Digimon Novels

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作品

piece 16

◇ ◇ ◇

自分を心配してくれている家族に顔を見せてくると言って大は自宅に戻った。
心の中を整理するために、淑乃と距離を置きたかったのだろう。
それでも大事なアグモンのデジタマを淑乃に預けて帰宅したのだから、自分に対する信頼は失ってはいない事を示してくれた。淑乃は改めて大に感謝した。

しばらくの間デジタマを胸に抱えて休息を取っていると、机の上に置いていた携帯電話が小刻みに震えた。
手に取り画面をのぞいた淑乃ははっと息を飲み込む。

ディスプレイには、受信されたメールの通知が一通。

それはトーマからのものであった。


恐る恐るボタンを操作し、トーマからのメールを開く。
期待と不安が頭の中を駆け巡る中、淑乃の目に入ってきたのは、たった一つの言葉だった。


―――『ごめん』

「あ…」

じわりと、ディスプレイの文字が揺らめく。

一言だけの、簡潔な言葉。
しかし、その文字から滲み出てくるのは、淑乃の前から姿を消したあの日の塞がれたトーマではなく、純粋で誠実なトーマの姿だった。

淑乃は、とりつかれた様に指を動かす。
メールの返信ではなく、何度もリダイアルした番号を発信した。

今なら。
今なら、彼に繋がる。

最後のチャンスだと思った。
閉ざされていたトーマの心は今開きかけているのだ。だからこそ、彼は淑乃にメールを送ってきた。
今度は――今度こそ、トーマの心に応えてあげなければならない。

それは数十秒の時間だったのかもしれない。
しかし、淑乃は途方もなく長い時間に感じながら鳴り続く発信音を聞いていた。
発信音がぷつりと音を立てて止み、スピーカーの向こう側に人の気配を感じた。淑乃は小さく息を呑んだ。


「――はい」

低い声は間違いなくトーマのものだった。淑乃は溢れそうになる涙を必死で抑える。

「――トーマ…」

――だいじょうぶ。

先ほどの、大の言葉が淑乃の脳裏によみがえる。

――淑乃は、トーマのことを、信じてるんだろ。
――だったら、大丈夫だ。俺はトーマを信じることが出来なかったけど、淑乃がトーマを信じるのなら、俺もトーマを信じることにする。
――だからきっと、トーマは淑乃のところに帰ってきてくれるよ…

大の言葉が今の淑乃には最大の励ましになって彼女の不安を取り除いた。

大丈夫。私は、トーマを信じてる。

「…淑乃さん」
「トーマ、ごめんね」
「――…」

姿は見えなくとも、トーマの気配が小さく震えたように淑乃は感じた。
淑乃は、囁くように話した。

「ごめんね。ごめんね、トーマ…」
「よしの、さん」

深い闇の中に迷い込んだトーマを救ってあげたい。力強くその手を掴んでこちら側へ引きずり戻してあげたいのだ。

「淑乃さん、謝るのは僕のほうだ…僕は皆を裏切って、アグモンにもガオモンにも、酷いことをした。大にも、酷い言葉を――」
「大丈夫。みんな、トーマの事をわかってくれてる」

淑乃はほほ笑んだ。

「トーマ、云ったね。私は大の事を理解してるんだな、って。自分には大の考えてる事なんてちっともわからないって。私だって同じ。大の気持なんて何一つわかってなかった。大だけじゃない、貴方の事も…それで私、貴方を傷つけてしまった。
だけどね、私、これだけはわかる。貴方が私たちを裏切ったなんて思わない。大や、イクトくんや、知香ちゃんたちだってそう。貴方が何も云わずに離れてしまったからみんな混乱してるだけ。
私はトーマの事を信じてる。私がこれだけトーマを信じていられるのは、私がトーマの事を、好きだからなんだよ」
「…っ」

それは初めての告白だった。
馬鹿みたい、私。何をうぬぼれていたんだろう。
好き、の一言すら云えずに、ずっとトーマの優しさに甘えていたのだ。なんて、卑怯だったんだろう。

