですよ」
「そうなの?」
「はい」

トーマの努力によりリリーナの病気の治療法が発見され、手術は無事に成功した。
以来、リリーナの病気は完治し、体調も良好で、昨年は社交界デビューを果たすまでに回復していた。
それでも少し心配で、淑乃はトーマの顔色をうかがう。

「トーマはそれでいいの?」
「勿論です。僕は研究者として多忙ですから。それにリリーナは社交的ですからね。こういうことは、僕より妹のほうが適任なんですよ。僕も後見人として妹をサポートしていきますし。これは、父と話し合って決めたことです」
「そう…。あなたは、もう大丈夫なのね」
「はい」

きっぱりと答えるトーマに安堵する。
どうやら自分が愛人の息子だという理由で相続を妹に譲ったわけではないようだった。
父親とのわだかまりも解け、ようやく彼が望む家族関係が築けてきたようだった。

「だから、淑乃さんも安心してくれていいですよ」
「へ?」
「貴族の家に嫁ぐよりは、医学博士の妻のほうが気が楽でしょう?」
「…えぇっ?」

今、トーマはものすごい爆弾発言をしたような…、あまりにもさり気なく云われて突っ込みを入れる暇もなかった。

「トーマ、それどういう意…」
「はいはい、せっかく買ってきたんですから、どうぞ召し上がってください」

トーマはわざとらしく大福を勧める。妙にはぐらかされた感がある。

「あ…うん。戴きます…。あ、じゃあ、トーマも。はい」
「え?僕はいいですよ。きっかり3個しかありませんよ」
「もぉ、3個にこだわりすぎ…。一緒に食べたほうがおいしいじゃない、ほら」

一つをトーマに差し出し、淑乃は自分の分をぱくつく。

「んーっ、美味しい!甘すぎず上品な味わい…さすがうさぎ屋の大福!」

下手なグルメレポーターみたいな言い廻しになってしまったが、やはりうさぎ屋の大福は美味しい。
無理やり手渡された大福をまじまじと見つめているトーマに、淑乃は食べないの?と促す。
するとトーマは、大福を見つめたままぽつりと呟いた。

「僕は大福よりも美味しい淑乃さんを戴きたいのですが…」
「ごふっ」

餅が喉を痞えそうになり、淑乃は噎せかえった。
トーマがそんな冗談を言うのは初めてだった。

「大丈夫ですか?」

云いながら、ニコニコと笑っているトーマを淑乃は恨めしそうに睨みつけた。
何だかさっきからトーマのペースに振り回されてばかりいる。

恥ずかしくて、淑乃は無理やり話題を変えた。

「あー。そうそう、今日知香ちゃんに会って聞いたんだけど、大が今度こっちに帰ってくるんだって!トーマも一緒に大に会いに――」

とたん、トーマの顔がつまらなさそうな表情に変わる。

「…トーマ?」
「淑乃さん、せっかく二人きりなのに、何で今、大の話なんか出すんですか…」
「はぁー?」
「僕の前で、他の男の名前口にするの禁止」

そう云って、トーマは淑乃の唇に人差し指を押し当てた。
ぽかんとしてる淑乃の唇を拭って、口の周りについていた大福の粉を拭き取った。

「淑乃さん、知ってるでしょう?僕はかなーり嫉妬深い男なんですよ」

そう云って、トーマは可笑しそうに笑った。どうやらこの男、吹っ切れて自分に正直になったと同時に、甘え上手になってしまったらしい…。

「…最悪なんですけど……」

淑乃はトーマを睨みつけるが、トーマは余裕の表情で淑乃の頬に手を添える。

それでも惚れた弱みというやつで、トーマの整った顔が近づいてくると、淑乃もすっかりその気になってしまって、静かに目を閉じたのだった。

その時――――








「おぉーい、そこのバカップル!!」








最強最悪に空気の読めない男の大声が響き渡り、トーマと淑乃は同時にずっこけた。

淑乃が目を開けて振り向くと、自分たちより高い場所の階段の上に、たくましい身体つきの男が、意味もなく堂々と仁王立ちしてこちらを見下ろしていた。

「…馬鹿にバカ呼ばわりされたくないな…」

美形が台無しになるほどに顔を顰め、あからさまに不機嫌になったトーマを見て、淑乃は思わず噴き出した。

まぶしい夏の陽の光を受けて、健康的に日焼けした大門大は、白い歯をにぃっと見せて笑った。

そして高々と手を挙げて、大きな声で叫んだのだった。



「ただいま!!」






END

  • 2008/07/15 (火)
  • 『piece』※R-15

タグ:[トーマx淑乃]

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