作品
piece 5
3.
◇
大門大がこの世で最も嫌いな事は、後ろめたさと隠し事、そして嘘をつくことだった。
そしてその3つは、概ねリンクしている、と信じて疑わなかった。
人は後ろめたさがあるから隠し事をし、隠し事があるから嘘をつき、嘘をつくから後ろめたさを感じるのだ。
幼い頃の大が母親にそのような事を説明して告げると、母親は少し考えるように口に手を当てた後、全てがそうだと云う訳ではない、と返してきた。
大には母親の返答が予想外のものだったため、困惑を隠せなかった。
大の母親は、息子のまっすぐで熱く、裏表の無い性格を褒めたが、世界には、自分の知っている事よりも知らない事の方が多いのだから、自分の知らないことが、必ずしも相手にとっては隠し事だとは限らない、と云った。
人を傷つける嘘は良くないわ。
だけど、人を傷つけない為の嘘も必要なのよ。
人には相手に知られたくない事もあり、それに気付かないでいてあげる事も、優しさになることもある、と――
母親の言葉は幼い大には難しすぎてよく理解できなかった。
嘘をついてはいけません、隠し事をしてはいけません。
普通の親ならそう云うだろうし、学校でもそう教わるはずなのに――
しかし時が経って、大の世界が次第に広がると、大は少しずつ母親の言葉を理解していくのだった。
大の父親は大と幼い妹の知香、そして母親の小百合を置いて失踪した。
父親が家に居ない事で近所に根も葉もない噂が流れた時、少なからず耳に入った陰口にも、母親はいつもと変わらぬ和やかな表情で、何処吹く風と云う態度でいた。
大には父親の失踪の理由がよく解らなかったが、その母親の態度を見ていると、父親にも、そして自分たちにも何も後ろめたい事など無く、父親が家に帰ってこない事を嘆く必要など全く無いのだ、と云う想いになった。
だから同級生たちに父親の事をからかわれても、大は常になんでもないという気持ちで居られた。
そして後になって気付くのだ。
母親は穏やかな性格だからのほほんとした顔をしていた訳ではない。
母は、父が帰ってくるのを、毅然とした態度で待っていたのだと言う事に。
その心を維持するのに、並大抵ではない辛さに耐えていたと言う事に。
◇
アグモンという奇妙な生物――デジタルモンスターと出会って、大の生活は一変した。
喧嘩に明け暮れていた今までの日々が嫌だった訳じゃない。
だけど、自分はこんな事で満足はしない、この溢れる熱や感情を、もっと何か別のものにぶつけてみたい、と云う思いは、常に心の中にくすぶっていた。
そんな大にとって、新たに広がったこの世界は、胸が高まるような思いで沸いていた。
あれよあれよという間にDATSと云う組織と関わり、入隊する事になってから、初めて大は父親の失踪の原因を知る。
父親の英が、超生物博士――所謂デジモン研究の第一人者であった事、DATSの前身であるデジタルワールド探検隊の一員であった事、今まで大が知らなかった父親の全てが新鮮で、嬉しかった。
自分が父と同じデジモンの世界に関わることが出来て、心が熱くなった。
父親との思い出は、とても優しくて穏やかで、綺麗な記憶だったから。
大の中の父親の印象は、時を経ていない幼い頃の記憶のままだった。
だからかもしれない。
だからあの時――
大は、言いようの無い怒りと憎しみに、押しつぶされたのかもしれない。
藤枝淑乃と、トーマ・H・ノルシュタイン。
大がDATSで出会った、信頼すべき仲間である二人に対して――
- 2007/02/29 (木)
- 『piece』※R-15
タグ:[トーマx淑乃]