「淑乃さん、僕は」
「好き。トーマの事、誰よりも好きなの。わかるでしょう?大への信頼の心と、貴方への恋愛感情は全然違う。私、トーマが大好きよ」

我慢していた涙が頬を伝った。
それだけを伝えるために、なんだかものすごく遠まわりをしてしまった気がする。

「――淑乃さん…」

鼻を啜ってしまったため、泣いているのを電話の向こうのトーマに気づかれてしまったかもしれない。
あわてて明るい声でごめんね、と笑った。

「淑乃さん。ありがとう…」

トーマの言葉に、淑乃はうん、と頷いた。

「…本当はもう、あなた達から距離を置こうと思っていた。大にも酷いことをしてしまったし、こんな僕をもう仲間として受け入れては貰えないだろうと思って――
正直な事を言うと、大にぶつけた言葉は半分は本気だった。だから、僕はガオモンと二人で何とかしようとした。だけど、やっぱり駄目だった。携帯に残されてた貴女の伝言の声を聞いて、自分の気持ちを堪えることができなかった。
どうしても――淑乃さんの声が、聞きたくなったんだ」

ぎゅっと、淑乃は携帯を固く握りしめる。

「倉田が手を組む条件として妹の手術と術後のケアを約束したんだ。今の僕には、彼を超える医療知識も経験も持ち合わせていない――言い訳かもしれないけど、リリーナを救いたいんだ。それを世界の危機と天秤にかけた。僕は酷い人間だな」
「そんなことない。誰だって大切な人を一番に思うのは当たり前でしょう」

やはり、淑乃の推測は正しかったのだ。リリーナを引き合いに出して、トーマを取り込もうとする倉田の策略に怒りが滲む。

「リリーナの件が上手く運んだ際には、僕は隙を窺って、中から敵を叩く。その後は、あなた達の元に戻ろうなんて虫のいいことは云わない。だけど、僕なりにやれるだけの事はやってみようと思うんだ。
――淑乃さん、僕を信じていてくれますか」

淑乃は笑う。

「云ったでしょう?私は最初から、あなたを信じているって」

トーマの吐いた微かな息使いがスピーカー越しに耳に届いて、淑乃は切ない胸の高まりを覚えた。

「それと、約束してくれる。自分独りで無茶しようなんて思わないで。
すべてが片付いたら、帰ってきてほしい。――私のところに」
「淑乃さん…」

一瞬、トーマがすぐ近くにいるような錯覚に見舞われる。
心が繋がった事で、身体を重ねた時よりも何倍も、トーマとの距離が縮まったような気がした。
それはとても幸福な気持ちだった。

「――わかりました。必ず、貴女のところに、帰ります」
「うん」

淑乃は答えてから、悪戯っぽく笑う。

「その時は、ちゃんと大とも、仲直りしなさいね」

仲直り、と云う子どもに云い聞かすような言葉を使うことで、事の深刻さを感じさせないように話した。
トーマもそれに対して、わかりました、と素直に答えた。

「じゃあ、もう、切るね。長電話して、そっちに勘付かれたら、危ないでしょ」
「…はい」
「危ない真似だけは、しないでね。こっちは私がみんなに事情を伝えるから心配しないで。じゃあ、気をつけて――」
「――淑乃さん!」

通話を切ろうとした直前、トーマの呼ぶ声に驚いて、淑乃はピクリとボタンを押す手をとめた。

「…」
「…トーマ?」

「淑乃さん――好きだ」
「――」

はじめて、トーマの口からその言葉を聞いた。
淑乃は、身体じゅうが痺れるような感覚に覆われた。


「好きだ。淑乃さん」
「うん」
「好きだ。愛してる」
「うん」
「初めて好きになった人が、貴女で本当に良かった」

ああどうしよう。
私、こんなときに、こんな気持ちになるなんて。

電話越しの声が熱かった。トーマの言葉が、淑乃の耳から全身に入りこんで、満たされていくこの気持ちはどう抑えればいいんだろう。
淑乃はその時、トーマに対して二度目の恋に落ちたのだ。


「――淑乃?」

突然、自分を呼ぶトーマ以外の声に、淑乃は心臓が飛び出そうなほど驚いた。
基地付近で見回りをしていたララモンが、部屋に入ってきたのだった。
幸福な時間から一気に現実に引き戻されて、淑乃は慌てて携帯を持ち直した。
首を左右に振り、停止していた思考回路を復活させる。

「あ――じ、じゃあ、切るからね」
「はい。――淑乃さん、」
「うん?」
「今すぐ貴女の傍に立って、強く抱き締めたいと思うのは、虫がいい考えですね」


淑乃の頬は耳まで真っ赤に染まる。
けれど彼女は、何でもない、という雰囲気を装って、平然と答えた。

「いいんじゃない?人間として、至極真っ当な欲求だと思うけど」

  • 2009/07/04 (土)
  • 『piece』※R-15

タグ:[トーマx淑乃]

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