Digimon Novels

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piece 13

はっと、淑乃の眼が見開いた。
それだけでわかることだった。大は両手を強く握りしめた。

淑乃は苦しげに呼吸をしている。
長い沈黙が続き、それが永遠に続くような気がして、大は途方に暮れた。
云わなきゃよかった――と後悔が体中を駆け巡ったとき、淑乃の口がわずかに開いた。

「……そう…」

淑乃の瞳が次第に潤み始めて、やがて溢れ出た涙が彼女の頬を伝った。

淑乃は、穏やかとも苦痛ともとれる笑みで、泣いていた。

「そう、知ってたの…。知ってたんだね、大は…――」
「……淑乃……」

淑乃の眼からはらはらと涙がこぼれおちる。
悲しませたいわけじゃなかったのに。
大は今、幼い日に聞いた母親の言葉を痛烈に思い出していた。

隠し事をすることはよくないが、気付かないでいてあげることも優しさだということを――

「ごめん。ごめん、淑乃。俺―――」
「謝らなきゃいけないのは、私だわ。大はずっと、苦しんでいたんだね――」

苦しむ?
ああそうか。俺は、ずっと苦しかったんだ。

大はずるずると椅子の背もたれに寄り掛かる。

「俺、怖かったんだ――見るつもりなんてなかった。知りたいなんて思わなかったんだよ――」

そんな言い訳、ガキみたいだ。だけどそれが大の本心だったのだ。

「俺だけ知らなくて、俺だけお前らから置いて行かれたような気がして――、何も知らないくせに、馬鹿みたいに偉そうな態度でいる俺のことを、お前たちは陰で笑ってんじゃないかって――」
「馬鹿ね…そんなこと、あるわけないじゃないの」

淑乃は涙を拭うと、すっと前に進み、椅子に腰かけている大の前で立ち止まった。
そして膝をついて目の高さを合わせると、優しく大の髪をなでた。

大はずっと、一人だけマイペースで走っていて、追いついてこないトーマと淑乃に苛立って、何度も後ろを振り返っては二人の姿を確認しようと必死になっているつもりでいた。
だが、それは全くの見当違いで、二人ははじめから、大とは違うルートを歩いていたのではないか。
すれ違った心が平行線をたどり、思い込みと不信感で行く先を失っていた。
そのことに気づいたときに、どうしようもなく怖くなったのだった。

「――私ね、今、後悔してるの。あの日の夜、私がきちんとトーマを受け止めてあげられてたら――トーマの不安に、きちんと応えられていれば、こんなことにはならなかったんじゃないかって――」
「トーマの…不安?」

淑乃はうん、と頷く。

「大、トーマはね…、あなたが思っているほど、完璧でもなければ、強くもないんだよ…」

大は困惑した。淑乃は一つ息を吐いて、再び話し始めた。

「トーマが倉田と手を組んだのは、きっと、妹さんの病気を持ち出されたからじゃないかと思ってるの」
「妹…?あいつ、妹がいたのか…?しかも、病気って…!」
「トーマの妹さんは、生まれつきの難病と闘っているの。トーマが医師免許をとったのは、妹さんの病気を治すためだって云っていた。そして、倉田は妹さんの病気の専門医――だから、きっと…」
「そんな…あいつ、そんなこと一言も…」

その時、大は咄嗟に思い出した。トーマが仲間から離れた時、淑乃は大の眼を見てこう云った。

――うん…きっと、何か理由があるんだと思う。

それは、淑乃がトーマの妹の件を知っていたからだったのか。

「…トーマ、幼いころにお母さんを亡くして――お父さんとも確執があるみたいで、とても苦しんでいたの。だから、大がお父さんを尊敬していて、デジモンたちの英雄になっていることが、トーマは…うらやましかったのよ」

淑乃の口から語られる、思いもよらないトーマの真実に、大は頭が付いていけない。
ただただ驚き、頭の中を整理する度に、大の中のトーマ像は次々と変化して、まったく別のかたちになっていった。

「あの日、トーマは私に云ったの。自分は、大に嫉妬してるんだ、って――」
「しっ…と?」

大は目を丸くする。
あいた口がふさがらない大に、淑乃は強く頷いた。

そのとき、大は確信する。

トーマの抱く嫉妬の理由。
それは確かに、不幸な自身の家庭環境と、大のそれを比べた時のものもあるだろう。
だけどそれだけじゃない。
淑乃も気づいていない、もう一つのトーマの嫉妬の理由に気づいたとき、大は、今まで体験したことのないような、激しい痺れを身体全身に感じた。

ガタンっ!!

大は大きな音を立てて椅子から立ち上がった。
淑乃は驚いて後ろに後ずさる。バランスを崩しかけた淑乃の手を掴み、引っ張り上げて彼女を立たせると、大は無意識に淑乃の肩に手を廻した。

「ま…大っ…?!」

大は、強く淑乃の身体を抱きしめた。

「ばかやろぉっ!!何が嫉妬だよっ!!」

大の突然に行動に、淑乃は困惑する。

「あいつはバカだ。おーばかだっ!!天才のくせに、俺と少しも変わらない馬鹿野郎だっ!!」

怒鳴りながら、強く、強く、淑乃の身体を抱きしめる。

「大、どうしたの――」
「嫉妬してたのは、俺のほうなんだよっ!!」

ようやく気付いた。このくすぶった心の感情に。
トーマと淑乃の情事を目撃して、あれほど不快になった本当の理由は、隠し事をされたことよりも、ましてや仲間外れにされたなどという陳腐な理由でなく――

「ま、さる…?」
「ちくしょぉ…」

身体の底から湧きあがる、苦しくて、けれどどこか心地よい痺れるような感情。

「……好きだ」
「えっ?」

いつもの自信に充ち溢れた自分はどこへ行ってしまったのだろう。否、そんな自分など、今日はどこにも見当たらない。震えた声で、大は人生で初めての告白をした。

「ヨシノ、好きだ。好きだ。好きだっ…!!!」

それ以外の言葉など、他にあるはずもなかった。

  • 2008/07/10 (木)
  • 『piece』※R-15

タグ:[トーマx淑乃]

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