作品
piece 14
◇
大に抱きしめられてしばらくの間固まっていた淑乃は、漸く今自分が置かれている状況に気がついたのか、慌てて大の体を突き飛ばした。
抵抗されたので大はおとなしく淑乃の肩を離した。
耳まで真っ赤になった淑乃が、荒い息を繰り返している。
彼女を不安にさせてしまったことを悔いた。
「…わりぃ。もうしない。なにもしねぇから…」
「ううん…ただ、吃驚しただけ…」
淑乃の視線が彷徨っているのを見て、ああ好きだなんて云わなきゃよかったと大は何度も後悔する。
友情ならば拳と拳で語り合えばいいだろう、しかし恋愛感情はそうはいかない。
「別に、淑乃を困らせたいわけじゃないから…ただ、聞いてほしかっただけだから」
「…うん」
「すげぇダセーけど、俺、今まで自分の気持ちに気付けなかった… だからこんな、自分もお前らも傷つけちまうような、馬鹿なことしてた…ごめん」
言い訳も弁解もできない。素直に詫びた大の真摯な態度に、淑乃は泳がせていた視線を大に向けた。
潤んだ瞳と赤く染まった頬。それだけでもう大はどうにかなってしまいそうだったから、今度は自分から視線を外した。
「ありがとう。大にそう云ってもらえて、嬉しい。…でもね、私――何というか、やっぱり、トーマでないと、ダメみたい」
「ああ、そう…」
回りくどい断られ方をされたら、きっと大はこの思いを振り切ることができなかっただろう。
しかし、何の飾りもないストレートな淑乃の言葉に、大はひどくすっきりとした気持ちになれた。
思いを伝えられた。相手がきちんと返してくれた。それだけで満足だった。
全身に纏わりついていたどろどろした黒い靄は剥がれ落ちて、大は初恋を自覚したと同時に、あっさりと失恋していたのだった。
「そう云うだろうと思った」
「ごめんね…」
「淑乃が謝ることねーよ」
今更微妙に恥ずかしくなってきて、大はこほんと一つ咳払いをしてから、改めて淑乃に向き合った。
「淑乃。淑乃は、トーマのことを、信じてるんだろ」
「えっ?」
大は、恥ずかしさをごまかすために、わざとニッと笑う。
「だったら、大丈夫だ。俺はトーマを信じることが出来なかったけど、淑乃がトーマを信じるのなら、俺もトーマを信じることにする」
「…大…」
「だからきっと、トーマは淑乃のところに帰ってきてくれるよ」
「――…!」
仲間の元に――ではなく、淑乃のところ、に。
それは苦しんでいた淑乃を救った大の優しさだった。
淑乃はぽろぽろと涙をこぼしたかと思うと、堪えていた感情を一気に爆発させたかのように、激しく泣きじゃくった。
今度は大が、ぎごちない手つきで淑乃の頭を撫でてやる。
変に意識してしまって、妹を慰めるときのようにさりげなく撫でることができなかった。
「ありがとう。ありがとう、大…」
「俺さ、淑乃が好きだ。それに、きちんとトーマに会って、きちんと話し合えたなら、きっとトーマのことも、好きになれる。だから俺、お前らが上手くいってくれなきゃ、すげーイヤなんだよ」
えぐえぐと肩を震わせて泣いていた淑乃は、その大の言葉を聞いて、泣きながら笑う。
「大、優しいね」
「…うるせー」
大は真っ赤になって口を尖らせた。
- 2008/07/16 (水)
- 『piece』※R-15
タグ:[トーマx淑乃]