作品
piece 12
6.
◇
バンチョーレオモンに引きずられるようにして基地に戻った大は、デジタマを抱えてぼんやりと椅子に座っていた。
トーマが倉田と手を組んだとバンチョーレオモンから聞かされた淑乃たちは驚きを隠せなかった。
しかし、それ以上に、デジタマ化したアグモンの姿を見て、全員が言葉を失った。
ここにいる者たちは皆、パートナーデジモンを持つテイマーである。
目の前に突きつけられた避けられない現実。自分のパートナーも同じ姿になり果ててしまう可能性があるという恐ろしさを、全員が感じていた。
「後で小百合さんと知香ちゃんが差し入れを持ってきてくれるそうだから、あなたはここでちゃんと休んでおくのよ…」
美樹が話しかけても、大は何の反応も見せない。
美樹は小さくため息をつき、恵とともにイクトをあやすようにしてシェルターを出て行った。
淑乃もわずかに振り返り大を見たが、かける言葉もなく外に消えた。
パトロールという名目でその場を離れた彼らだが、実際に外に出たところで何をするでもなく、ただ大を暫く一人にしてあげようという配慮と、自分たちもいたたまれない気持ちが強かったのだ。
◇
誰もいなくなって静まり返った室内は、物音ひとつなく、ツンとした冷たさがあった。
大はゆっくりとデジタマをなでる。
そして先ほどトーマに浴びせられた言葉を反芻する。
――おれが間違っていたのか。俺が悪いのか――俺がすべての元凶なのか。
なんだかもう何もかもがわからなくなってしまった。
ただ、ぽっかりと穴があいた心の中に、そばにいてほしい人の顔が浮かんだ。
「――…淑乃……」
「…何?」
「――えっ?ぅわっ!!!」
顔を上げると目の前に、大きな包みを抱えた淑乃が立っていた。
仄かに香るのは、包みの中に入っているのであろう卵焼きの甘い匂いだった。
母と妹が作ってくれた差し入れのようだが、それを持って入ってきたのは家族ではなく淑乃であった。
「玄関口で小百合さんに会って――差し入れ持ってきてくれたんだけど、私に預けて帰っちゃったの。たぶん、トーマのことがショックで落ち込んでる知香ちゃんを心配して、家に戻ったんだと思うけど…」
そう言いながら、淑乃は簡易テーブルの上に包みを下した。
「ああそう…」
偶然とはいえ名を呟いた相手が目の前にいて、大はぼんやりしていた意識が覚めるほど驚いた。
そして――大は、ふと感じた。
母親は、己の想いを自覚することすらできないでいた息子より、ずっと前から大の気持ちに気付いていたのではないか、と。
その想いに的確な名前を付けることすらまだできないでいる愚かな息子の為に、淑乃に差し入れを託したのではないか、と――
「……淑乃」
「ん?」
優しく首を傾げる淑乃。傷ついた大に気を遣っているのであろう。
「俺、トーマと戦った…」
「…うん。バンチョーレオモンから聞いたわ」
「トーマは、本気で――本気で、俺のことを憎んでた」
「……」
「だから、俺も、あいつのことすげー許せなくなって…、だってよ、あいつが俺のこと嫌いなら仕方ねぇよ、でもそれと倉田と手を組むのは別の話だろ…」
「……」
「いや、違うんだ。そうじゃなくて――俺、あいつに憎まれて…俺も、あいつのこと憎んで…。そしたら、アグモンがこんな姿になっちまった。アグモンに間違った進化させちまったのは俺だ。それはつまり――俺の心が、間違ってたんだ」
言いたいことがうまく伝えられない。頭の中が整理できずに、大は俯いたまま唇をかんだ。
「あなたは間違ってない――とは、云えない…。でも、あなたは悪くないわ」
はっとして、大は顔を上げた。
「大は、悪くない」
淑乃はきっぱりとそう云った。そして、凛とした目で大を見ていた。
「淑乃…」
何故、彼女はこうも毅然としていられるのか。
トーマを誰よりも想っているであろう彼女が、自らが悲観に暮れることはなく、それどころか大を思いやってくれる強さを持っている。
大は泣きそうになった。女性の前で泣くことなんて幼稚園児の時にだってなかった。
それ以上に大は、何か堪え切れない衝動に駆られて、肩を震わせた。
「……ごめん……」
「え?」
「トーマと戦ったりして、ごめん…」
「……まさ、る…?」
塞ぎ込んでいる大を、淑乃は不思議そうに眺めている。
ずっと胸の中にくすぶっていた感情。
すべてはあの日の夜から始まった黒く渦巻いた憎悪。
このどろどろと心の中に鬱積した痛みを吐き出さなければ、大は前に進むことができなかった。
「……俺、見たんだ…」
淑乃は大の云わんとしていることがつかめず、眉をしかめている。
「――オレ、あの日、見たんだ。『聖なる都』の奥の部屋で――トーマと淑乃が、一緒にいるところを――」
- 2008/05/21 (水)
- 『piece』※R-15
タグ:[トーマx淑乃]