作品
piece 9
「ちょっ…、待ってよトーマ、私、そういうつもりで来た訳じゃ――…っ!」
最後まで話すことを、許しては貰えなかった。
トーマが、唇に噛み付くようにキスしてきたからだ。
「んっ、――ぅ、!」
今まで、こんなキスをされたことはなかった。
無理矢理口を割られて挿入してきたトーマの舌が、乱暴に淑乃の舌を絡めとる。
まるで淑乃の自尊心さえ汚すかのように、激しく口腔内を犯された。
苦しくて、目に涙が滲む。飲み込みきれずに口端から流れ出た唾液が、首筋を伝った。
「ゃっ、ぁ、はぁっ…」
やっと開放された口で呼吸をする前に、今度は強く身体を抱きしめられたと思ったら、乱暴に衣服を脱がされた。
それでももう、淑乃には抵抗する気力はなかった。
深いキスの所為で頭がぼぅっとして、自分の上に跨る相手がどんな顔をしていたか、潤んでよく見えなかった。
何時の間にか、月は雲に隠れ、部屋の中は闇と化していた。
◇
引き摺り出された快楽に支配されていた淑乃は、突然、動かなくなったトーマの身体が倒れこんできたので、現実に引き戻された。
「僕は…僕は、大のように、純粋に父親を尊敬できた事など一度もない…」
今まで一度も聴いた事のない、か細いトーマの声だった。
「僕は、羨ましかったんだ…
僕が望んでも手に入れられないものを持っている大が、羨ましくて――」
次第に、声が刺々しく、強くなる。
淑乃は、ぎゅっとトーマを抱きしめた。
優しい母親、元気な妹、尊敬する父親――
居心地の良い温かい家庭、離れていても絆の深い家族――
それはトーマが望んでも決して手に入れられないもの。
「社会的にどんなに偉かろうが、僕は父を尊敬など出来ない!
母さんが日本で独りで僕を産んで、独りで僕を育ててくれた時も、あの男は連絡一つ寄越さなかった!」
首元に顔を埋めるトーマの肩が、小刻みに震えていた。
肌に湿り気を感じて、気付く。彼は、泣いているのだ。
「父は、正妻との間に女しか産まれなくて、その子が不治の病を抱えていることが解った途端、僕を認知して自分の後継者に任命した…!
そんな身勝手な父親を、尊敬など出来る訳がないじゃないか!!」
堰を切ったかのように溢れ出るトーマの言葉を、淑乃はただ、受け止めてあげることしか出来ない。
「母さんは、僕を守ろうとして、僕を庇って――僕の目の前で死んだ!!それなのに僕は、妹の命を救ってあげる事さえ出来ない――
どんなに天才だと持てはやされようが、博士号や医師免許を持っていようが、リリーナの病気を治せなければ、そんなもの何の価値もない…」
トーマの声は、再び、弱々しくなった。
「…トーマ」
トーマの家庭環境を知っているつもりだった淑乃でも、初めて聴く事情ばかりだった。
想像以上に過酷なトーマの過去に、淑乃は言葉を失う。
「僕は、僕は誰も救えない――僕は誰も、幸せになんか出来ない――今だってそうだ、デジモン達が期待してるのは大で、僕じゃない――」
急に覇気が無くなったトーマは、そっと淑乃から離れた。
「ごめん――ごめん、淑乃さん。僕は、いつもこんな――貴女に、いつも酷いことをしてしまう」
淑乃は、ふるふると首を振った。
何時しか、自分も一緒になって泣いていた事に気付く。
「いいの。トーマ、もう、独りで苦しまなくていいよ」
そっと、トーマの手に自分の手を添える。
道に迷った幼子のような表情をしたトーマが、助けを求めるかのように淑乃の手を握った。
淑乃は微笑んで、トーマの唇に甘く口付ける。
そのときの淑乃には、それしかトーマを受け止める術は無かったのだ。
「んっ…!ぁ、あ…!」
再び重なって、何度も、何度もトーマに深い箇所を衝かれて、淑乃は声をあげた。
「…ぉま、とーま、とぉ…まぁ…」
舌足らずな甘い声で、何度も相手の名を呼んだ。
ここが何処で、自分がどういう状況に置かれているのか、その判断すら、もう出来ないでいた。
欲求の行き着く果てが解らなくて、恐ろしさと快楽がずるずると混同していく。
そんな二人が、部屋の外で幽かに動いた人影に、気付くはずも無かった。
◇
淑乃は、思い知る。
自分がいかに無力であるかという事を――
倉田の手先の一人、ナナミという少女との闘いから戻ってきたトーマは、人形のように冷たい表情をしていた。
「敵に何を吹き込まれたの」
ナナミの名前を出すことに抵抗があって、敢えてそう聞いた。
しかし、トーマは何も答えようとしなかった。
淑乃は、急にトーマが遠く離れてしまったような気がした。
- 2007/05/07 (月)
- 『piece』※R-15
タグ:[トーマx淑乃]