作品
piece 8
4.
◇
藤枝淑乃がトーマと6ヶ月ぶりに再会した時に、彼らの間には、それまでそこに居なかった人物が立っていた。
新たにDATSに入隊した少年、大門大。
大の破天荒な言動に、淑乃は初対面から振り回される事になる。
しかし淑乃は、トーマが現場に戻ってくれば、この予測不可能な少年でもトーマの相手にはならないと、軽い気持ちで考えていた。
以前のように、トーマがリーダーシップを発揮しチームをまとめていけば、今までと同様の任務が行えると――
ところが。
淑乃の予想はいとも簡単に覆される。
トーマは、何故か大にやたらと対抗し、本来のペースを乱されまくっていたのだ。
大は驚くほどに単純で、熱くて、突拍子も無い行動をする人物だったが、前向きで明るくて、自分に正直な純粋さを持っていた。
その人柄は男女問わずどこか惹かれる魅力を持っていて――常に輝く太陽のような存在だった。
そして何時の間にか、チームの中心に立っているのは、トーマではなく大になりつつあった…。
◇
トーマと淑乃は、トーマがDATS日本支部に復帰してから、チームメイト以上の関係にあった。
大の入隊でドタバタしていて、再会の感動も何も無かったけれど、一段落して落ち着いた時に、トーマは改めて淑乃がDATSを辞めていなかった事を喜んでくれた。
恋人同士――と呼ぶには、ピンとこない感じだが(何せ気持ちの整理がつく前に関係を持ってしまったので)、トーマが再び日本で暮らすようになってからは、淑乃を自宅に招待してくれるようになった。
自分には一生縁のないような豪邸に、淑乃は目を奪われるばかりだった。
淑乃が幼少時代に習っていたピアノのクラシック曲を一緒に聴いたり、新しく出来たカフェの話をしたり。
あの夜のような衝動的な行為はしないけれど、時々、さり気なく肩を抱かれる度に、淑乃は胸が高鳴った。
(これって、付き合ってるってことになるのかな…)
お互いに告白も何もなかったが、淑乃に触れる時のトーマからは、素直な愛情を感じた。
DATSには恋愛禁止などという規則はなかったので、別に二人の関係を隠している訳ではないのだが、やはりどこか言い出しにくく、誰にもカミングアウトしたことはなかった。
トーマにお熱の恵と美樹に知られると面倒だし、任務中に、トーマに甘えるような事はしたくなかったからだ。
ただ、勘の鋭い薩摩隊長には気付かれているようではあったが。
――そして、大には自分達の関係を、知られたくないような気がした。
同い年の大とぶつかり合う事が刺激になったのか、トーマは以前より明るくなり、14歳本来の少年の顔を、今まで以上に見せるようになった。
そして、自分は日本で生まれ、日本人の母親に育てられたこと、最初は自分を認知してくれなかった父親と確執があること、難病の妹の身体を治したい為に医学の勉強をし、医師免許を取得した事などを、淑乃に話してくれた。
淑乃は、エリート天才少年と呼ばれるトーマの、表向きの姿からは想像できないような、寂しい家庭環境に驚きを隠せなかった。
だからだろうか。
容姿端麗な姿に、どこか憂いを含んだ表情を見せることが多かったトーマ。
其処に自分は惹かれ、彼を抱きしめてあげたいという気持ちにさせられたのか。
あなたのこと、教えてくれて有難う。
そう云って微笑むと、トーマはほんのりと頬を染めた。
淑乃にとって、幸せな時間だった。
◇
これは、良くない兆候だ――と、淑乃の中の危険信号が、僅かに反応した。
『聖なる都』のデジモンたちは、過去に大の父親である大門英博士に危機を救われたことがあり、彼を救世主のように崇めていた。
その影響で、息子の大に対しても、絶大な信頼を寄せていた。
その横で、どこか寂しそうな表情を見せるトーマ―――
淑乃は、父親との確執があるトーマが、自分と大の父を比較する事で、コンプレックスに苦しめられるのではないか、と感じた。
トーマは、倉田達の基地に突撃しようとする大に、執拗に抗議した。
正直、今のこの状況を考えると、淑乃はデジモンたちの士気を削ぐようなトーマの発言は、逆効果になるだろうと考えていた。
しかし、ここで自分が大の意見に賛同してしまっては、トーマを傷つけてしまい兼ねなかった。
その日は、淑乃が二人の中に割って入ることで、どうにか事態を収めた。
夕食時、ろくに食事に口をつけずに広間を出て行ってしまったトーマを、淑乃は遠くから見つめる事しか出来なかった。
トーマと大が、デジモン達が用意してくれた寝室までも拒んで別々に就寝すると云い出した事をイクトから聞き、別室でララモンと床に付こうとしていた淑乃は、慌てて跳ね起きた。
アグモンは深く考えずに寝てしまったが、イクトはどうしても二人の事が気になって、淑乃に相談にきたのだ。
「マサルたち、どうしちゃったんだろう…」
心配そうに目を伏せるイクト。
淑乃も、只事では無いと感じていた。
(大はともかく、トーマまでそこまで意固地になるなんて…お父さんのことがあるにせよ、どうしちゃったって云うのよ…!)
淑乃はイクトを優しく慰め、デジモン達が用意してくれた部屋で大と寝るように云った。
そしてララモンにも先に眠るように云ってから、淑乃は寝室を出た。
廊下を歩いていると、ガオモンが壁にもたれて窓の外を眺めていた。
「ガオモン…?」
近づき、呼びかけると、ガオモンは振り向いて弱々しい笑みを見せた。
「マスターの寝室なら、ここの3つ先だ」
自分のパートナーと淑乃が親密な関係であることを知っているガオモンは、淑乃に対しても信頼感を寄せてくれていた。
「ガオモン、貴方どうしてここに?」
「マスターが、独りになりたがっているような気がして…少し、離れているんだ」
「・・・・・・」
「…今のマスターは、情緒不安定な気がしてならない」
ガオモンはぼんやりと呟いた。
「私が何を話し掛けても、まるで耳に届いていないかのようだ。
だが、ミス・ヨシノの言葉なら、マスターも聞いてくれると思う」
「そんな、私は、」
ガオモンが懇願するような目を向けてきたので、淑乃は言葉に詰まった。
「お願いだ、ヨシノ…マスターを、支えてあげて欲しいんだ」
そう云うと、ガオモンはもう少し離れた場所へ行くと云って、廊下を歩いていった。
しばらくガオモンの後姿を眺めていた淑乃だが、意を決して、トーマの寝室へ向かった。
◇
トーマの部屋は月明かりがよく差し込む場所で、ベッドの上にぼんやりと座っているトーマを、柔らかい光が包んでいた。
神秘的なようで、どこか薄暗い。淑乃はそう感じた。
「…トーマ、入るよ」
軽く呼びかけ、部屋に入る。
トーマは淑乃を見るでもなく、ああ、と返事だけした。
淑乃はため息をつき、ベッドの端に腰掛ける。
「トーマ、ガオモンもイクトも、心配してたわよ…。今日の貴方、貴方らしくなかった」
慎重に言葉を選びながら、努めて優しく、話し掛けた。
トーマは黙っている。
「…あのね、トーマ、」
「父親、か…」
突然、遮るようにトーマが呟いた。どきりとした。
「大門博士は、素晴らしい人なんだろうな。今日のデジモンたちの様子から見ても、一目瞭然だ」
「…、そうね、でも、」
淑乃は何とかして、トーマを勇気付けようとした。そして、その言葉を口にした。
「大が無茶をするのは、トーマを信頼してるからだと思うな」
トーマが淑乃の方に振り向く。
自分を見つめ返してきたその表情が、驚きと困惑、そして悲壮がごちゃ混ぜになったように見えて、淑乃は固まった。
そのうち、トーマが自嘲気味に笑い出したので、淑乃はぞくりとした。
「淑乃さんは、大のことをよく理解してるんだな」
「…え?」
「僕には、あいつの考えてる事なんか、ちっとも解らない!」
そういう――つもりで、云った訳ではなかったのに。
淑乃が弁解しようとする前に、トーマが強い口調で云った。
「さっき、気付いたんですよ――ガオモンに云われて、ああ、そうだったのか、って――」
トーマが何を云おうとしているのか解らず、淑乃は顔を顰めた。
「僕はどうやら、大に――嫉妬をしているらしい」
嫉妬…?
淑乃は、思いがけないトーマの告白に、呆然とした。
「馬鹿な話だな。指摘されるまで気付かないなんて、僕は」
「…、トーマ」
そのときだった。トーマが急に、淑乃の手首を強く掴んで引き寄せた。
「なっ…、」
拒む余裕もなかった。あっという間に、淑乃はトーマに組み敷かれていた。
- 2007/05/06 (日)
- 『piece』※R-15
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